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第四章
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しおりを挟むずっと黙ったままであった慎二は、心ここにあらずと言ったところであった。
直接的な血の繋がりはないといえ、一族の者から命を狙われていたとあったら流石の慎二でも相当な衝撃であろう。
「あの男から慎二さんを殺害する為の密室トリックを聞いた時には、怒りで目の前が真っ赤に染まりました。密室に使用する糸は、私が持っている刺繍糸を使おうって言うんです。刺繍道具は亡くなった母の物です。今でも母との繋がりを感じる事が出来る唯一の物なんです」
美波は顔を真っ赤にして声を荒げる。
「それをあの男は自分の私利私欲の為に使おうとしたんですよ。母との思い出を汚された様で頭が可笑しくなりそうでした。そして私はこの別荘で必ず、烏間真琴と渡部杏奈を殺すと母に誓ったんです」
声を荒げる美波とは反対に、倫太郎は冷静であった。
「二人を殺害した後に左手の甲に傷を着けたのは、母親への弔いの様なものだったのか」
「弔いだったんですかね、自分でも良く分かりません。烏間真琴を殺した後に急に母の事を思い出しました。私に笑いかけてくれた母、叱ってくれた母、そして血塗れの母。冷たくなり二度と握り返してくれる事はない母の左手。そんな事を思い出していたらいつの間にか私は、母の形見の刺繍道具から裁ち鋏を持ち出してあの男の左手を刺していたんです。少しでも母の痛みをあの男に味合わせてやりたかったのかもしれません。そうして同様に渡部杏奈の左手にも傷を付けました」
そう言った美波は顔を伏せる。数秒、いや数十秒程経ち彼女は再び顔を上げた。
その顔は諦めの色を浮かべていた。
「母の遺品がまさか殺害の証拠になってしまうなんて、なんて皮肉なんでしょうね。悔しいですが私の復讐劇は此処で終わりです」
美波はこれ以上は話す気は無いというように、口を固く閉じる。
そんな彼女の姿を見て僕は、黙ったままではいられなかった。
「何故あんなに大切にしていた刺繍道具を犯行に使ってしまったんだ。お母さんの遺品なら尚更使うべきでは無かった筈だ。君は君自身でお母さんとの思い出に傷を付けてしまったんだよ」
僕の言葉に美波はカッと目を見開く。
「あんたみたいな奴に私の何が分かるのよ。何の苦労もせずに周りの環境に恵まれただけの人間の癖に。大切な人を殺されたら相手を憎まないでいれると言い切れるの。私みたいに復讐をしないと言い切れるの」
僕は美波の怒りを正面から受け止める。怖い、負けてしまいそうだ。
でもこの事だけは美波に思い出して欲しいんだ。
「それは分からない、でも美波がお母さんとの繋がりである刺繍道具を大切にしていた事だけは僕にも分かるよ。毎日大学へまで持ってきて離れない様にしていたじゃないか。丁寧に扱って大切にしていたじゃないか。刺繍をしている美波は僕には輝いて見えていたよ。これから美波は二人の命を奪った罪を償って生きていくんだ。それは今以上に辛い事や苦しい事の連続だろう。だからこそ、これからの長い人生を君自身が生きて行く為にも、お母さんとの思い出だけは穢してはいけない事ではなかったのか」
以前美波は、刺繍道具を母親から譲って貰った大切な物だと話していた。
その気持ちだけは嘘ではないと気づいてほしかった。
僕の言葉を聞いた美波の瞳から一筋の涙が流れ落ち、彼女の頬を伝う。
それを皮切りに瞳から涙が溢れ出し、悲痛な泣き声がホール内に響き渡る。
その涙を止める事が出来るのは、もうこの世にはいない美波の母親唯一人だけであろう。
ホール中央では、聖母マリアの石像が照明の灯りに照らされ淡く輝いている。
その瞳が哀しげに見えたのは僕だけだろうか。
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