龍神の巫女と忍びの恋

龍神の巫女と忍びの恋

影月は夜闇に紛れて、龍神の巫女が住むという山奥の神社に忍び込んだ。彼は幕府から与えられた特製の鎖鎌を携えていた。これで龍神の巫女を捕らえれば、任務完了だ。彼はそう思っていたが、その時、彼の目に飛び込んできた光景に驚愕した。

神社の境内には、白い着物に身を包んだ少女が立っていた。彼女は美しい黒髪を後ろで結んでおり、その髪飾りには龍の形をした石が輝いていた。彼女は静かに手を合わせており、その顔は清楚で優雅だった。影月は思わず息を呑んだ。これが龍神の巫女か。彼は信じられなかった。こんな美しい少女が、幕府の敵なのか。

影月は迷ったが、やがて任務を思い出して、鎖鎌を振りかざした。しかし、その瞬間、彼女の目が開き、彼を見つめた。その目は深い碧色であり、まるで海のようだった。影月はその目に吸い込まれそうになった。彼女は驚いた様子も見せずに微笑んだ。

「あなたは……影月さんですね」

彼女はそう言って、優しく声をかけた。影月は驚いた。彼女は自分の名前を知っているのか。

「あなたは……龍神の巫女ですか」

影月は尋ねた。

「ええ。私は龍神様から力を授かった者です」

彼女は答えた。

「では……私はあなたを捕らえなければなりません」

影月は言った。

「そうですか……」

彼女は悲しそうに言った。

「でも……私はあなたに逆らうつもりはありません」

彼女は言った。

「どうしてですか」

影月は聞いた。

「だって……私はあなたが好きだから」

彼女は言った。

影月は彼女の言葉に呆然とした。彼女は自分が好きだと言った。それはどういうことだ。彼は彼女を捕らえるために来たのに。彼は彼女を敵として見ていたのに。彼は彼女に何もしていないのに。

「どうして……私が好きなんですか」

影月は聞いた。

「あなたは私に優しくしてくれました」

彼女は言った。

「優しく……？」

影月は思い出した。確かに、彼は彼女に鎖鎌を振り下ろす前に、一瞬だけ躊躇した。それが優しさだというのか。

「あなたは私を殺さなかった。あなたは私を見て、心を動かされた。私もあなたを見て、心を動かされました」

彼女は言った。

「それだけで……好きになるんですか」

影月は言った。

「ええ。私は龍神様から力を授かりましたが、その代わりに、人間の感情を失いました。私は人間の喜怒哀楽を感じることができませんでした。でも、あなたに出会って、初めて感情が芽生えました。あなたに出会って、初めて愛を知りました」

彼女は言った。

「愛……」

影月は呟いた。彼もまた、人間の感情を失っていた。忍びとして育てられた彼は、任務と忠誠しか知らなかった。彼もまた、人間の喜怒哀楽を感じることができなかった。でも、彼女に出会って、初めて感情が芽生えた。彼女に出会って、初めて愛を知った。

「私も……あなたが好きです」

影月は言った。

「本当ですか」

彼女は喜んだ。

「本当です」

影月は言った。

「では……私と一緒に逃げませんか」

彼女は言った。

「逃げる……？」

影月は言った。

「ええ。私もあなたも、この世界に居場所がありません。私もあなたも、幕府や龍神様の道具ではありません。私もあなたも、自由に生きる権利があります。私もあなたも、愛する人と幸せになる権利があります」

彼女は言った。

「でも……それは裏切りです」

影月は言った。

「裏切りではありません。自分の心に従うことです」

彼女は言った。

「自分の心に……」

影月は考え込んだ。彼は一族や幕府に忠誠を誓っていたが、それは本当に自分の心だっただろうか。彼は任務や名誉を重んじていたが、それは本当に自分の幸せだっただろうか。彼は人間として生きることを捨てていたが、それは本当に自分の選択だっただろうか。

「私と一緒に来てください」

彼女は手を差し伸べた。

「私と一緒に来てください」

影月は手を取った。


影月と龍神の巫女は、神社を抜け出して、山を下りた。彼らは馬に乗って、江戸から遠く離れた田舎の村に向かった。彼らは村人になりすまして、ひっそりと暮らし始めた。彼らは幸せだった。彼らは愛し合っていた。

しかし、その幸せは長くは続かなかった。やがて、幕府の手が彼らに迫ってきた。影月の一族は、彼の裏切りを知って、彼を討つために追ってきた。龍神様も、巫女の逃亡を知って、彼女を連れ戻すために怒り狂った。彼らは二つの勢力に挟まれて、逃げ場を失っていった。

ある日、彼らは村の外れにある小屋で休んでいた。その時、突然、忍びの一団が襲ってきた。影月は鎖鎌を手にして、忍びと戦った。彼はかつての仲間と刃を交えることに苦悩したが、巫女を守るために必死に戦った。しかし、忍びの数は多く、影月は次第に追い詰められていった。

「影月！」

巫女は叫んだ。

「巫女！」

影月も叫んだ。

その時、空が暗くなった。雷鳴が轟いた。雨が降り始めた。それは龍神様の怒りの現れだった。龍神様は巫女を見つけ出して、彼女を空へと引き上げようとした。

「巫女！」

影月は再び叫んだ。

「影月！」

巫女も再び叫んだ。

二人は手を伸ばして、互いに掴もうとした。しかし、二人の手は届かなかった。二人は引き裂かれてしまった。

「愛してる……」

二人は同時に言った。

そして、二人は二度と会うことができなかった。

了