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二章・もどかしい二人
44.はらぺこサキュバスと試験のはじまり
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「いや、マジかよ。別のやつで試せとは言ったけどよ。おまえこういう男が好きなの? てかほんとにこんなやついんの? 妄想の王子様じゃなくて? いねーよこんなエルフ。つか、デッカ……」
う、うるっさいな~……。妄想じゃないし。たとえ妄想だったとしてもちゃんと作れたんだからオッケーのはずだし。妄想じゃないし。レイモンドさんはほんとにこういう容姿なんだもん……。よく見て思い出せる相手で試してみろって言ったのはアルベリオなのに。
この間はレイモンドさんの虚像を作れたはいいものの、何回か作った後疲れすぎて熱が出てしまった。休んでたくさんご飯を食べて、回復してからコツをつかんでやっと出しっぱなしにしてても平気になったので、わたしは再び学び舎の扉を叩いたのだ。
「ちゃんと色もついてるし、息もしてるでしょ。言われた通りに作れるようになったはずだよ」
最低でも色が付けられるようになったら来いって言われてたけど、ここまでやれば文句ないはずだ。アルベリオはわたしの出した虚像をいろんな角度から隅々まで見て確認している。
「まあ、破綻なく作れてるし信じてやるよ。もし実在しないんだったらそれはそれですげえ想像力だと思うし合格でいいわ。やればできんじゃん。催眠の講習に進ませてやるぜ」
えっらそうだな~……。気にいらないけど、とりあえずわたしは催眠を学ぶことはできそうだった。
「教科書これな。書いてあることはマジ初歩の初歩だけど、おまえはそれも知らねーだろ。初歩過ぎて俺が教えるとかでもねーくらいのとこだからとりあえず読んで、わかんねーことあったら聞けよ。俺それまで自分の仕事してっからよ」
空き教室に移動し、そこで催眠のイロハを教えてもらう。この間レイモンドさんに催眠をやってしまった時は意識がなかったし、全然覚えてないので教科書を読むだけでも知識を得られるのはありがたい。運が悪かったら、レイモンドさんは催眠にかかりっぱなしになっちゃったかもしれないんだもんね……本当に、元に戻せててよかった。意識のない間のわたし、偉かった。せめて自分の意志でかけたり解いたりできるようにならなくちゃね……。それにしても本で勉強とかするの久しぶり過ぎて目が疲れる……。教科書から目を離して眉間をつまんでもみもみすると、書類整理をしてるアルベリオが目に入った。
(それにしても、アルベリオ、講師かあ……大人になったんだなあ……)
アルベリオはわたしのことを一番しつこくからかってきた奴だから私は苦手だけど、面倒見が良くてはっきりした性格だから友達がとにかく多くて、みんなの兄貴って言う感じの男の子だった。幼馴染のリルカのお兄ちゃんだし、家が近いから子供のころは良く一緒に遊んでて、よく泣かされたっけ……。
(みんなの兄貴か……。そういえばレイモンドさんもドーソンさんにそんなふうに言われてたっけ。兄貴タイプに縁があるなあ……。もしかして、駄目すぎて放っておけないとかなんだろうか……わたし……)
「おい、俺がイケてるからってあんま見てんじゃねーぞ。わかんねーとこあんなら聞けって。どうした? 見せて見ろよ」
わたしの視線に気が付いたアルベリオが立ち上がって近づいてくる。
「お、結構進めてんじゃねーか。その章読み終わったら実践やらせてやるよ。もうちょっとがんばれ」
わたしの読んでいる教科書を覗き込むために顔を近づけたアルベリオからは、野性的ないい匂いがした。レイモンドさんからする蜜のような草のような匂いとはまたちょっと違った大人の男の匂いだ。アルベリオのことは苦手だけど、わたしはサキュバスなので、男の匂いに体が反応する習性がある。これ、すごいヤバい匂いだ……。どこに売ってるのこんな暴力的な匂いの香水……そういえばしばらく都会に行ってたって聞いたな。おっかない所。ちょっと怖くなって、わたしはポケットに入れておいた小鳥のマント留めをそっと指で撫でた。
「どうしたよ。俺の匂いに発情したか? 匂いも催眠をかけやすくするフックとしては便利なんだぜ。鼻は脳に近いからな。匂いで隙をついて心を揺らして、ドン。そういう技術をおまえは今勉強してるってワケ」
「なるほど……勉強になる……でもアルベリオに発情はしてないからちょっと離れて」
「かわいくねーオンナ」
「うるさい」
アルベリオはつまらなそうに書類整理に戻った。ああは言ったけど、アルベリオの顔が近づいてきたとき意思に反して首筋に鳥肌が立ったし、今も両の乳首が固くなって布を押し上げたのを見られないように隠してる。大人のインキュバス、凄い。怖い。
とはいえ、普通のサキュバスだったら別に怖くなんかないんだろうなとも思う。誘われるままに性交するだろうなって。人間の世界に行って思ったけど、あっちでは服を着て体を隠すのは当たり前だし、体を重ねる相手に対する姿勢もわたしに近いと思う。レイモンドさんの性欲が強いのはアクシデントから生まれた特徴だけど、わたしのは特に理由はなさそうなんだよな……。家族は大好きだけど、人間の世界のほうが歩きやすい。今までは飢えが大変だったけど、レイモンドさんと一緒だったらもうそんなことはないし、どこまででも歩いて行けると思う。がんばろう。レイモンドさんのためだ。負けない。
「読み終わったな。じゃあちょっと質疑応答するぞ」
アルベリオは、わたしがちゃんと書かれていたことを理解しているかのテストとして、いくつかのことを聞いてきた。理解できていないところもあったので、そういうところは直してもらう。
「まあまあわかってきた感じだな。それじゃそろそろ実践に移るか」
「これだけでいいの? 教科書一冊読んだだけだけど……」
「そもそも俺たちにとってはそんなに難しいことじゃねーんだよ。その年になってようやく覚えるおまえみたいなののほうがレアケースなの。それに、催眠は実技が本番なんだぞ。俺が教えるのもここからだから。ちょっと待ってろ」
アルベリオが別室から持ってきたのは、小さいカゴに入れられたインプだった。キーキーと鳴いて暴れて、カゴがガタガタと跳ねるほど怒っている。
「こいつは昨日捕まえて来たばっかりのインプだ。まだ俺に慣れてないし、気が立ってる。こいつを催眠で眠らせて見ろ。それが二つ目の試験な」
「二つ目? いつの間に一つ目の試験が終わってたの?」
「一つ目の試験はさっき俺が近づいた時におまえが我慢できたから合格だよ。発情したのかって訊いたろ? あれで堕ちてるほど心のガードがガバガバだったらそっからまた勉強のし直し」
……ヒエッ……。
「マジでつまんねー。堕ちてくれたらオイシー思いができたのによ。ケケケッ」
アルベリオはそういうと口の端を吊り上げて舌をへらへらさせながら笑った。ゾッとする。幼馴染だからといって油断してたのは迂闊だった。案外講師としてはちゃんとしてるんだとか思っちゃってた。もっと気をつけなきゃ。
「さーて、じゃあ俺が手本見せるからな。おっとっとそんなに暴れんなって……。オラッ」
インプの鼻先でアルベリオが指を鳴らすと、暴れていたインプは驚いて一瞬大人しくなる。
『口笛の音を聞くまでお前が目覚めることはない』
アルベリオの力強い声に、インプが一度びくりと痙攣する。そのままパタリと倒れ、カゴの中ですやすやと眠りはじめた。
「眠らせることくらいなら言葉が通じない相手でも簡単にできるぜ。もうちょっと複雑な内容になると厳しいけどな。まあ、インプは下級の魔物にしてはそこそこ賢いから初心者の催眠練習にはうってつけってことはあるけどよ。口笛吹いて起こしてやれよ。今度はお前が眠らせる番な」
「わたし口笛、吹けないんだけど」
「マジで? ちょっとやって見せてみ」
「フス―」
「ギャハハハハハ!!!! ギャーハハハハハハ!!!!!!」
「笑うなー!!!!!」
ひとしきり大笑いしてからアルベリオが吹いた口笛でインプが目を覚ます。よーし。絶対眠らせてやるんだから。
う、うるっさいな~……。妄想じゃないし。たとえ妄想だったとしてもちゃんと作れたんだからオッケーのはずだし。妄想じゃないし。レイモンドさんはほんとにこういう容姿なんだもん……。よく見て思い出せる相手で試してみろって言ったのはアルベリオなのに。
この間はレイモンドさんの虚像を作れたはいいものの、何回か作った後疲れすぎて熱が出てしまった。休んでたくさんご飯を食べて、回復してからコツをつかんでやっと出しっぱなしにしてても平気になったので、わたしは再び学び舎の扉を叩いたのだ。
「ちゃんと色もついてるし、息もしてるでしょ。言われた通りに作れるようになったはずだよ」
最低でも色が付けられるようになったら来いって言われてたけど、ここまでやれば文句ないはずだ。アルベリオはわたしの出した虚像をいろんな角度から隅々まで見て確認している。
「まあ、破綻なく作れてるし信じてやるよ。もし実在しないんだったらそれはそれですげえ想像力だと思うし合格でいいわ。やればできんじゃん。催眠の講習に進ませてやるぜ」
えっらそうだな~……。気にいらないけど、とりあえずわたしは催眠を学ぶことはできそうだった。
「教科書これな。書いてあることはマジ初歩の初歩だけど、おまえはそれも知らねーだろ。初歩過ぎて俺が教えるとかでもねーくらいのとこだからとりあえず読んで、わかんねーことあったら聞けよ。俺それまで自分の仕事してっからよ」
空き教室に移動し、そこで催眠のイロハを教えてもらう。この間レイモンドさんに催眠をやってしまった時は意識がなかったし、全然覚えてないので教科書を読むだけでも知識を得られるのはありがたい。運が悪かったら、レイモンドさんは催眠にかかりっぱなしになっちゃったかもしれないんだもんね……本当に、元に戻せててよかった。意識のない間のわたし、偉かった。せめて自分の意志でかけたり解いたりできるようにならなくちゃね……。それにしても本で勉強とかするの久しぶり過ぎて目が疲れる……。教科書から目を離して眉間をつまんでもみもみすると、書類整理をしてるアルベリオが目に入った。
(それにしても、アルベリオ、講師かあ……大人になったんだなあ……)
アルベリオはわたしのことを一番しつこくからかってきた奴だから私は苦手だけど、面倒見が良くてはっきりした性格だから友達がとにかく多くて、みんなの兄貴って言う感じの男の子だった。幼馴染のリルカのお兄ちゃんだし、家が近いから子供のころは良く一緒に遊んでて、よく泣かされたっけ……。
(みんなの兄貴か……。そういえばレイモンドさんもドーソンさんにそんなふうに言われてたっけ。兄貴タイプに縁があるなあ……。もしかして、駄目すぎて放っておけないとかなんだろうか……わたし……)
「おい、俺がイケてるからってあんま見てんじゃねーぞ。わかんねーとこあんなら聞けって。どうした? 見せて見ろよ」
わたしの視線に気が付いたアルベリオが立ち上がって近づいてくる。
「お、結構進めてんじゃねーか。その章読み終わったら実践やらせてやるよ。もうちょっとがんばれ」
わたしの読んでいる教科書を覗き込むために顔を近づけたアルベリオからは、野性的ないい匂いがした。レイモンドさんからする蜜のような草のような匂いとはまたちょっと違った大人の男の匂いだ。アルベリオのことは苦手だけど、わたしはサキュバスなので、男の匂いに体が反応する習性がある。これ、すごいヤバい匂いだ……。どこに売ってるのこんな暴力的な匂いの香水……そういえばしばらく都会に行ってたって聞いたな。おっかない所。ちょっと怖くなって、わたしはポケットに入れておいた小鳥のマント留めをそっと指で撫でた。
「どうしたよ。俺の匂いに発情したか? 匂いも催眠をかけやすくするフックとしては便利なんだぜ。鼻は脳に近いからな。匂いで隙をついて心を揺らして、ドン。そういう技術をおまえは今勉強してるってワケ」
「なるほど……勉強になる……でもアルベリオに発情はしてないからちょっと離れて」
「かわいくねーオンナ」
「うるさい」
アルベリオはつまらなそうに書類整理に戻った。ああは言ったけど、アルベリオの顔が近づいてきたとき意思に反して首筋に鳥肌が立ったし、今も両の乳首が固くなって布を押し上げたのを見られないように隠してる。大人のインキュバス、凄い。怖い。
とはいえ、普通のサキュバスだったら別に怖くなんかないんだろうなとも思う。誘われるままに性交するだろうなって。人間の世界に行って思ったけど、あっちでは服を着て体を隠すのは当たり前だし、体を重ねる相手に対する姿勢もわたしに近いと思う。レイモンドさんの性欲が強いのはアクシデントから生まれた特徴だけど、わたしのは特に理由はなさそうなんだよな……。家族は大好きだけど、人間の世界のほうが歩きやすい。今までは飢えが大変だったけど、レイモンドさんと一緒だったらもうそんなことはないし、どこまででも歩いて行けると思う。がんばろう。レイモンドさんのためだ。負けない。
「読み終わったな。じゃあちょっと質疑応答するぞ」
アルベリオは、わたしがちゃんと書かれていたことを理解しているかのテストとして、いくつかのことを聞いてきた。理解できていないところもあったので、そういうところは直してもらう。
「まあまあわかってきた感じだな。それじゃそろそろ実践に移るか」
「これだけでいいの? 教科書一冊読んだだけだけど……」
「そもそも俺たちにとってはそんなに難しいことじゃねーんだよ。その年になってようやく覚えるおまえみたいなののほうがレアケースなの。それに、催眠は実技が本番なんだぞ。俺が教えるのもここからだから。ちょっと待ってろ」
アルベリオが別室から持ってきたのは、小さいカゴに入れられたインプだった。キーキーと鳴いて暴れて、カゴがガタガタと跳ねるほど怒っている。
「こいつは昨日捕まえて来たばっかりのインプだ。まだ俺に慣れてないし、気が立ってる。こいつを催眠で眠らせて見ろ。それが二つ目の試験な」
「二つ目? いつの間に一つ目の試験が終わってたの?」
「一つ目の試験はさっき俺が近づいた時におまえが我慢できたから合格だよ。発情したのかって訊いたろ? あれで堕ちてるほど心のガードがガバガバだったらそっからまた勉強のし直し」
……ヒエッ……。
「マジでつまんねー。堕ちてくれたらオイシー思いができたのによ。ケケケッ」
アルベリオはそういうと口の端を吊り上げて舌をへらへらさせながら笑った。ゾッとする。幼馴染だからといって油断してたのは迂闊だった。案外講師としてはちゃんとしてるんだとか思っちゃってた。もっと気をつけなきゃ。
「さーて、じゃあ俺が手本見せるからな。おっとっとそんなに暴れんなって……。オラッ」
インプの鼻先でアルベリオが指を鳴らすと、暴れていたインプは驚いて一瞬大人しくなる。
『口笛の音を聞くまでお前が目覚めることはない』
アルベリオの力強い声に、インプが一度びくりと痙攣する。そのままパタリと倒れ、カゴの中ですやすやと眠りはじめた。
「眠らせることくらいなら言葉が通じない相手でも簡単にできるぜ。もうちょっと複雑な内容になると厳しいけどな。まあ、インプは下級の魔物にしてはそこそこ賢いから初心者の催眠練習にはうってつけってことはあるけどよ。口笛吹いて起こしてやれよ。今度はお前が眠らせる番な」
「わたし口笛、吹けないんだけど」
「マジで? ちょっとやって見せてみ」
「フス―」
「ギャハハハハハ!!!! ギャーハハハハハハ!!!!!!」
「笑うなー!!!!!」
ひとしきり大笑いしてからアルベリオが吹いた口笛でインプが目を覚ます。よーし。絶対眠らせてやるんだから。
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