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二章・もどかしい二人
41.性欲の強い男エルフとドワーフの酒(視点・レイモンド)
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シルキィ君との契約を凍結してから数日が経った。私は覚えたての煙草と自慰でなんとか欲求を騙しながら日常を送っている。隣に彼女がいないと自然、誘惑も増えるが、彼女とした約束があるし、沈黙しているとはいえ亀頭に彼女の印をつけたまま他の女性を抱く気になんかならなかった。別れ際の借りも心に強く錠のように食いついている。
(返事は帰ってきてからでいいですっ。でも、貸しですよ? 契約の繋がりがなくなっちゃったんだから、このくらいは気にしながらわたしのいない間過ごしてくださいっ)
私は意気地なしなのだ。彼女のひたむき過ぎる想いに応えていいほどのエルフなのか、まだ自分自身を疑っている。彼女が私の全てを受け入れてくれる安心感は痛いほどわかっているはずなのに、そこに逃げ込むことを自分自身の心が許してくれないのだ。彼女は私を救うために一皮剝けようとしてくれているというのに。
「はぁ……自分が嫌いです」
「やめな。酒が不味くなる」
まったくこうなる予定ではなかったのだけど、ダンジョンから帰ってきて装備の手入れを頼みにツブラさんの店に来たら、辛気臭いツラも整備してやると言われて奥の部屋に引っ張り込まれ、何故だか一対一で酒杯を交わしているのだった。
「アンタね、あのお嬢ちゃんにしてみればアンタはあの娘の一番好きな野郎だってのに、滅多矢鱈にそいつを嫌うもんじゃないよ。あの娘に失礼だろうが」
「はい……」
「あたしらが見てもあんだけわかるほど好かれてんのに当のアンタは逃げ回るしさ。あんた。あたしから見たら調子くれてんだよ」
「そうでしょうか……」
注がれた酒精は火が出そうに強い。ツブラさんはこの杯をがばがば空けても表情一つ変えない。さすがドワーフと言ったところだ。
「あんたさ、一回リィナのこと抱いたろ」
ぐ、と喉から変な音が出る。
「あれはリィナから申し出てくれたんですよ」
私がダンジョンの中で狂いそうになっている時、一度リィナが抱かせてくれた。私があまりに苦しそうにしていたからだと。実際助かったし、もしシルキィ君が現れなかったらまた世話になることもあるかもしれないと思っていた。
「リィナは気にしてないって言ってたけど。それで班の中の関係が変わっちまう可能性もあったんだよ。わかってんのかい」
「そうですね。そうです。軽率だったと思います」
「あんたはさ。なんかどっかさ。アッチが関わらなければ女に嫌われないみたいな変な自信があんだろ。だからシルキィの嬢ちゃんにどっちつかずの態度取り続けても平気なんだよ。焦りがないんだ。実際あんたに抱き潰されるまではどの女もあんたを一目で好きになったもんな」
言われると確かに、どの女性ともうまく行かなくなったのは抱いた後だ。微笑んで目を見て誘えば、誰もがベッドに登ってくれた。例外として、迫った時点で拒まれてしまった元の妻がいるが。
「あんた、立派かもしれないよ? ダンジョンの自治を整えて、子供を助けてさ。そこは凄いよ。癪だけど褒めてやるよ。でもね、好いてくれた女を幸せにすることからは逃げ続けてる。女を舐めてんだよ。自分が嫌いだのなんだの言うくせによ!」
ぐうの音も出ない。さっきまで内罰に沈んでいた頭を殴られたような気持ちになった。
「あたしら、一番目のダンジョンの最奥に行った仲間たちはあたし含めみんなそれなりに幸せに暮らしてると思う。だけどあんただけが幸せじゃない。別に番を作ることが幸せとは言わないよ? あたしもいないし。でもあたしは自分の店であんたらの役に立って幸せさ。もしかしたらあんたにとっても番を作ることは幸せじゃないのかもしれないね。それはあんたにしかわからないけど。でももしそうなんだったら、ちゃんとそうだってお嬢ちゃんに言わないといけないよ。言ってることわかるかい?」
「わかる……と思います。私は、彼女の心と時間を徒に奪っている。そういうことですね?」
身体を重ね続けることで彼女は精気を吸い損ねることがない。だから心が伴わなくても彼女にはメリットがある。しかし、彼女は私のことが好きだと言った。悲しい思いをして、頑張ることができるほどに私のことが好きだと。そこに私の心が伴わなかったら彼女はなんのために頑張ると言うのだろう。
「あんたはそういう女の好意を全部なあなあで流して来た。そういうの、わかってた女もいるかもね。こてんぱんに抱き潰されるのが好きな、もの好きな女だっているだろうに、そういうのもあんたから離れていったわけだから。世の中には帳尻を合わせる何かの力があるからね。ちゃんとしないと一番幸せな時にツケを返す羽目になるかもしれないんだから、清算するチャンスを見逃さないように生きなよ、レイモンド」
「ツブラさん……」
一気に言い切ると、ツブラさんは酒瓶に直接口をつけ、ゴブゴブと一気に空にして、どんとテーブルに叩きつけた。
「あーっ!!! ガラにないこといっぱい言っちまった! 閉店閉店! 今日は閉店だよ!! 手ン中の酒空にしたらあんたも帰んな!!」
しっしと手を振って追い出そうとするので、私は残りの杯をあおってお暇することにした。流れ込んだ酒精が喉を焼く。明日の朝は酷そうだ。
扉をくぐって外に出ると、夜風が額を撫でる。火照った顔にちょうどいい温度だ。
「すっかり暗くなってしまった……」
精霊に周りを飛んでもらって帰路に就く。足がふわふわと心もとなく、まるで雲を踏んでいるようだ。シルキィ君が隣にいたら、私の手を引っ張ってくれるだろうか。
ドーソンとリィナに、シルキィ君がしばらく実家に帰る話をしたら残念がっていたが、わからないでもないと言っていた。シルキィ君は言葉も綺麗だし、擦れてなくて、多分そこそこ育ちのいい子だろうと思っていたと。そのうち親が迎えに来るんじゃないかと。戻ってくるとも伝えたが、やっぱり戻れなくなったってことになっても不思議じゃないと言っていた。だから、今まで通り三人で潜ることに了承してくれた。
「最近、予定外のことが多かったから、探索が遅れているな……。もっとダンジョンを進まなければ……」
自分のためにシルキィ君が頑張ってくれていると思うと、自分も頑張らなければと気持ちが新たになる。彼女の好意に釣り合った自分でいなければ。なるほど、ツブラさんの酒はとても効いた。
暗く静かな宿の廊下を歩く。最近までシルキィ君がいた隣の部屋は今は無人で、冷たく寂しく沈黙している。エルフの耳に漏れ聞こえてくる彼女の思い出し笑いや、テーブルの足に小指をぶつけて痛がる声などを懐かしく思った。
「寂しいな……。シルキィ君のいない夜はこんなにも静かだ」
誰もいない扉の前でいつまで立っていても仕方がないので、自分の部屋に帰る。上着を脱いでベッドに体を投げ出すと、枕元にシルキィ君の下着が一式広げたままになっていた。もうなんども汚して洗って彼女の匂いなんかしないが、それでも日々の衝動を抑えるのに役立ってくれていた。今夜は酒のせいでそんな気にはなれないが。
「毎晩こんなに酔うわけにはいかないしな……」
頼りない布切れを手繰り寄せて抱きしめる。自分の胸にすっぽり入ってしまう彼女の小さな体を恋しく思う。
「……」
酒精がもたらした酩酊が私を眠りの国に誘いだした。身体は汗でべとべとだが、起きて綺麗にする気は起きなかった。明日の自分に任せよう……。瞼がもう重たくて、開けたままでいられない……。
気づかわし気に窓から出ていく精霊たちの光を見送って、私の意識は沈んでいった。
(返事は帰ってきてからでいいですっ。でも、貸しですよ? 契約の繋がりがなくなっちゃったんだから、このくらいは気にしながらわたしのいない間過ごしてくださいっ)
私は意気地なしなのだ。彼女のひたむき過ぎる想いに応えていいほどのエルフなのか、まだ自分自身を疑っている。彼女が私の全てを受け入れてくれる安心感は痛いほどわかっているはずなのに、そこに逃げ込むことを自分自身の心が許してくれないのだ。彼女は私を救うために一皮剝けようとしてくれているというのに。
「はぁ……自分が嫌いです」
「やめな。酒が不味くなる」
まったくこうなる予定ではなかったのだけど、ダンジョンから帰ってきて装備の手入れを頼みにツブラさんの店に来たら、辛気臭いツラも整備してやると言われて奥の部屋に引っ張り込まれ、何故だか一対一で酒杯を交わしているのだった。
「アンタね、あのお嬢ちゃんにしてみればアンタはあの娘の一番好きな野郎だってのに、滅多矢鱈にそいつを嫌うもんじゃないよ。あの娘に失礼だろうが」
「はい……」
「あたしらが見てもあんだけわかるほど好かれてんのに当のアンタは逃げ回るしさ。あんた。あたしから見たら調子くれてんだよ」
「そうでしょうか……」
注がれた酒精は火が出そうに強い。ツブラさんはこの杯をがばがば空けても表情一つ変えない。さすがドワーフと言ったところだ。
「あんたさ、一回リィナのこと抱いたろ」
ぐ、と喉から変な音が出る。
「あれはリィナから申し出てくれたんですよ」
私がダンジョンの中で狂いそうになっている時、一度リィナが抱かせてくれた。私があまりに苦しそうにしていたからだと。実際助かったし、もしシルキィ君が現れなかったらまた世話になることもあるかもしれないと思っていた。
「リィナは気にしてないって言ってたけど。それで班の中の関係が変わっちまう可能性もあったんだよ。わかってんのかい」
「そうですね。そうです。軽率だったと思います」
「あんたはさ。なんかどっかさ。アッチが関わらなければ女に嫌われないみたいな変な自信があんだろ。だからシルキィの嬢ちゃんにどっちつかずの態度取り続けても平気なんだよ。焦りがないんだ。実際あんたに抱き潰されるまではどの女もあんたを一目で好きになったもんな」
言われると確かに、どの女性ともうまく行かなくなったのは抱いた後だ。微笑んで目を見て誘えば、誰もがベッドに登ってくれた。例外として、迫った時点で拒まれてしまった元の妻がいるが。
「あんた、立派かもしれないよ? ダンジョンの自治を整えて、子供を助けてさ。そこは凄いよ。癪だけど褒めてやるよ。でもね、好いてくれた女を幸せにすることからは逃げ続けてる。女を舐めてんだよ。自分が嫌いだのなんだの言うくせによ!」
ぐうの音も出ない。さっきまで内罰に沈んでいた頭を殴られたような気持ちになった。
「あたしら、一番目のダンジョンの最奥に行った仲間たちはあたし含めみんなそれなりに幸せに暮らしてると思う。だけどあんただけが幸せじゃない。別に番を作ることが幸せとは言わないよ? あたしもいないし。でもあたしは自分の店であんたらの役に立って幸せさ。もしかしたらあんたにとっても番を作ることは幸せじゃないのかもしれないね。それはあんたにしかわからないけど。でももしそうなんだったら、ちゃんとそうだってお嬢ちゃんに言わないといけないよ。言ってることわかるかい?」
「わかる……と思います。私は、彼女の心と時間を徒に奪っている。そういうことですね?」
身体を重ね続けることで彼女は精気を吸い損ねることがない。だから心が伴わなくても彼女にはメリットがある。しかし、彼女は私のことが好きだと言った。悲しい思いをして、頑張ることができるほどに私のことが好きだと。そこに私の心が伴わなかったら彼女はなんのために頑張ると言うのだろう。
「あんたはそういう女の好意を全部なあなあで流して来た。そういうの、わかってた女もいるかもね。こてんぱんに抱き潰されるのが好きな、もの好きな女だっているだろうに、そういうのもあんたから離れていったわけだから。世の中には帳尻を合わせる何かの力があるからね。ちゃんとしないと一番幸せな時にツケを返す羽目になるかもしれないんだから、清算するチャンスを見逃さないように生きなよ、レイモンド」
「ツブラさん……」
一気に言い切ると、ツブラさんは酒瓶に直接口をつけ、ゴブゴブと一気に空にして、どんとテーブルに叩きつけた。
「あーっ!!! ガラにないこといっぱい言っちまった! 閉店閉店! 今日は閉店だよ!! 手ン中の酒空にしたらあんたも帰んな!!」
しっしと手を振って追い出そうとするので、私は残りの杯をあおってお暇することにした。流れ込んだ酒精が喉を焼く。明日の朝は酷そうだ。
扉をくぐって外に出ると、夜風が額を撫でる。火照った顔にちょうどいい温度だ。
「すっかり暗くなってしまった……」
精霊に周りを飛んでもらって帰路に就く。足がふわふわと心もとなく、まるで雲を踏んでいるようだ。シルキィ君が隣にいたら、私の手を引っ張ってくれるだろうか。
ドーソンとリィナに、シルキィ君がしばらく実家に帰る話をしたら残念がっていたが、わからないでもないと言っていた。シルキィ君は言葉も綺麗だし、擦れてなくて、多分そこそこ育ちのいい子だろうと思っていたと。そのうち親が迎えに来るんじゃないかと。戻ってくるとも伝えたが、やっぱり戻れなくなったってことになっても不思議じゃないと言っていた。だから、今まで通り三人で潜ることに了承してくれた。
「最近、予定外のことが多かったから、探索が遅れているな……。もっとダンジョンを進まなければ……」
自分のためにシルキィ君が頑張ってくれていると思うと、自分も頑張らなければと気持ちが新たになる。彼女の好意に釣り合った自分でいなければ。なるほど、ツブラさんの酒はとても効いた。
暗く静かな宿の廊下を歩く。最近までシルキィ君がいた隣の部屋は今は無人で、冷たく寂しく沈黙している。エルフの耳に漏れ聞こえてくる彼女の思い出し笑いや、テーブルの足に小指をぶつけて痛がる声などを懐かしく思った。
「寂しいな……。シルキィ君のいない夜はこんなにも静かだ」
誰もいない扉の前でいつまで立っていても仕方がないので、自分の部屋に帰る。上着を脱いでベッドに体を投げ出すと、枕元にシルキィ君の下着が一式広げたままになっていた。もうなんども汚して洗って彼女の匂いなんかしないが、それでも日々の衝動を抑えるのに役立ってくれていた。今夜は酒のせいでそんな気にはなれないが。
「毎晩こんなに酔うわけにはいかないしな……」
頼りない布切れを手繰り寄せて抱きしめる。自分の胸にすっぽり入ってしまう彼女の小さな体を恋しく思う。
「……」
酒精がもたらした酩酊が私を眠りの国に誘いだした。身体は汗でべとべとだが、起きて綺麗にする気は起きなかった。明日の自分に任せよう……。瞼がもう重たくて、開けたままでいられない……。
気づかわし気に窓から出ていく精霊たちの光を見送って、私の意識は沈んでいった。
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