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一章・満たない二人
10.はらぺこサキュバスと性欲の強い男エルフと人の声
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地下六階に降りたわたしたちを出迎えたのはインプの群れだった。インプはサキュバス界にもよくいる小鬼で、つるっとした毛のない体に羽が生えていて、キィキィ鳴きながら背中の羽根で飛ぶ。人間の赤ちゃんぽい姿なので正直に気持ち悪いし、倒すのに躊躇する人もいると思う。そのまま食い殺されてしまう駆け出し冒険者なんかも。
「そっち行ったよ! 撃ち落として!」
ドーソンさんとリィナさんが剣で叩き落とし損ねたインプをレイモンドさんが風の精霊魔法でかく乱して、わたしもダガーでとどめを刺す。
「あんた意外とやるもんだねぇ。インプ殺すの嫌がるかと思ったのに」
「いえ、故郷の畑をよく荒らされたので、退治は慣れてるんです」
「家の近くに出たのか!? そりゃ大変だったなぁ」
「あ、はい! 近所中大騒ぎで! えへへ……」
サキュバス界ではインプは迷惑な害獣って感じだから普通にしゃべっちゃったけど、人間の家にインプ出たらそりゃ大事だよね……。考えてみたらサキュバスだってダンジョンに出るかもしれないし、わたしも倒される側なのかもしれない、気を付けよう。
「額に埋まってる石が換金できるので採っていきましょう」
まだ描きかけの地図に記入しているレイモンドさんに言われて、私たちはインプの死骸の額をほじる。暗闇を照らす魔道具の材料になるので売れるらしい。
出すものを出して睡眠を取ったレイモンドさんはとてもスッキリとした顔をしていて、『性欲? 知らない感情ですね。普段は花の蜜などを吸って暮らしています』みたいな佇まいになっていた。この人が性欲おばけで先っぽに淫紋があるなんて言われなきゃわからないよなあって感じだ。
「この辺になるとそろそろ駆け出しじゃ厳しい感じになってくぜぇ。お嬢ちゃんも気ィ引き締めるんだぞ」
「は、はいっ!」
「大丈夫、シルキィ君は私が守りますよ」
ドーソンさんに言われて緊張したわたしの肩にレイモンドさんが手を置いた。その手があったかくて、わたしはつい両手を頬に当ててなんだか照れてしまった。
「出た天然ジゴロ」
「ほんとにこのエルフはよぉ」
「さて、記入は終わりました。先に進みましょう」
分岐がある度にどちらに行くか決め、地図を記入し、緑の明かりをつけていく。行き止まりがあれば戻り、罠があれば解除し、モンスターが出れば倒す。単純だけど結構大変な作業。
「なんでしょう。さっきから、人の声がする気がするんですよね」
しばらく探索と戦闘を繰り返したころ、レイモンドさんが訝し気に口を開いた。
「俺らにはなんも聞こえねぇんだけどなぁ」
「レイモンドは耳がいいからね。ゴーストとかかな」
「え……ゴーストとか出るんですかぁ!?」
ゴーストと聞いてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。だって、おばけ怖いもん!
「うちは聖職者系がいないから、霊とかにはちょっと弱いんだよねぇ」
「金貯めて雇うかよ? レイモンド」
「そうですね、そのうちには」
お金の話はちょっと思うところがあるらしいレイモンドさんの反応は鈍い。報酬は娼館通いですっからかんって言ってたもんね。わたしは精気目当てについてきちゃったけど、本来ならメンバーはお金で雇うのだろう。わたしだって一階でちょろちょろしてた理由って、強いモンスターと戦うより弱いのたくさん倒して小金が手に入ればいいやって思ってて、お金使いたくないのと、あとサキュバスってバレたくないから知り合い増やさずに一人で潜ってたんだもん。仲間がいたらもっと下まで潜ったと思う。
「ゴーストじゃなければ人が入っているということなので、それはちょっと困りますね……」
レイモンドさんがさらに耳を済まそうとしたその時。
『キイキイキイキイキイキイキイキイ!!!!!!』
「うわあぁあぁっ!!! うるさい!!!」
耳をつんざくような音がけたたましく鳴って、レイモンドさんはたまらず耳を抑えた。
「ジャイアントバットだ!」
奥の穴からわたしたちのいる通路に向かって猫くらいの大きさの蝙蝠の群れがこちらに向かって飛んでくる!!
「レイモンド!!」
「ううぅう! くっ」
「!」
キン、と空気が変わった。前にも使った音を消す魔法だ。使い方が違うのか、わたしたち自身の声も聞こえなくなった。会話での連携ができないので各自考えて対処することになる。さっきのインプの時と倒し方自体はあんまり変わらない。レイモンドさんがつむじ風を出してかく乱して、他の皆で叩き落とすだけだ。わたしも、みんなで戦うのに慣れ始めていた。
やがてすべての蝙蝠を倒し、消音の魔法は解かれた。気になったので聞いてみたら、風の魔法の応用らしい。あまり長い間は使えないんだとか。
「びっくりしたなぁ~。何の話してたんだっけか」
「人の声がしたという話ですね」
「ダンジョンマッピング中のダンジョンに人が入ってくることあるんですか?」
「今回は誰ともすれ違わなかったけど、さっきのセーフティーゾーンまでなら入ってきてもいいってことになってるよ。でもね。たまにマッピングしてないとこまで入ってくやつらがいるにはいるんだよね。階層のボスとかはマッピング師が倒すことが多いし、また住み着くのにも日にちがかかる。だからマッピング師より先に倒したいみたいなこと思ってるやつらも中にはいるのさ。それは違反だからあたしたちには報告の義務がある。そうされると困るってんで、そういう奴らに会ったら殺し合いになる可能性が高いんだよね。一度だけ会ったことがあるけど、あれは本当に困るよ」
「それは……嫌ですね」
「俺らが倒せなかった時には是非とも倒して来て欲しいのによぉ、マッピングするまで待ってくれよなって話だぜ」
ダンジョンに潜りに来て、モンスターに殺されないようにするので精一杯なのに人間同士の争いごとなんてそれは困るだろう。
「とりあえず、そうなったらそうなった時に考えましょう。とにかく今はダンジョンマッピングを続けることに集中ですよ」
まあそうなんだよね、とリィナさんが言って、先に進むことにした。一階のあたりにいるような普通のスライムや太いミミズなんかもいるけど、そういうのはあんまり襲ってこないからスルーする。さっきボスなんかはマッピング師が倒すことが多いって言ってたし、今までの敵も彼らはわたしというイレギュラーを抱えてさえなんなくあしらってきた。この人たちはとても強いのだ。
「やっぱり人の声がする……」
しばらく進んだ時に、またレイモンドさんが呟いた。エルフほどではないけど尖った耳を髪に隠しているわたしにも、今度は聞こえた。
「確かにしますね。三人くらいかなぁ」
「マジかよ、よく聞こえるな」
「ただの迷子とかならいいけどねぇ」
レイモンドさんたちのダンジョンマッピングはなるべく右を先に探索していく方法を取っているらしく、分岐を右へ右へ進んでいくと、少し小さな小部屋に出た。その小部屋からさらに右に分岐しているらしく、その穴の方から声と足音が聞こえる。今度はドーソンさんとリィナさんにも聞こえたようだ。
「確かにいるわぁ。どうだ? 輩か?」
「いや……違いますね。これは……相手もダンジョンマッピング師です」
がやがやばたばたと音がして、声の主が穴から顔を出した。
「なんだ。レイモンド班じゃないか。ってことは六番目のダンジョンに出たんだな?」
その人は赤毛で童顔の戦士で、そのほかに二人、女性のマッピング師が付いてきていた。
「ライオット班じゃないですか。たしか七番目のダンジョンの担当だったかと思いますが、どうしてここに?」
「ああ、今ちょうど引き返してきたところだったんだけど、行きになかった分岐があったからちょっと追加探索してたんだよ」
「六番目と七番目は繋がってるってことですか……」
ライオットさんと呼ばれた人はおそらくそっちの班の班長なのだろう。班長同士顔を突き合わせて地図を書き直している。
「……」
「?」
わたしはそっちの班の女性の片方がレイモンドさんをすごい顔で睨んでいるのに気付いた。聖職者っぽい服装のその女性はおとなしそうでなかなか可愛い。けどすごい睨んでるな……。
「ちょっとレイモンド。あなたとしたことがなんでこんな浅い階層でもたついてるんですの?」
「そっち行ったよ! 撃ち落として!」
ドーソンさんとリィナさんが剣で叩き落とし損ねたインプをレイモンドさんが風の精霊魔法でかく乱して、わたしもダガーでとどめを刺す。
「あんた意外とやるもんだねぇ。インプ殺すの嫌がるかと思ったのに」
「いえ、故郷の畑をよく荒らされたので、退治は慣れてるんです」
「家の近くに出たのか!? そりゃ大変だったなぁ」
「あ、はい! 近所中大騒ぎで! えへへ……」
サキュバス界ではインプは迷惑な害獣って感じだから普通にしゃべっちゃったけど、人間の家にインプ出たらそりゃ大事だよね……。考えてみたらサキュバスだってダンジョンに出るかもしれないし、わたしも倒される側なのかもしれない、気を付けよう。
「額に埋まってる石が換金できるので採っていきましょう」
まだ描きかけの地図に記入しているレイモンドさんに言われて、私たちはインプの死骸の額をほじる。暗闇を照らす魔道具の材料になるので売れるらしい。
出すものを出して睡眠を取ったレイモンドさんはとてもスッキリとした顔をしていて、『性欲? 知らない感情ですね。普段は花の蜜などを吸って暮らしています』みたいな佇まいになっていた。この人が性欲おばけで先っぽに淫紋があるなんて言われなきゃわからないよなあって感じだ。
「この辺になるとそろそろ駆け出しじゃ厳しい感じになってくぜぇ。お嬢ちゃんも気ィ引き締めるんだぞ」
「は、はいっ!」
「大丈夫、シルキィ君は私が守りますよ」
ドーソンさんに言われて緊張したわたしの肩にレイモンドさんが手を置いた。その手があったかくて、わたしはつい両手を頬に当ててなんだか照れてしまった。
「出た天然ジゴロ」
「ほんとにこのエルフはよぉ」
「さて、記入は終わりました。先に進みましょう」
分岐がある度にどちらに行くか決め、地図を記入し、緑の明かりをつけていく。行き止まりがあれば戻り、罠があれば解除し、モンスターが出れば倒す。単純だけど結構大変な作業。
「なんでしょう。さっきから、人の声がする気がするんですよね」
しばらく探索と戦闘を繰り返したころ、レイモンドさんが訝し気に口を開いた。
「俺らにはなんも聞こえねぇんだけどなぁ」
「レイモンドは耳がいいからね。ゴーストとかかな」
「え……ゴーストとか出るんですかぁ!?」
ゴーストと聞いてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。だって、おばけ怖いもん!
「うちは聖職者系がいないから、霊とかにはちょっと弱いんだよねぇ」
「金貯めて雇うかよ? レイモンド」
「そうですね、そのうちには」
お金の話はちょっと思うところがあるらしいレイモンドさんの反応は鈍い。報酬は娼館通いですっからかんって言ってたもんね。わたしは精気目当てについてきちゃったけど、本来ならメンバーはお金で雇うのだろう。わたしだって一階でちょろちょろしてた理由って、強いモンスターと戦うより弱いのたくさん倒して小金が手に入ればいいやって思ってて、お金使いたくないのと、あとサキュバスってバレたくないから知り合い増やさずに一人で潜ってたんだもん。仲間がいたらもっと下まで潜ったと思う。
「ゴーストじゃなければ人が入っているということなので、それはちょっと困りますね……」
レイモンドさんがさらに耳を済まそうとしたその時。
『キイキイキイキイキイキイキイキイ!!!!!!』
「うわあぁあぁっ!!! うるさい!!!」
耳をつんざくような音がけたたましく鳴って、レイモンドさんはたまらず耳を抑えた。
「ジャイアントバットだ!」
奥の穴からわたしたちのいる通路に向かって猫くらいの大きさの蝙蝠の群れがこちらに向かって飛んでくる!!
「レイモンド!!」
「ううぅう! くっ」
「!」
キン、と空気が変わった。前にも使った音を消す魔法だ。使い方が違うのか、わたしたち自身の声も聞こえなくなった。会話での連携ができないので各自考えて対処することになる。さっきのインプの時と倒し方自体はあんまり変わらない。レイモンドさんがつむじ風を出してかく乱して、他の皆で叩き落とすだけだ。わたしも、みんなで戦うのに慣れ始めていた。
やがてすべての蝙蝠を倒し、消音の魔法は解かれた。気になったので聞いてみたら、風の魔法の応用らしい。あまり長い間は使えないんだとか。
「びっくりしたなぁ~。何の話してたんだっけか」
「人の声がしたという話ですね」
「ダンジョンマッピング中のダンジョンに人が入ってくることあるんですか?」
「今回は誰ともすれ違わなかったけど、さっきのセーフティーゾーンまでなら入ってきてもいいってことになってるよ。でもね。たまにマッピングしてないとこまで入ってくやつらがいるにはいるんだよね。階層のボスとかはマッピング師が倒すことが多いし、また住み着くのにも日にちがかかる。だからマッピング師より先に倒したいみたいなこと思ってるやつらも中にはいるのさ。それは違反だからあたしたちには報告の義務がある。そうされると困るってんで、そういう奴らに会ったら殺し合いになる可能性が高いんだよね。一度だけ会ったことがあるけど、あれは本当に困るよ」
「それは……嫌ですね」
「俺らが倒せなかった時には是非とも倒して来て欲しいのによぉ、マッピングするまで待ってくれよなって話だぜ」
ダンジョンに潜りに来て、モンスターに殺されないようにするので精一杯なのに人間同士の争いごとなんてそれは困るだろう。
「とりあえず、そうなったらそうなった時に考えましょう。とにかく今はダンジョンマッピングを続けることに集中ですよ」
まあそうなんだよね、とリィナさんが言って、先に進むことにした。一階のあたりにいるような普通のスライムや太いミミズなんかもいるけど、そういうのはあんまり襲ってこないからスルーする。さっきボスなんかはマッピング師が倒すことが多いって言ってたし、今までの敵も彼らはわたしというイレギュラーを抱えてさえなんなくあしらってきた。この人たちはとても強いのだ。
「やっぱり人の声がする……」
しばらく進んだ時に、またレイモンドさんが呟いた。エルフほどではないけど尖った耳を髪に隠しているわたしにも、今度は聞こえた。
「確かにしますね。三人くらいかなぁ」
「マジかよ、よく聞こえるな」
「ただの迷子とかならいいけどねぇ」
レイモンドさんたちのダンジョンマッピングはなるべく右を先に探索していく方法を取っているらしく、分岐を右へ右へ進んでいくと、少し小さな小部屋に出た。その小部屋からさらに右に分岐しているらしく、その穴の方から声と足音が聞こえる。今度はドーソンさんとリィナさんにも聞こえたようだ。
「確かにいるわぁ。どうだ? 輩か?」
「いや……違いますね。これは……相手もダンジョンマッピング師です」
がやがやばたばたと音がして、声の主が穴から顔を出した。
「なんだ。レイモンド班じゃないか。ってことは六番目のダンジョンに出たんだな?」
その人は赤毛で童顔の戦士で、そのほかに二人、女性のマッピング師が付いてきていた。
「ライオット班じゃないですか。たしか七番目のダンジョンの担当だったかと思いますが、どうしてここに?」
「ああ、今ちょうど引き返してきたところだったんだけど、行きになかった分岐があったからちょっと追加探索してたんだよ」
「六番目と七番目は繋がってるってことですか……」
ライオットさんと呼ばれた人はおそらくそっちの班の班長なのだろう。班長同士顔を突き合わせて地図を書き直している。
「……」
「?」
わたしはそっちの班の女性の片方がレイモンドさんをすごい顔で睨んでいるのに気付いた。聖職者っぽい服装のその女性はおとなしそうでなかなか可愛い。けどすごい睨んでるな……。
「ちょっとレイモンド。あなたとしたことがなんでこんな浅い階層でもたついてるんですの?」
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