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10.ぴあの、笑う

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 ぴあのとパルマはしばらくそこで話に花を咲かせた。元居た世界でしていたバイトのカラオケボックスのことなどをパルマは賑やかに相槌をうちながら聞いてくれた。そろそろ昼なので、屋台で四人分の昼食を買って二人で下げて宿屋に帰った。

「ご飯食べた? じゃあまた裏手でやろっかね!」
「はい!」

 午後はまたパルマに付き合ってもらって魔法の練習をするぴあのだった。そもそも彼女は歌集を見てその旋律と歌詞を再現することはできるがその魔法が発動した時にどういう効果があるのかは文字しか知らないので、魔法での戦闘経験のあるパルマに監督してもらえるのはとてもありがたいことだった。

「火の魔法はねえ。植物のモンスターの弱点になるから使いこなせた方がいい。あたしも火の魔法の使い手なんだ。火でいろんな攻撃ができるの。でも火の魔法しか使えないからほんとに吟遊魔法が使えるピアノちゃんがいてくれるの、頼もしいんだよ」
「……! 役に立てるように頑張ります!」
「建物近くて危ないな。ちょっと離れよっか。見てね」

 パルマが虚空に掌を開くと、そのすぐ後に炎でできた花が出現し、その花弁がめらりと開く。しばらくその花はそこで燃えていたが、やがて萎んで消えた。

「あたしの掌には魔力の花がある。だからかな、熱くないんだ。ヴォルナールもアスティオも『手持ち』だよ。ヴォルナールは手から光の矢が出せるし、アスティオは掴んだものを固く強化できるんだ。魔力がある人って大体『手』なんだよね。ピアノちゃんとかフィオナみたいな『喉持ち』は珍しいんだ。手持ちは一つか多くても二つの魔法しか使えないけど、吟遊魔法使いは色んな魔法が一人で使えるからいるといないじゃ段違い」
「……そうだったんですね……」

 まだ出した魔法をコントロールはできないぴあのの使う火の魔法は不安があるので先に水の魔法で桶に水を用意して、小さい声で注意して練習をする。ろうそくに火をつけようとして燃え上がらせてしまったりしながら、段々と慣れていくぴあのの姿を、宿の二階の窓から眺めている者がいた。ヴォルナールだった。

(……パルマの言う通り、娼婦になったほうがましというのは乱暴な言い草だったかもしれないな……)

 かつてフィオナが歌っていたのと同じ歌を頑張って練習しているぴあのを見て、ヴォルナールは自分が投げつけた言葉の強さに罪悪感を覚えていた。朝に彼女が一人で魔法を使ったことを叱った時、何もしていないのに頭をかばったのも気がかりだった。ああいう娘のような存在が脅かされずに生きていける世界を取り戻すために自分は戦っているのに、いつからこんなに冷淡な男になってしまったのだろう。自己嫌悪に顔をしかめていると、誰かが近づいてくる気配を感じて彼は振り向く。

「よ、ヴォル。どうしたよ。女の子見つめてぼーっとしちゃってよ。昨日娼館休みだったからたまってんの?」
「アスティオか。そんなんじゃない。茶化すな」

 アスティオの軽口にヴォルナールは軽く怒って見せる。そしてまた「そんなんじゃない……」とつぶやいてまたぴあのを目で追っていた。

(あ、ヴォルのこの目オレ知ってるな……。フィオナがいた頃の目ェしてる。でもまあ、それは今は言わない方がいいか……気遣いできるオレ、偉い)

 ヴォルナールがかつてフィオナに向けていた優しい目をぴあのに向け始めていることを気付いたアスティオだが、それは言わずに当たり障りのない会話を続けた。

「なあ今日は一緒に夕飯食おうぜ。あの子の歓迎会してたのにお前帰っちゃうからさ」
「……そうだな……。そうさせてもらうか……」

 アスティオの誘いに返答する声も昨日までより少し柔らかいものになっている気がして、アスティオはぴあのがヴォルナールの傷ついて固くなった心に変化を与えているのを実感した。面白半分にくっつけようとかそういう風に考えているわけではないが、新しい出会いで仲間が少しでも楽になるならそれは喜ばしいことだと思った。

「お前は……」
「うん?」
「お前は、もし自分が先に死んでしまったらパルマにいつまでも自分を忘れないでいて欲しいと思うか?」
「え~?」

 突然の重たい問いに、アスティオはやや面食らいながら少し考える。

「そんなこと考えもしたくねえんだけど……」

 そう言いつつも、彼は茶化さず真面目に答える。

「そりゃ、忘れて欲しくはないけどさ。俺に囚われてパルマがずっとひとりぼっちでうつむいて年取っていくんだったら俺はそんなの嫌だな。パルマには幸せになって欲しいんだよ。俺は。でもそうだな、俺がパルマを幸せにしたいからやっぱりそんなこと考えたくないぜ! わはは!!」
「そうか」

 アスティオの返答にそれだけ返して、ヴォルナールはまたぴあののほうに目を戻した。

「で? 今日はちゃんと一緒に飯食うよな?」
「わかったわかった……行くときに声かけてくれ」
「そう来なくっちゃな! さーて、オレもかわいこちゃんたちにちょっかいだしてこよ! おーい!! やってんねえ!! オレも混ぜて~!!?」

 アスティオの素っ頓狂な声に気付いたぴあのとパルマが手を振っている。それを見て、なぜかぴあのに自分の姿を見られたくないと思ったヴォルナールはスッと窓から離れた。
 階段を降りていくアスティオを見送って、彼は自分の部屋に戻った。少しだけ「自分もあそこで笑っていたい」という気持ちが芽生えたが、それを押し込めてベッドに寝ころび目を閉じる。昨日からずっと気持ちがもやもやしていた。今それについて考えるのが嫌だったので、ヴォルナールは夜まで無理やり寝てしまうことに決めた。

「火の歌使えるようになったのか? すげーじゃん。パルマと二人がかりで焼き払いができるな」
「前で戦ってるアスティオの尻を焼いちゃわないように今加減する練習してたところだよ!」
「いや~ん、オレの愛されヒップ、焼かないでえ?」

 片手の親指を口に咥えて尻をぷりっとさせるポーズでふざけるアスティオの姿がおかしくて、ぴあのは笑いすぎて涙が出た。

「アスティオさん、本当に面白いです」
「だろ? だろ? 一回しかない人生だからな、笑ってたほうがお得だぜ」

 わっはっは! と笑うアスティオにそういえば、とぴあのが聞く。

「あの……、さっきヴォルナールさんと話してたように見えたんですが……、ヴォルナールさん忙しそうでしょうか。朝シャツをお借りして今洗濯して干してるから、あとで帰しに行きたいんですけど邪魔したら悪いかなって思って……」
「んー、忙しくはないだろうけど多分寝てるよ。あいつ街にいる時は午後寝る事多いからな。でも夕飯食いに行くとき声かけるし、それから帰って来た後にでも返しに行けばいいぜ。ってかシャツ貸してくれたの? あいつが? ふーん……」

 そういえば元々そういうことする奴だったもんな、と呟くアスティオにパルマが話しかけた。

「ねえ、アスティオも一緒に練習しよ。ピアノちゃん随分うまくなったから」
「へえ、いいじゃねえの。よーし。じゃあオレに向かって小さめの石つぶての魔法出してみて。オレ、このイイ感じの棒で打ち返すから」
「え? 危なくないですか!? 私まだ石つぶての魔法覚えたばかりなんですけど……!」
「へーきへーき。ほらよ」

 アスティオが落ちていた棒を掴み上げて顔の前に掲げると、その手から拡がるように棒の表面が何かでコーティングされて質感が変わった。

「わ……それがアスティオさんの魔法なんですね……」
「そういうこと、これでちょっと石が当たったくらいじゃ折れないから。さあ来い!」
「やっちゃえピアノちゃん! ぶちのめしちゃえ!」
「ええ? 彼氏の応援して? パルマぁ!」

 そうやって、アスティオとパルマは夕暮れまでぴあのの練習に付き合ってくれた。そうやって過ごしているうちに、ぴあのは二人がぴあののことを連れて行きたいからこうして手伝ってくれるのだということに思い当たった。

(この人たちにとって邪魔者じゃないんだ……私……)

 認められ、受け入れられるということはこんなに暖かいのかと、今度は別の涙が出そうになるぴあのだった。
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