うちのお母さんは最低だ

ツバサ

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それからユーさんとリンさんは私の元を離れると、他のメンバーと談笑して回った。
それらが一通り終わると、早速撮影に入る。
「それでは皆さん、今度はしかめ面でお願いします。あ、あるふぁさんはもう少しみーさんに近づいてください。肩が触れ合う距離まで、お願いします。ユーリンさんは怪しい感じの笑みを浮かべて、肩を組んでください」
フォトスタジオに入った私たちに、北野さんが細かく指示を飛ばして、私たちはそれに従っていく。ポーズや表情は、結構こまめに決めてあって、全てこなすまでに大体一時間弱くらいかかった。その後は、私たち主体で撮影するわけじゃなくて、フォトスタジオはフリーで開いて、同人イベントに来たお客さんに頼まれたら撮影するという形で過ごした。
サーバーにいるみんなは、固定ファンの方がたくさんいるようで、次々と声をかけられていた。
中でもユーリンさんの人気は特にすごくて、撮影希望者で列ができるほどだった。
「ユーリンでーす!」
いつものポーズを決めたり。2人で抱き合ったり、ユーさんがリンさんを羽交締めにしたり、お客さんの希望も次々と裁いていた。
かくいう私はというと、固定のファンの方なんて北野さんくらいのものだから、撮影を頼まれる皆さんを指を咥えて見る場面が多かったのだけど、暇な時間は普段とは違うシチュエーションで自撮りをしたり、動画もとってみたり。とても楽しい時間をすごせていた。
「あの。撮影、お願いしてもよろしいでしょうか?」
それに、時々声をかけてくれる人もいて。
「は、はい! 大丈夫です! ……大丈夫ですけど、その、実は私、こういうイベントに参加するのが初めてで……下手くそかもしれませんが、いいですか?」
ただ、不慣れな私はそんな情けない反応をしてしまうのだけど、お客さんは優しい人が多くて、手取り足取り、教えてくれた。
「ありがとうございました! あの、お名前はなんて言うんですか? SNSはやってますか? もしよかったら、教えてくれると嬉しいです!」
そして、最後に必ず嬉しい言葉を残していってくれた。
いつも、SNS越しに称賛の声はもらってたけど、リアルでもらうそれは、また特別感があって。
「はい! えっと、ヤミーって言います! IDは@y──」
ああ。IDを書いたボードを持ってくればよかったなって思うくらいには、SNSアカウントのことを聞かれた。
そんな感じでたくさんの嬉しい声をもらったけど、中でも一番嬉しかったのは、衣装に関する褒め言葉だった。
「その衣装、すっごく可愛いですね……その宝石は、どこで買われたかお聞きしてもいいですか?」
「これですか? これは……実は自分で作りました!」
「え!? 作れるんですか!?」
「はい! クラックビー玉って言って、百均のビー玉で作れるんですよ~。こんな感じで──」
私だけじゃない。遠くで控えている北野さんや、ココロちゃんのことも褒めてもらえた気がして、嬉しかったのだ。
そんな感じで、とっても充実した時間を過ごして、あっという間にお昼時になってしまう。
「そろそろ撤収しましょう」
北野さんが、私たちに声をかけていく。
え? もうそんな時間?
びっくりして時計を見ると、正午をゆうに超えていた。
みなさん、遠征している人も多く、明日から仕事がある人がほとんどなので、早めに解散することになっていた。
そして、この後は北野さんが予約してくれた店で、打ち上げを行う手はずになっている。当然、私もそれに参加するつもりだった。
イベント会場から、打ち上げを行うお店まで、それなりに距離がある。そろそろ帰り支度を始めないと間に合わなくなってしまう。私を含めて、全員がまだ物足りなそうな反応だったけど、仕方ない。
一番お客さんが少なかった私を筆頭に次々と撮影と着替えを済ませていき、ユーリンさんまで終わったところで、私たちは揃って会場を後にする。
それから電車に乗って、打ち上げ会場に向かった。
「そういえば、打ち上げは居酒屋でやるって聞いてたけど……ヤミーさん、未成年じゃなかったっけ? 未成年って入れるの?」
「お酒さえ頼まなければ大丈夫だと思います」
道中、キタノさんとリラさんが、私の方を気にしながら、保護者みたいな会話をしている。
リラさんは居酒屋が会場で、私が楽しめるのかを気にしているみたいだった。
私としてはそもそもファミレスとかに行った経験もほとんどないから、外で食べるというだけでワクワクしていた。
北野さんが予約してくれた店というのは、私がココロちゃんと別れた駅を出て、すぐのビルの中にあった。
店に着いたらキタノさんに先に行ってもらって、受付を済ませてもらうと、私たちも通させてもらう。
北野さんが予約してくれたお店は完全予約制、個室完備のお店で、注文もタブレットから行う高級そうなお店だった。店員さんの身なりや接客も高級感に満ちていて、緊張してしまう。もっと軽い雰囲気だと思ってたからびっくりだ。
「あの。ここって、いくらぐらいするんですか?」
私は小声で、隣のキタノさんに向けて尋ねた。
「お酒付きの飲み放題で五千円、食べ放題のみなら四千円です」
「ですよね」
事前に聞いてた通りで安心する。まあ、現金はたくさん持ってきてるから、流石に払えないことはなかったけど。
「ですが、大丈夫ですよ。ヤミーさんの分は、自分が払うので」
「そんな! 悪いです! 自分の分は自分で払いますから!」
北野さんの思わぬ申し出を、私は両手を振って拒否した。
北野さんには、ただでさえ更衣室の料金も払ってもらっている。そのうえ打ち上げ代金まで払ってもらうなんて、節操が無さすぎる。
「いいじゃん、ヤミーちゃん。ここはキタノくんに甘えちゃえば?」
断固拒否する私の肩に、手が置かれた。はっと目を向けると、ユーさんが諭すような笑顔を浮かべて、私の目を見つめていた。
「え?」
「大人ってのはこういう時、無性に見栄張りたくなるもんなのよ」
隣に座ったリラさんから、思わぬ援護射撃が飛んでくる。
「そういうことです。どうしても気になるんだったら、将来ヤミーさんが大人になったときに、自分にご飯を奢ってください」
乗っかるように、北野さんは付け加えた。
ずるい。そんなふうに言われたら、私が断れないってわかってるんだ。
「……わかりました。じゃあ、次にお会いするときは、私が奢ります」
「いえ。大人になったときでお願いします」
「……北野さん、頑なですね」
次、北野さんとオフ会する機会があったとして、そのときにもし、私が未成年だったとしても、今度こそは私が奢るって言ったんだけど、北野さんは引っかからなかった。完全に言い負かされて、私は憮然として口を尖らせる。
「あはは。ふたりとも、仲いいねー!」
私達のやり取りを横で見ていたリラさんが、お腹を抱えて笑う。
そういえば、席の配置だけど、座席は横にユーの字形になっていて、手前の廊下側から、キタノさん、私、リラさん、あるふぁさん、わいちこさん、ミーさん、リンさん、ユーさんという順になっている。意図したわけじゃないけど、自然と仲のいい人同士で固まったような感じになってしまった。
そうこうしているうちに、注文のタブレットが回ってくる。どうやら私と北野さんが小競り合いをしているときに、リンさんから順に回していたらしい。
メニューは二種類。どちらも食べ放題で、お酒の飲み放題が付くかつかないかの違いだ。当然私は飲み放題が付かない方を頼む。北野さんも、私と同じメニューを頼んだ。
「キタノくん。これ、お金ね」
タブレットと一緒に、お金も周ってくる。全て五千円札の束だった。北野さんが履歴を確認するけど、お釣りを渡す様子がなかったので、私と北野さん以外は全員、飲み放題付きのコースを頼んだようだ。
「ヤミーさん。何から食べますか?」
今度はこっちから食べ放題の注文を回していくようだ。
北野さんが見せてくれたので、タブレットを覗き込む。画面には色々な料理が映っていた。
「じゃあ、からあげを……あ。皮のからあげなんてあるんですね。食べてみたいです」
「わかりました。頼んでおきますね」
北野さんがタブレットを操作してくれて、いいものが見つかったら、私が指さしていく。
頼み終えたら、タブレットを回した。それから料理が来るまで、しばし談笑を楽しむ。北野さんが私に写真を見せてくれるかと言ったので、見せてもらっていたら、隣のリラさんや遠くのユーリンさん達も見たいと言ってきたので、みんなで身を乗り出して覗き込んだり、コスプレについて語ったり。同じ趣味を持つ人同士だからこそ出来るやり取りがとても楽しい。
気づいたら時間が過ぎていて。宴もたけなわとなってきたところで、私のスマホが震える。
「あ。私、そろそろ行かないと……」
なんだろうと思って見てみれば、お店に入る前に私が設定したアラームだった。食べ放題コースは二時間。まだ半分しか過ぎていないけど、そろそろ店を出ないと、ココロちゃんとの約束の時間である五時を過ぎてしまう。
「えー? ヤミーちゃん、もう帰っちゃうの?」
「すみません。この後、友達と約束があって……」
「あー、そうだったんだ。そういうことなら仕方ないかぁ」
リラさんが残念そうに机に突っ伏す。
「ねえねえ。みんなで写真取らない?」
「いいね。さんせー!」
リラさんの提案に、ユーさんが便乗する。
「ヤミーさん。お時間大丈夫ですか?」
北野さんが心配そうに確認してくれる。
「あ、はい。写真くらいなら」
元々、時間に猶予はあって、早めにアラームはかけておいた。写真を撮るくらいなら、大丈夫だろう。
「よーし。じゃあ、寄って寄ってー! みんな、飲み物持ってー!」
私は自分の分を飲み干してしまっている。
「ほい。ヤミーちゃんはこれ持って」
リラさんに手渡されたのは、空になったビールのグラスだった。北野さん以外のみんながそれを持って、
「はい。チーズ!」
一番席端のユーさんが、合図とともに写真を撮る。パシャリと、iPhoneのシャッター音がした。
「それとついでに……ツーショット!」
無事に写真も取り終わって、グラスを置こうとした瞬間だった。いきなりリラさんが肩を組んできて、パシャリとスマホの内カメラで写真を撮る。
「あはは。ヤミーちゃんびっくりしてる。可愛いねえ」
リラさんは楽しそうに声をあげて笑うと、撮ったばかりの写真を見せてくれた。
「そ、そうですか? 私、変な顔してますけど……」
「いーや、可愛いよ。ヤミーちゃん。これ、SNSにあげてもいい? ヤミーちゃんの顔は隠すからさ」
「えっと、はい。大丈夫ですよ」
私の写真うつりは、はっきりいって悪い。豆鉄砲を食らった鳩みたいだ。そのままSNSには載せられないけど、顔を隠してくれるなら別に……。そう思って、リラさんに頷く。
すると、早速写真をあげようとしたんだろう。リラさんがスマホでSNSを開いた。
「え、え、え? うそ? ちょっとまって!?」
と、思ったら突然目を見開き、画面にかじりつくように戸惑う。
「どうしたんですか?」
急に様子が変になったので、心配になって尋ねてみると。リラさんは蒼白な表情で私を見た。
「電車、止まってるらしい」
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