上 下
69 / 78
第三章 恋と争う二人

第68話 膝の上でもよかったんですよ?

しおりを挟む

「…………」
「あの、何してるんですか?」
「口を開けて待ってる」
「そんなのは見たら分かります! そうじゃなくて、まさかわたしが翔輝さんのお口の中に放り込むとでも思っているんですか?」

 そうじゃないのか?

 思わせぶりな感じだし、てっきり『あ~ん』をしてくれると期待しているんだが。もしかしなくても俺の勝手な思い込みというやつだったりするのか。

 角度の問題だとしたら顔を傾けたりしてみるか?

「これでどうだ?」
「えっと、そうしたいのは山々なんですけど、箸を忘れてきちゃったから無理なんです」
「――えぇっ!? それ、だって手で食べるサンドイッチ……」
「うん。わたしは手で食べられます。翔輝さんに食べさせるつもりだったんですけど、割り箸を忘れちゃいまして、なので……今日はごめんなさいっ!!」

 顔を斜めに傾けたり、口をいつもより大きく開けた俺の努力って一体。朝早く作ってくれていたのは良かったとして、割り箸が無いごときで昼抜きはキツい。

「そ、それなら――これでどうだ!!」

 こうなったら制服が汚れても仕方ない――という勢いで、俺は院瀬見が座るベンチの真下に仰向けに転がってをしてくれるのを待つことにした。

 もちろんスカートの中身を気にする余裕などないし、こんな行動をして変態と罵られても仕方が無いがやむを得ない。

「そ、そこまでするんですか? 翔輝さん、生徒会長なのに……」
「は、早くサンドイッチを口の中めがけて落としてくれ!」

 この状態で冷静になって考えたが、確かに俺の口の中にサンドイッチごと指を突っ込む行為はあり得ないことだ。それも好きでも無い相手に対して。

「もう~仕方ない人ですね。じゃあ半分こにして落とすので、ちゃんと口で受け止めてくださいね?」

 俺の希望を汲んだようで、院瀬見は手にしたサンドイッチを半分にちぎって地面で待つ俺の口の真上をめがけて手を動かし始めた。

「ぷっ、ぷわっ!? ちょい待った! トマトの汁が目に~!!」
「えっ? あ……そ、そうだよね。ハムの方にするべきだよね」
「目が~目が~! ああぁぁぁ……」

 完全に不意打ち攻撃だ。まさかトマトで視界を奪われるとは。この場に誰も来ないのをいいことに、俺は大口を開けながら叫びまくった。

「――あぁぁぁぁ……んぐっ……もぐ…………んぐ、ん?」

 叫んでいた俺の口を塞ぐかのように、口の中に次々とレタスやら卵やらが放り込まれている。

「ふぅっ……」
「……落ち着きました? というか、そこまで騒がなくてもいいのに」
「突然だったから焦ってしまった。悪いな、つらら」
「ううん、まさか汚れるのをものともしないで地面に転がるなんて思わなかったし。そこまでわたしのを――とか思わなくて。……美味しかったですか?」

 味を――と言われると、正直言ってよく分からなかった。

 昼抜きだけは避けたかったというだけの理由に尽きるだけだし、やはり真上から食べ物を落とされて食べても美味しさを感じにくいみたいだ。

「よく分からなかった。ごめん」

 こういう場合、相手が相手だけに素直に言っておくのが無難だろう。

「……でしょうね。あんな食べさせ方をしたのはわたしも初めてでしたもん。素直に言ってくれれば……もしくは、わたしに隙があったわけだから行動してくれればよかったのに」

 そう言いながら院瀬見は自分の膝の辺りをポンポンと叩いてみせた。

「隙? それはむしろ俺の方では? ほぼ無防備に地面に寝ていたぞ?」
「……隙があったら好きにしていいって言ったのを忘れてるんだ?」
「隙があったら――いや、それはつららのセリフだった気が」
「どっちでも良くて! そうじゃなくて、翔輝さんらしくなかったのは残念ってだけです」

 生徒会長らしからぬおバカな行動のことだろうな。誰もいないであろう庭園の地面に、仰向けになって餌を待つ魚になっていたわけだし。

 しかし一応、腹を空かせることにはならなかったので良しとする。院瀬見も自分の分をすでに食べ終え、弁当箱を片付けているようだ。

「ここが秘密の場所ってことは理解したし、昼はここで食べるって認識でいいのか?」

 学食カフェと教室以外で食べるとなると、多分ここが最適になるはずだ。

「気に入ってくれたようで何よりです! でも秘密のショートカットは内緒ですよ? ここに来るんであれば、普通に来るのがおすすめです!」
「……ん? いや、そうじゃなくて」

 何か言ってることが噛み合わないんだが?

「この場所をお気に入りにしてくれたんですよね? 翔輝さん」
「まぁな。そうじゃなくて、俺とここで一緒に食べるって意味じゃ?」
「えっ? あっ――あぁ……なるほど。それも悪くないんですけど今回は減点があったので、またの機会があったら一緒に食べるかもです」

 何だ、減点って。

 やはり変態っぽい行動を起こしたのがミスったのか?

「そうか。それならまたの機会を待つことにする」
「じゃあ戻りましょうか」

 言いながら、院瀬見はショートカットではない正規のルートへと足を向ける。

「あれ? 非常口の方じゃないのか?」
「一方通行なんですよ、あそこ。逆へは戻れないの」
「そうなのか。それは不便だな……」
「だから秘密のショートカットなんですよ!」

 おそらく知っているのは院瀬見くらい。そうだとすると俺が一人で来る意味は無いことを意味する。

 何の減点なのか知らせずに俺の前を歩く院瀬見だったが、校舎に近づこうとする直前になって俺に振り向いたかと思えば、目を細めながら意味深に微笑んでいる。

「それにしても翔輝さん、残念でしたね?」 
「何が?」
「何も地面に寝転がらなくても、わたしの膝の上にでも寝転がってくれたら素直に食べさせることが出来たのに。それこそ前はもっと……」

 何だと!? もしやそれが減点か?

 期待外れだったという意味なら完全に俺の判断ミスだな。なんてこった。

「まぁ、いいです。その他どうでもいい男子とは違うことをしてくれる翔輝さんを信じてわたしは待つだけなので」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

牢で死ぬはずだった公爵令嬢

鈴元 香奈
恋愛
婚約していた王子に裏切られ無実の罪で牢に入れられてしまった公爵令嬢リーゼは、牢番に助け出されて見知らぬ男に託された。 表紙女性イラストはしろ様(SKIMA)、背景はくらうど職人様(イラストAC)、馬上の人物はシルエットACさんよりお借りしています。 小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...