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第二章 当たり前の二人

第29話 ナイショの耳打ち

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「――南翔輝が好き……って書いたんですか?」
「そう。だから南は私のこともきっと好き」
「……でも、南さんはまだ何も言ってないですよね? そもそもその手紙のことも忘れていたっぽいですし」
「手紙は確実に見たはずだから、好きになってくれる」
「そんなはずは……」

 院瀬見は今は存在しない手紙の内容を俺ではなく、推し女の聖菜から直接聞かされることになり、納得がいかず明らかに理解が追い付いていない表情を見せている。

 いわゆる『告白』の手紙をこっそりと俺に持ち帰らせ、それでうまくいったと確信している聖菜の反応を見るに、俺も聖菜が『好き』だという思い込みがあるようだ。

 さっきからちらちらと俺を見ているのも、多分意味に違いない。

 そもそも聖菜とほとんど話をしたことがないのに、手紙で告白されたからってそれだけで相手を好きになるのもどうなんだ?

 一方的に好意を寄せられてもどうすればいいのか分からないし、何を言っても引き下がってくれそうにない気がして気が重くなる。

 俺も院瀬見もどうすればいいのか動けずにいたところで、

「そこに集まってるアルバイトさーん! こっち来てくれるー? それと、十日市聖菜さんは向こうのブースによろしくね」

 運営スタッフらしき人から声がかかった。

 他にも同じバイトがいるかと思っていたが、このバイト自体よくよく考えれば七石先輩関係。しかも午後からのバイトだから俺たちだけみたいだった。

「二人はそこに積まれている段ボール箱の前で待機してね」

 俺と院瀬見は数人のスタッフがいるところに集まり、聖菜は経験者だからか別の場所に行くらしい。

「じゃあ、南。私は別の場所だから。帰る時間も多分違うから、教えて?」
「……何を?」
「連絡したいから携帯を出して」
「悪いな、今日は持ってきてない」

 ――ということにしておかないと厄介だ。

「仕方ない。それなら後で教えて?」
「……そのうちな」
「またね、南」

 俺の返事に安心したのか、聖菜は別の場所へと急いで行ってしまった。

 そして俺と院瀬見はというと、数段にも積まれた段ボール箱を眺めてため息をついている。聖菜の問題があったものの、仕事の種類が違うようで一安心だ。

「これ、沢山ありますね……」
「まぁな。CMキャンペーンって言ってたし、配る奴だろ」
「え? わたしたちが配るんですか?」
「いや、箱の中身を見た感じ種類があるからひとまとめにするんじゃないのか。スキンケアシートとか色々見えてるし」

 予想通り、スタッフからの指示は仕分けだった。数にすれば数百以上はあるが、二人でやれば難なく終えられるはずだ。

 そんなこんなで仕分けに入ると、聖菜のことについて院瀬見が口を開いた。

「あの、翔輝さんは聖菜のことが好きなんですか?」
「――アホか! 全然話したことないのに何で好きになるんだ?」
「ア、アホじゃないです! だってあの子がそう言ってましたもん……」

 何を言うかと思えば聖菜の言葉を鵜呑みにしていたとか、疑うことを知らない純粋な心がありすぎだろ。

「そう思うのはあっちの勝手だ。少なくとも俺は聖菜のことを何も知らないからな」
「じゃあこれから知るようになったら好きになるんですか?」
「それは無いな」
「ど、どうしてですか?」

 そんなくだらないことを必死に聞いてくるのか意味が分からないが、

「全くでも無いけど、ほとんど話もしたことない奴に好きって言われて好きになるのか? つららだってそういう経験はしょっちゅうあるだろ」
「――あ!」
「それと一緒だ」

 本人が直接告白したわけでもないし、したからといっても結果は同じだ。院瀬見に関して言えばすでに間接的に北門きたかどから告られているが、興味すらわかなかった。

 それと同じことなのに何で気づかないのか。

「そ、それなら安心しました」
「ん? 何で安心?」
「翔輝さんには関係が無いことなので気にしなくていいです」
「自分から俺に聞いておいて何でそんな対応になるんだ?」
「手、手が止まってますよ? 早く終わらせないと帰れなくなるじゃないですか! とっとと仕分けしてください!」

 こいつ、誤魔化したな。最近少しだけ態度が軟化してきたかと思っていたのに、また元に戻ってしまったのか。

 友達になったところで態度が変わるわけでもないしな。

 そうして俺たちはしばらく黙々と仕分けをして、夕方くらいになってようやく終えることが出来た。

 聖菜とは結局顔を合わせることが無く、帰りも鉢合わせる心配は無かった。その足で俺と院瀬見は一緒に帰ることに。

「何とか終わらせることが出来ましたね」
「だな。つららもやれば出来るんだな」
「相変わらず失礼なことを言う人ですね、全く!」
「バイトなんてしたことなかったみたいだから出来ないと思っていただけだ」
「むー!!」

 途中で妙な空気になったものの、聖菜と院瀬見でやることが分かれたのが良かったかもしれない。俺のことを好きだとかという問題はあるにしても。

「それじゃあおつかれ。俺はこっちだから」
「あのっ! 翔輝さん」
「あん?」

 帰りの分かれ道で別れようとすると、院瀬見が俺の横に駆け寄ってきた。

「少しだけかがんで欲しいです……」
「ん?」

 俺と院瀬見の身長差はあまり無かったりするが、何をするつもりなのかと身構えていると、俺の耳元に向かって院瀬見の息づかいが聞こえてくる。

「わたしは信じていますから。それと、明日寮にいますので迎えに来て欲しいです」
「んあっ!? み、耳に息が。というか、今の言葉はどういう意味――」

 ――などと院瀬見に聞こうとしたら、すでに俺から離れて向こう側へ歩き出している。しかし俺の方に振り向いたかと思えば口元に人差し指を立てて、

「ナイショ、です! それじゃ翔輝さん、またです」

 などと可愛く言い放って、さっさとその場を離れてしまった。結局院瀬見は俺に何を伝えたかったのか意味不明だ。

 明日バイトは無いが、寮に行って聞くしかない。
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