15 / 78
第一章 塩対応な二人
第15話 上と下と左か右か 後編
しおりを挟む
「…………もっとゆっくり動かせないんですか?」
「無茶言うなよ。キツキツなんだぞ? 俺が力を入れないと院瀬見だって何も出来ないだろうが!」
「私のせいにするのって、南に自信が無いからですよね?」
「悪いがその手に乗るつもりはない。とにかく、お前はそのまま動かずに黙って上で大人しくしといてくれ」
カウンセリングルーム兼保健室に入った俺が院瀬見に最初にやらされたのは、老朽化した壁掛け時計のネジ回しだった。
院瀬見は壁掛け時計が落ちないように、備えつけの踏み台に乗って手を伸ばして押さえているだけに過ぎず、偉そうに見ているだけで文句しか言わない。
しかも壁掛け時計がある位置は保健室のベッドが置いてある真上にあって、背伸びをしても届かないところにある。幸いにも脚立が近くにあったおかげでベッドをまたぐ形で上がれそうだが。
「ベッドを動かしちゃ駄目とか、融通が利かなすぎだろ……」
「だって右に左にベッドを動かしたら、白くて綺麗な床が傷つきますもん」
院瀬見がたくさん準備しているという言葉があったが、その意味はどれが正しいドライバーなのか分からないので適当に工具箱を買ってきたという意味だった。
「――っていうか、養護教員はどこにいるんだ? 何で頼まないんだよ」
普通に考えたらわざわざ俺に頼まずとも、ここで働く教員に頼めば済む話だ。
「養教はわたしたち選抜者の状態をサポートするお仕事も兼ねています。こんな雑用をする時間が無いので普段はここにいません。それに引き換え、そちらは男子生徒会という立派な役目があるじゃないですか。だから南にお願いしました」
男子全般をモブ扱いする院瀬見に目を付けられたのは俺のミスだな。
生徒会活動を単なる雑用係と勘違いしているのが何よりの――
「じゃあ俺じゃなくて、さっきまで女子棟にいた副会長でもよかった話だろ。他にも俺よりこういうのに向いてる奴はごろごろいるぞ」
「副会長さんが来ていたことはわたしは知りませんけど。それに……べ、別に男子だから誰でもいいわけじゃないですから」
「……それって」
「へ、変な意味じゃなくって――」
少し顔を赤くしてるが、恐らく肩車の件と足を勝手に触ったのと、勝手に美脚を見せてしまったのを思い出しているんだろうな。
「――言いたいことは分かるぞ。アレだろ? 俺以外の奴だとお前と対等に言葉を交わせる奴がいないからだろ? 有名人ならではの悩みって奴だな!」
「……ずっとスルーしてましたけど、わたしに対してお前って言うのやめてもらません? わたし、まだあなたの……じゃなくて、正直不快です!」
院瀬見以外で呼ぶとなると下の名前かあんたくらいしか無いから考えてなかったが、気づかずに幼馴染のアレと同じ感じで接していたか。
「それなら院瀬見オンリーだな」
「あと、『さん』付けも追加してください」
「俺のことは呼び捨てなのに?」
「それはあなたが最初にそう呼べと言ったからですけど?」
何でこんな作業中にくだらない論争をしないといけないんだ?
俺としてはさっさと済ませてここから立ち去りたいのに。しかし壁掛け時計を必死な姿で押さえている院瀬見は、何だか愉快な姿に映る。
バカにしてるわけじゃないが、美少女選抜優勝者がこんな所でこんなことをやってるなんて思わず……
「ぷっ……くく、笑いたくなりそうだ」
「は? 何がおかしいんですか? その対応はわたし、好きじゃないんですけど」
「思い出し笑いだ。おま……院瀬見さんが気にすることじゃない」
それにしても、老朽化するまで誰も壁掛け時計に対して何もしてこなかったのはおかしな話だ。
カウンセリングルームらしいが、時計が止まってることに気づかないものなのか?
「なぁ、誰も気づかない壁掛け時計を今さら動かそうとしても意味が……」
保健室を兼ねているせいか、この部屋は壁や天井に至るまで白で統一されている。その中に不思議と存在感を出しているのが、今まさに直しているアンティークを感じさせる壁掛け時計なわけだ。
今はみんな携帯があるしタブレット端末も使うから、壁掛け時計に気づくことも少ないはずなんだよな。
それとも院瀬見には何か思い入れでもあるのか?
「いいえ、あります。確かに今まではあまり必要とされなかったかもしれません。けれども、今後は少なからず男子もここを利用することになります。そんな時に白い天井だけの部屋を見るだけではつまらなくなるじゃないですか」
ああ、男子のことがあったな。今はまだ生徒会くらいしか行き来してないが、夏休み以降は当たり前のようにいるということになるわけだ。
ついでにいうと、院瀬見の特別感もサプライズ以降は薄まることに。
「……院瀬見の言いたいことは分かった。ほら、マイナスドライバーを寄こしてくれ」
「マ、マイナス?」
「何だ、知らないのか? 選抜優勝者は才色兼備――」
「――それは別です! そんなことより、素直に教えてくれないとわたしも動きようが無いんですけど?」
俺は脚立の上に立ちながら基本的に天井付近にある壁掛け時計にかかりっきりで、いちいち工具箱がある机のところまで降りない。院瀬見は手を伸ばして時計を下から支えようとしているが時計が下に落ちる危険性は無く、ずっと押さえつける必要は無かったりする。
「先端がマイナスの記号になってるやつな。見たらすぐ分かる」
「そういうのは先に言ってください! 南が知ってるだけでわたしは普段見たことが無いんですから!!」
いやに突っかかってくるが仕方ないか。
「とにかく今は院瀬見だけが頼りだから、持って来てくれ」
外の脚立と違い、今使っている脚立はこの部屋に長いこと置き去りにされていたらしく、不安定な状態だ。少しだけ足が浮くときがあってガタガタと揺れたりする。倒れることは無いにしても、あまり時間をかけていられないのも確かだ。
「……つまり、わたしがそれを持ってこないと南はそこから動けないって意味ですよね? ふーん……」
「変なこと考えるなよ?」
「別に何もしませんよ。マイナスドライバーを持ってきますからそのまま待っててください」
いくら何でもそこまで意地悪いことはしないよな?
工具箱の中を物色した院瀬見はすぐに見つけたようで、自分で発見したのが嬉しかったのか、笑顔で近づいてくる。
「あのっ、南の言うマイナスドライバーってこれですよね?」
「サンキュー。手を伸ばして受け取るから、少しだけ近づい――バッ、バカッ! 脚立に足を乗せたら駄目だ!!」
「えっ!?」
「無茶言うなよ。キツキツなんだぞ? 俺が力を入れないと院瀬見だって何も出来ないだろうが!」
「私のせいにするのって、南に自信が無いからですよね?」
「悪いがその手に乗るつもりはない。とにかく、お前はそのまま動かずに黙って上で大人しくしといてくれ」
カウンセリングルーム兼保健室に入った俺が院瀬見に最初にやらされたのは、老朽化した壁掛け時計のネジ回しだった。
院瀬見は壁掛け時計が落ちないように、備えつけの踏み台に乗って手を伸ばして押さえているだけに過ぎず、偉そうに見ているだけで文句しか言わない。
しかも壁掛け時計がある位置は保健室のベッドが置いてある真上にあって、背伸びをしても届かないところにある。幸いにも脚立が近くにあったおかげでベッドをまたぐ形で上がれそうだが。
「ベッドを動かしちゃ駄目とか、融通が利かなすぎだろ……」
「だって右に左にベッドを動かしたら、白くて綺麗な床が傷つきますもん」
院瀬見がたくさん準備しているという言葉があったが、その意味はどれが正しいドライバーなのか分からないので適当に工具箱を買ってきたという意味だった。
「――っていうか、養護教員はどこにいるんだ? 何で頼まないんだよ」
普通に考えたらわざわざ俺に頼まずとも、ここで働く教員に頼めば済む話だ。
「養教はわたしたち選抜者の状態をサポートするお仕事も兼ねています。こんな雑用をする時間が無いので普段はここにいません。それに引き換え、そちらは男子生徒会という立派な役目があるじゃないですか。だから南にお願いしました」
男子全般をモブ扱いする院瀬見に目を付けられたのは俺のミスだな。
生徒会活動を単なる雑用係と勘違いしているのが何よりの――
「じゃあ俺じゃなくて、さっきまで女子棟にいた副会長でもよかった話だろ。他にも俺よりこういうのに向いてる奴はごろごろいるぞ」
「副会長さんが来ていたことはわたしは知りませんけど。それに……べ、別に男子だから誰でもいいわけじゃないですから」
「……それって」
「へ、変な意味じゃなくって――」
少し顔を赤くしてるが、恐らく肩車の件と足を勝手に触ったのと、勝手に美脚を見せてしまったのを思い出しているんだろうな。
「――言いたいことは分かるぞ。アレだろ? 俺以外の奴だとお前と対等に言葉を交わせる奴がいないからだろ? 有名人ならではの悩みって奴だな!」
「……ずっとスルーしてましたけど、わたしに対してお前って言うのやめてもらません? わたし、まだあなたの……じゃなくて、正直不快です!」
院瀬見以外で呼ぶとなると下の名前かあんたくらいしか無いから考えてなかったが、気づかずに幼馴染のアレと同じ感じで接していたか。
「それなら院瀬見オンリーだな」
「あと、『さん』付けも追加してください」
「俺のことは呼び捨てなのに?」
「それはあなたが最初にそう呼べと言ったからですけど?」
何でこんな作業中にくだらない論争をしないといけないんだ?
俺としてはさっさと済ませてここから立ち去りたいのに。しかし壁掛け時計を必死な姿で押さえている院瀬見は、何だか愉快な姿に映る。
バカにしてるわけじゃないが、美少女選抜優勝者がこんな所でこんなことをやってるなんて思わず……
「ぷっ……くく、笑いたくなりそうだ」
「は? 何がおかしいんですか? その対応はわたし、好きじゃないんですけど」
「思い出し笑いだ。おま……院瀬見さんが気にすることじゃない」
それにしても、老朽化するまで誰も壁掛け時計に対して何もしてこなかったのはおかしな話だ。
カウンセリングルームらしいが、時計が止まってることに気づかないものなのか?
「なぁ、誰も気づかない壁掛け時計を今さら動かそうとしても意味が……」
保健室を兼ねているせいか、この部屋は壁や天井に至るまで白で統一されている。その中に不思議と存在感を出しているのが、今まさに直しているアンティークを感じさせる壁掛け時計なわけだ。
今はみんな携帯があるしタブレット端末も使うから、壁掛け時計に気づくことも少ないはずなんだよな。
それとも院瀬見には何か思い入れでもあるのか?
「いいえ、あります。確かに今まではあまり必要とされなかったかもしれません。けれども、今後は少なからず男子もここを利用することになります。そんな時に白い天井だけの部屋を見るだけではつまらなくなるじゃないですか」
ああ、男子のことがあったな。今はまだ生徒会くらいしか行き来してないが、夏休み以降は当たり前のようにいるということになるわけだ。
ついでにいうと、院瀬見の特別感もサプライズ以降は薄まることに。
「……院瀬見の言いたいことは分かった。ほら、マイナスドライバーを寄こしてくれ」
「マ、マイナス?」
「何だ、知らないのか? 選抜優勝者は才色兼備――」
「――それは別です! そんなことより、素直に教えてくれないとわたしも動きようが無いんですけど?」
俺は脚立の上に立ちながら基本的に天井付近にある壁掛け時計にかかりっきりで、いちいち工具箱がある机のところまで降りない。院瀬見は手を伸ばして時計を下から支えようとしているが時計が下に落ちる危険性は無く、ずっと押さえつける必要は無かったりする。
「先端がマイナスの記号になってるやつな。見たらすぐ分かる」
「そういうのは先に言ってください! 南が知ってるだけでわたしは普段見たことが無いんですから!!」
いやに突っかかってくるが仕方ないか。
「とにかく今は院瀬見だけが頼りだから、持って来てくれ」
外の脚立と違い、今使っている脚立はこの部屋に長いこと置き去りにされていたらしく、不安定な状態だ。少しだけ足が浮くときがあってガタガタと揺れたりする。倒れることは無いにしても、あまり時間をかけていられないのも確かだ。
「……つまり、わたしがそれを持ってこないと南はそこから動けないって意味ですよね? ふーん……」
「変なこと考えるなよ?」
「別に何もしませんよ。マイナスドライバーを持ってきますからそのまま待っててください」
いくら何でもそこまで意地悪いことはしないよな?
工具箱の中を物色した院瀬見はすぐに見つけたようで、自分で発見したのが嬉しかったのか、笑顔で近づいてくる。
「あのっ、南の言うマイナスドライバーってこれですよね?」
「サンキュー。手を伸ばして受け取るから、少しだけ近づい――バッ、バカッ! 脚立に足を乗せたら駄目だ!!」
「えっ!?」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる