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第二章 クラン

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 バルディン帝国の皇帝バルディン・モナルカ。
 かつての賢者リュクルゴス・アルムグレーンを俺の手で下させ、帝国の浄化を図った張本人だ。

 そんな幼帝が俺に何を頼むかと思えば――

「……俺に帝国の宮廷魔術師を?」

 皇帝自らが頼むくらいだから、俺にとって嫌なことだろうと予想していた。
 しかし、

「あなたも知っての通り、帝国の宮廷魔術師は特務を含めて魔術学院上がり」
「まぁ……」
「だからなんだけど、力を持つ者が命令を下さないと自ら動く者が少ない」

 任務に忠実な宮廷魔術師なら少なからずいるが……。
 自主的に動く者は確かに少ない。

「それは……」
「賢者はしばらく不在だし、取って代わる者もいない。ちょうどいいのが、賢者の弟であるルカス。あなたならまとめることが可能なわけ」

 ここの宮廷魔術師には賢者に追放された場面をばっちりと見られている。
 それだけにいくら時間が経ったといっても、俺に従う者はいないだろう。

「ふん、幼帝が今さら出て来て勝手な言い分だな? 困ったことが起きればすぐルカスを頼る……信用してたまるかよ! 帝国の皇帝だろうとなかろうと、あたしはごめんだな」
「ええと、ええと……わ、私はルカスさんがすることに従いますです」

 元々ミディヌは聖女に怪我を見捨てられて流れて来た。帝国との直接的関わりは無いが、聖女を動かしている皇帝相手にも言いたいことは山ほどあるはず。

 ウルシュラは俺についてくることを決めてるから、反対はしないだろうけど。
 ナビナはどうだろうか。

「……帝国の宮廷魔術師が出来ることは?」

 気にしていたら、ナビナは冷めた目で質問している。

「出来ることはルカスの支援くらいかな。あなたたちがいるから戦闘での支援じゃなく、向こうの大陸での支援になるけど」
「ルカスへの見返りは?」
「帝国が有している施設や装置を自由に使用させる! 港からの船も許可する」
「そうまでさせたい目的は何? ルカスに何をさせるつもり?」
「……目的は――」

 宮廷魔術師からの支援か。
 ログナド大陸にも少数ながら宮廷魔術師を派遣させている。
 聖女に付いている連中とは別に、まだ見ぬ各国に駐在しているはず。

 違う大陸にも帝国は専用の施設を置いている。そこが自由に使えるなら、協力者へのお礼をする時には便利ではあるが……。

 ナビナに答えるよりも先に、皇帝が俺の前に立つ。
 そして、

「ルカス・アルムグレーン! あなたには、好き勝手に動いている聖女を止め、帝国を正常に戻して欲しい」
「聖女を止める?」

 賢者はともかく、今まで帝国は聖女がすることは黙認していたはず。
 それが何故今になって?

「聖女エルセの任務は要人護衛。だけど聖女は任務を放棄して勝手なことを始めている。もっとも、あなたのその顔を見ると、すでに間接的に迷惑を受けたようだけど?」
「……皇帝の勅命で動いてるのとは違うとでも?」

 賢者にさせていた様に、てっきり似たことをさせていたとばかり。
 しかしソニド洞門での動きを見る限りでは、明らかに聖女としての動きじゃなかった。

「全然違う。エルセは帝国の意思とは全く異なることを始めようとしているし、動き始めている。さっきも言ったけど、帝国の勅命はあくまでも要人護衛。好き勝手なことをさせるわけじゃない」

 皇帝は帝国から出ることが無い。それだけに聖女がすることに対して止めようが無いわけか。
 そして今、自由に動けるのは冒険者となった俺だけ。
 皇帝にとっては都合がいい存在ということになる。

「……ルカス。どうするの? 皇帝に協力するの?」
「ナビナは――」
「違う。決めるのはルカス。クランも冒険者パーティーも、ルカスの意思。わたしも彼女たちもルカスが決めたことについて行くだけ」
「そ、そうか」

 ナビナはもちろん、ウルシュラも力強く頷いている。
 ミディヌは、

「ちっ、聖女を追うってことなら文句なんかあるわけ無い。でもルカス、あんたは聖女に直接何かされたわけじゃねえだろ? やりたくないなら皇帝なんかの言うことを聞く必要なんてないぜ?」
「それは……」

 ミディヌは聖女エルセと因縁がある。しかし俺やナビナ、クランメンバーには無い。
 皇帝の頼みとは別にしても、姉である聖女がログナド大陸にまで行って世界を狂わせようとしている。
 それは見過すわけにはいかない。

 もう一つ気になっているのは、ウルシュラが前にいたパーティーが聖女と関わっていることだ。
 ウルシュラを連れ戻しに、ロッホのレグリースを壊したのも腹が立っている。
 そう考えるとミディヌの因縁もあるし、ウルシュラを追い出したパーティーにも因縁があるな。

「バルディン皇帝。ログナド大陸に派遣している宮廷魔術師は?」
「特務隊が五人。各国に駐在している。彼らはルカス・アルムグレーンと同期だから、きっと通じるものがあるはず」
 
 俺と同期の宮廷魔術師……。
 任務から外されたわけじゃなく、他大陸に送られていたわけか。

「ウルシュラ」
「は、はい、何でしょう?」
「君の昔のパーティーが聖女と関わって、良からぬことをやろうとしている。聖女を探しに行くと昔のパーティーとも戦うことになるんだけど……」

 ウルシュラの目の前でそのパーティーを痛めつけることになる。
 その前にウルシュラの気持ちを聞いておかないと。

「……アルシノエ姉さまが言っていたとおり、私はもうあの人たちに使われたくないです。それに今はルカスさんの仲間です。ルカスさんが聖女を含めた彼らを征伐することに文句なんて無いです! ルカスさんにずっとついて行きますです!」
「ナビナも同じだから」
「ウルシュラの姉ちゃんがやる気を見せてるなら、あたしも従うさ」

 ここにいないクランメンバーも、ロッホの襲撃被害に遭ってるし反対はしないはず。
 バルディン帝国の皇帝に従うつもりは無いけど、目的が一致してるなら受けるしかない。
 
「うん、分かった」

 ラトアーニ大陸からログナド大陸に行けるようになったのに、結局聖女に邪魔されるなら意味が無い。
 お互いの利害が一致してるなら後は――

「ルカス・アルムグレーン。あなたの答えは?」

 聖女を追って粛清しつつ、帝国を正常にする……か。
 注文が多いな。でも、元からそのつもりだった。

「バルディン皇帝。俺たちはあなたの頼みに従うわけじゃない。でも、聖女が関わっている問題に巻き込まれている。遅かれ早かれ、ログナド大陸で鉢合わせることになるのは確実だ」

 純粋な冒険が出来ない現状を考えれば、先に片付けておくしかない。

「聖女を粛清していいというなら、俺はあなたの依頼を受ける!」

 ここで初めて皇帝に頭を下げた。
 俺に続いて、ナビナたちも頭を下げている。
 
 すると皇帝はそれまでとは雰囲気を変え、

「――帝国の皇帝として、それを望む。ログナド大陸にいる聖女エルセを追い、粛清を果たすがよい。なお、この依頼は冒険者ルカス・アルムグレーンに願うものである」

 バルディン皇帝からの依頼を正式に受けたことになるのか。

「御意……」

 皇帝に頼まれたなら報酬も含めてやるしかない。

「じゃあ、ルカス。後よろしくね!」

 いつもの軽口な皇帝に戻ったところで、俺たちもその場を後にする。
 そのまま中庭へと戻された。

「で、ルカス。アーテルの店に戻るのか?」
「う~ん……みんなにも言っておかないとだし」
「わたしはどっちでもいい」

 ミディヌもナビナも面倒くさそうだな。

「あ、あの、ルカスさん」
「うん?」
「ルカスさんは転移の力ですぐに移動出来ますよね?」
「まぁ、一度行った所はね」
「で、でしたら、ロッホに行ってもらえませんか?」

 ロッホ……教会の建物ごとセルド村に移動させているから、何も残っていないはず。
 しかしウルシュラは俺よりも先にロッホで活動していた。
 俺が知らない何かがあるのかもしれない。

「分かった。行こうか」
「ほ、本当ですか! お願いしますです」

 ナビナ、ミディヌも仕方ないといった顔をしながら頷いている。
 転移するのは一瞬で、俺たちはすぐにロッホに着いた。
 さすがに何度か転移しているせいか、おそらく教会があった場所に移動出来た。

 教会も何も無い場所は、見事にむき出しになっている地面だけ。
 何かを埋めていたのか、ウルシュラがごそごそと土から鉄製の箱を取り出した。
 そして、

「ルカスさん」
「うん?」
「これを受け取ってください!」
「――! これは……宮廷魔術師の装備品? え、何でここに?」

 宮廷魔術師の時に着ていた装備は、追放された時に全て取り上げられた。
 追放された時点でもう二度と着ることも無ければ、見ることも無いと思っていたのに。

「ルカスさんがかつて着ていた時のを思い出しながらなんですけど、宮廷魔術師用の装備を作りまして! 密かに地下の箱の中に隠してたんです。ぜひぜひこれを着て、動いてください!」

 まさかの自作とは。
 宮廷魔術師の装備まで作れるなんて、ウルシュラのスキルは目を見張るものがありすぎる。

「というか、今ここで着替えを?」
「はい。ここには私たちしかいませんので、遠慮なく!」
「……ええ?」

 普通に裸にならないと着替えられないのに……。

「今さら恥ずかしがるなよ、ルカス」
「ルカスの着替えは大丈夫。問題無いから」

 何が大丈夫なのやら。
 隠れる所も無いので無を装って着替えるしかない。

「わぁ~! よくお似合いですよ、ルカスさん!!」

 ローブを着た俺を見て、ウルシュラが嬉しそうに手を叩く。
 宮廷魔術師の装備そのものとは少し違うものの、フードがついた高級そうなローブだ。

「これは――?」
「ヒクソスローブと言いまして、金の糸とかを縫いまして~結構大変でした。でもとってもお似合いです!」
「あ、ありがとう」
「いえいえ。皇帝に認められたうえ、お願いされたルカスさんにはきっとこの装備が似合うと思いまして~。思った以上でした!」

 なるほど。
 教会があった場所には地下のようなものがあって、そこに隠していたわけか。

「宮廷魔術師は気に入らねえけど、ルカスなら許してやるさ! それを着てとっとと聖女をぶっ倒しに行こうぜ!」
「うん。それを着たルカスもいい。冴眼の力なら、きっとすぐに見つけられるから早く行こう」

 まさかまた宮廷魔術師の格好に戻るとは。
 原点にかえって、以前の俺じゃなく冴眼を得られた力で聖女探しの冒険……。
 やるしかないか。

「ルカスさん、ここからまた始めましょう! 私、一所懸命にルカスさんのお力になりますです!」

 握りこぶしを作ったウルシュラが、目を輝かせて俺を見つめている。
 ウルシュラ、そしてミディヌ、ナビナ。
 ロッホから始まった冒険を、今またここで始めよう。

「うん。よろしく頼むよ! ウルシュラ、ミディヌ、ナビナ! ロッホからまた出発しよう!」
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