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第一章 宮廷魔術師

第3話 エルフの少女

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 辺境の町ロッホ。
 帝都ゴルトから、徒歩で半日程度の距離にある小さな町だ。

 ほとんどが農地ばかりだが、山あいに広がる緑豊かなところにある。
 町には綺麗な石壁の家が多く建ち並ぶも、住んでいる人の数は少ない。

 そんな町の外れの方に、ひと際目立つ木造の教会があり存在感を放っている。

 すでに日が暮れている中、俺とウルシュラはロッホに到着した。
 町に入り冒険者ギルドを探そうとする俺に、

「ルカスさん、こっちです!」

 ――と、ウルシュラが手を上げて手招きを始めた。
 もしかして案内してくれるのだろうか?

 ここまでの道中、俺は冒険者ギルドに行くとウルシュラに話していた。 
 するとウルシュラも行く途中だったのだと聞かされ、一緒に行くことに。

 話によれば、ウルシュラは帝都近くで冒険者を探していたらしい。
 しかし一向に現れず、戻ろうとした時に転んでしまったのだとか。

 俺の前を歩くウルシュラが立ち止まり、俺に手を振っている。
 辺りが薄暗い中、着いたところは町外れの教会だった。

「ウルシュラさん。俺は冒険者ギルドを探してるんですが……ここはどう見ても教会なんじゃ?」
「ここです! ルカスさんがお探しの冒険者ギルドは、ここなんですよ~!」
「――え?」

 一瞬耳と目を疑ったが、目の前にあるのはどう見ても木造の教会。
 だがウルシュラは目を輝かせながら、俺を中に案内しようとしている。

「どうぞ、遠慮なくお入りください!」

 町外れにあるだけあって辺りが薄暗く、あかりもない。
 こういう時にこそ冴眼が役に立つ。
 そう思っていたのに、自ら光を放つ能力じゃなく暗いままだ。

 今から宿に向かうのも面倒なので、とりあえず中へ入ることに。

 教会の中に入ってすぐに、キャンドルに灯された炎が俺を出迎えてくれた。
 見回すと、無造作に片付けられた椅子が転がっている。
 奥に控えているのは作りかけのカウンターだ。
 
 カウンター近くの壁には、小さな仕切りがいくつか見える。
 他に人の姿は無くカウンターの奥には、ウルシュラの姿しか確認出来ない。 

「ここって? いや……カウンターがあるということは、ここが冒険者ギルドですか?」
「そうなんですよ~! ルカスさん、ようこそいらっしゃいました!!」

 ウルシュラは両手を広げながら、満面の笑みを浮かべている。
 この反応はまさか――

「ようこそ――ということはウルシュラさんが……ギルドマスター?」

 ウルシュラが帝都近くにいたのも妙だと思った。
 しかし、冒険者探しで来ていたとすれば納得がいく。

「驚きました? でも冒険者さんがいないので、ギルドと呼んでいいのかも微妙なんですけどね」
「ここには他に誰かいないんですか?」
「ええと……」

 ウルシュラがどこかを気にしながら、何かに視線を送っている。
 見ているところは――仕切りがある辺り。

 ここに入った時から気配を感じてはいるが、それが何かは不明だ。

「ウルシュラさん。仕切りの方に何があるんですか?」

 ウルシュラは祈るようにして、俺を見つめている。
 ここに何かが潜んでいてこのまま隠し通せないといった、緊張の表情だ。

「あの、ルカスさんは理由も無く手を出す人ではありませんよね?」
「もちろんですよ! ここは教会でもあるし、暴れるような場所じゃないですから」
「……それなら信じます。解呪の力を持つ魔術師さんだし、きっとあの子も警戒を解くはずです」

 やはり誰かを隠していたか。
 何度か頷いた後、ウルシュラは仕切りがあるところを目がけて声を張り上げる。 

「ナビナ! 出ておいで~!」

 ウルシュラの声かけの直後、物音とともに銀髪の少女が姿を見せた。
 小柄そうに見えるもやや長身で耳がとがっている。細身なうえ綺麗な顔立ちだ。
 姿は見せたものの、身を震わせて近付いて来ない。

「この人は大丈夫だから、近くにおいで!」

 どうやら俺を見てかなり警戒をしているようだ。
 それとも瞳の色で怖がっているのか?

「この人……ルカスさんも魔術を使えるから、きっと大丈夫!」

 ウルシュラの言葉を聞いて安心したのか、少女がゆっくり近付いて来る。
 エルフの子も魔術が使えるのだろうか。

「……魔術、使う人間?」
 
 まだ幼さを残す声の少女は、首をかしげながら俺の正面に立った。
 若干俺が少女を見下ろす形なので、その場にゆっくりしゃがんで少女と目線を合わせる。

「そうだよ」
「瞳の色綺麗。本当に人間?」

 どうやら瞳の色にも興味を示しているようだ。

「そこにいるウルシュラさんと同じ人間だよ。ルカスって言うんだ」
「……ルカス。ナビナはナビナ。ルカスと同じ魔術、使う」
「そっか、同じだね」
「ルカスならいてもいい。ルカスに聞きたい。ルカスと行きたい」

 ナビナは俺に手を差し出す。拒む理由も無いのですぐに手をつないだ。
 それを見たウルシュラは、穏やかそうな表情で寄ってくる。
    
「ルカスさん、ありがとうございます。その子はナビナ……ご存知かもしれませんが、エルフです」
「冒険者ギルドというか、ここには二人だけでいるんですよね?」
「はい。この子が認めてくれないと、他の人は立ち入ることも出来なくて……」

 冒険者ギルドを作ったはいいけど、冒険者が寄りつけない場所だったわけか。
 
「……ナビナをどこで?」

 ずっと俺の手を握って離さず、ナビナから心を読むかのような眼差しを感じる。

「たまたまなんですけど、サゾン高地で食材収穫してたらこの子が目の前に一人で立ってまして。見渡しても誰もいないし、助けを求めてるようにも見えてここに連れて来ちゃったんです」

 サゾン高地は帝国の南にある広大な土地だ。
 ゴブリンが徘徊する場所とあって、人は寄り付かない。

 もちろんエルフが迷い込むような所でも無いが。
 
「ウルシュラさんは平気だったんですか?」
「あ、収穫してた場所は道続きのところでしたので、魔物もいなかったです」

 そこにナビナが立っていた。
 エルフの少女が一人でとなると、色んなことを想像出来るけど……。

 今は細かいことを気にしない方がいいな。

「なるほど。ナビナのことは分かりました」
「ルカス、理解早い。ナビナは眠る……」

 そう言うとナビナは俺から手を離して、仕切りがある壁に寄りかかる。
 そのまま体を寝転がして眠ったようだ。

 エルフの少女ナビナか。
 教会の中に隠れていて人間を怖がっている……。何かありそうだな。

 それはそうと、

「ウルシュラさん。ここが冒険者ギルドで、あなたがマスターというのは本当なんですよね? それで俺がメンバーになってもいいんですか?」

 メンバーになったのはいいけど、人が集まりそうにないような。

「も、もちろんですよ! ナビナの為にもお願いします! ……ただ何と言いますか、ロッホは人が少ないし冒険者もいないしで、望みが無くてですね」
「それは確かにそうですが……」
「宮廷魔術師さんをスカウトしようと思って帝都に入ったんですけど、見事に追い出されちゃいまして……逃げるように外へ飛び出したら――」

 冒険者もいない帝都にそういう話を持って行ったのか。
 意外とおっちょこちょいな人だな。
 でもそれで宮廷から追放された俺に出会ったわけか。

「……それであんな近くで転んでいたんですか」
「恥ずかしながら~……」

 悪い人じゃ無さそうだ。
 ナビナがいるとなると、冒険者が増やせるかどうかは分からないけど。

「そういえばウルシュラさん。手鏡はありませんか?」
「ごめんなさい、無いんですよ。でも元々ここは聖堂でしたので、探せばありそうですよ」
「ちなみに俺の瞳の色ってどうなってます?」
「綺麗な宝石色の……あれっ?」
 
 何らかの変化に気付いたのか、ウルシュラが俺に近付く。
 間近で覗き込むがすぐに離れた。

「ルカスさんの瞳は、私の瞳の色と同じ色になってますね」
「えぇ?」

 呪いの宝石が冴眼となりおれの力となった。だがいつも発揮するわけじゃない。
 手に入れた以上、何とか使いこなせるようにならないと……。

「でもルカスさんのその力って素敵ですよ! だって、私は今とっても元気なんですから! それとナビナがルカスさんを信じてましたから! きっとその眼のおかげですよ! その力で冒険者を集めましょ~!」

 ウルシュラが元気になりナビナがすぐ俺に懐いた。
 呪われた宝石の力には、まだ俺の知らない能力が隠されているのかもしれない。
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