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第八話 豪商の友人

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「文姫? む、むぅ、確かに女人ではあるが、我が君のような雰囲気を感じるのも事実……むぅ」
「微かだがついて行きたい気持ちにはなるな」
「今世でもお支えせねばなるまい」

 ◇◇

 伯珪様の言葉通り、商人たちのお披露目会なる宴が開かれた。
 ここでの仕事はお酒を注ぐ役であり、共に混じって酒を交わすわけじゃなかった。

「文姫どの。こちらへ参られよ!」

 それでも私の他に女官が多くいることもあってか、早々にお呼びがかかる。

「はい、ただ今」

 本来下級女官は、将軍クラスに言葉をかけることは許されず、かけられることも無い。そんな中での声掛けで、私を存ぜぬ者たちからは一気に注目が浴びせられた。

「お待たせしました。伯珪様」
「あぁ、堅苦しいのは無しだ! 君に紹介すると言った手前、君を下に見るのは失礼にあたるからな。どうだい? 記憶の片隅にでも覚えがある者ではないか?」

 私の記憶……それはもちろん、蜀皇帝時のもの。
 かつての部下たちのことを言われても、彼らは私のことなど分かりもしないはず。

 関羽や張飛のように、生を転じて生きているとしても。

「……身なりからして、富を備えた者たちに見えます」

 三人の男たちは戦いを主とした者というよりは、商いを主とした装いを感じる。
 
「ふむ。遠からずな答えか。ともかく、あとは君たちに任せよう! 文姫どの。ではまたな」

 そう言うと伯珪様はすぐに中座してしまった。

 伯珪様の部下というわけでも無さそうだけれど、表面上だけでも信用している感じかな。
 富を備えた男たちが私の傍についてくれるというなら心強いけれど。

 伯珪様がいなくなると、彼らはすぐに私に膝をつき名乗り出した。

「我が君……いや、今は文姫という名を授かられたのですな。拙者は子仲。麋竺びじくでござる」
「俺は憲和。簡雍かんようでいい。いくらでもあんたの話し相手になるぜ!」
「公祐と申します。孫乾そんけんとお申し付けを」

 あぁ、そうか、三人とも商人というわけじゃないのね。
 二人は補佐的な役割を果たしている感じがする。

「私は文姫です。この場には見えないけれど、外には二体の獣がおります。どうぞよろしくお願いいたします」

 私の挨拶に三人の男たちは、一瞬だけ目を丸くして驚いていた。
 何かおかしなことでも言ったかな?

「そう畏まらずとも良いですよ。我らのことはあざなで呼んで下され」
「ええと、麋竺。あなたが商いを?」
「左様にござりまする。拙者には数万の下僕がおりまする。文姫どのの為に巨億の資産を使うことはこの上ない喜びでござる」
「数万……!? では、あなたが豪商の――」

 大したことではない……そんな感じで落ち着いて見えるわね。
 そうかと思えば、

「俺は金はねぇが、酒の相手ならいつでも歓迎だ! 酒じゃなくても話だけは出来るぜぇ」
あなた簡雍が私の話相手を?」
「ま、それくらいしか出来ねえからな。よろしく頼むぜ!」

 どこか無礼なところもあるけれど、気が楽になれるのは彼の才能かもしれない。

「あなたは何が出来るのですか?」
「は。私めの役目は、交渉事などにござりまする。文姫さまが直接行かずとも、私めに申しつけ頂ければすぐに出向きまする」
「頼もしいことです。頼りにしてますね、孫乾」
「ありがたき幸せ」

 伯珪様の居城下ではないどこかの地で商売を営むにしても、彼らの協力があれば何とかなりそう。
 三人の男たちはともかく、未だに見えないのは運命の出会いということになるのかな。

 戦いの場に出ることは無いとしても、いつどこで戦乱となるのか分からない。
 そうなると関羽と張飛がいくら強敵と戦えても限りがあるし……。

 やはりどこかにいるであろう御仁を見つけないと、きっと安心なんて出来ない。
 まずは自分が落ち着ける地を見つけて、それから素敵な人を見つけないとね。

 私が思いを馳せていると、紹介を済ませた三人の男たちは機嫌良く酒を進めている。
 彼らは彼らなりに緊張があったのかも。

 するとそこに――

「姉者ーーーー!!!」

 な、何!? この声、翼徳の……。
 外に待機させている二体の獣である彼らは、城の中に入って来ていない。

 それにもかかわらず、天井部分を突き破って降りて来たのは、慌てた様子を見せている翼徳だった。

「ど、どうしたの?」
「姉者! 今すぐ脱出だ!! ここはもうすぐ危ねぇんだよ!」
「で、でも、彼らが……」
「あぁん? 心配ねえ! 商人には別の抜け道がある。そこから上手く抜け出すだろうぜ! ほれ、背中に乗ってくれ!」

 さっきまで酒を酌み交わしていた彼らの姿はすでに無く、翼徳の姿があると同時に、周りは慌ただしさを見せている。

 戦が近いと思しき言葉の通り、北平で長く居続けることは難しかったのかも。
 ――伯珪様、どうかご無事で。
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