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第七話 真に惹かれるもの
しおりを挟む「――はぁぁっ!!」
バシュッ。とした音をさせ、狙った的に向かって矢が放たれた。白馬に跨った彼は、何事にも臆することが無いように思えた。
「さすがでござるな!」
「だな! さすがだぜ」
雲長、翼徳は、彼の威風堂々とした姿に感心して頷いている。
「盛んな気勢をさせておいでですね、伯珪様」
「うむ。文姫どのに言われると嬉しいものだな!」
「その白馬とは長い付き合いですか?」
「まぁな。こいつには助けられている。騎射をするにしても、こいつがいなければ上手いこと射えぬからな。文姫どのも射ってみるか?」
白馬に乗った伯珪様のお姿は、遠くからでも良く見える。だけど戦場では目立ってしまいそう。
「い、いえ、私は……きゃあっ!?」
「おおっと、失礼した。これならば、同じ目線で話が出来るだろう?」
「そ、そうですね」
いきなりのことで声を上げてしまった。まさか白馬に乗せられてしまうとは。
(関羽と張飛には、私が完全に女性になってしまったことを見せねばならぬからな)
◇
伯珪様からのお言葉で私の名は文姫となり、曹操下の時よりも処遇に恵まれた下級女官となった。ここでは筵を織ることは無く、やることは種々雑多な仕事ばかり。
それでもそれが主ではなく、伯珪様に呼ばれお供に出ることが多かったりする。彼は数人の部下をつけてはいるものの、戦いが起きない限りは自由に動いているといった感じに見えた。
彼が盛んにしているものは馬上で弓を射る騎射。
「うーん、惚れるねぇ……白馬に乗ったオレの姿! 惹かれるだろう? 文姫どの」
「え、ええ」
私を後ろに乗せつつも、自分の姿に酔いしれているなんて。こんな一面があったのね……。
「よっ! 白馬長官!」
「太守様、今日も凛々しきお姿!」
彼は白馬に乗った自分の姿に陶酔していることが多く、民の多くから『白馬長官』と呼ばれているのが何とも言えなかったりする。
美男子ではあるけれど、彼について行きたいとはまだ思えないかな。
雲長も翼徳も彼を認めているみたいだけど、何か足りない気がする。
「ふぅっ。今日の騎射はこんなものか。まぁ、これならいつでも戦場に行けるな」
「お疲れ様でした、伯珪様」
若く活発な彼のことだ、また戦う日々を過ごすことになるのかも。
「……ふむ。時に、文姫どの」
「はい、何でしょうか?」
「ここに留まり、下級女官として生きていくのも良いが、やはり自由に羽ばたいてもらいたいと思っている。何か望みの人生は無いのか? 真に惹かれるものを述べてくれないか?」
――望みの人生、真に惹かれるもの……。
女人の姿として転じ、かつての記憶は薄れている。それでも私は二体の宿星とともに、世界を楽しみたい。天下を取りたいと思いつつも、この姿である以上、何を望むべきなんだろう。
「姉者。しからば、商いはいかがだろうか?」
「商い……?」
獣の姿で言葉を話す光景も慣れたもの。雲長の提案に、私も伯珪様も耳を傾ける。
「うむ。拙者はかねてより、商人との付き合いがあり親交を深めていた時期があった。姉者は人を使うことに長けておる。姉者ならば、どこへ行こうとも上手くいくのではないか?」
商人……確かにそれがいいような気もする。下級女官としての雑役をこなすのも悪くないけれど、このままでいいわけがない。
「ほぅ? そいつはいいねぇ! 文姫どの。さっきも言ったが、オレはいずれ戦場に出ることになる。だが文姫どのは連れて行けない。となれば、別の道に進むのはいいんじゃないか?」
別の道になるとして、やはりもっと多くの人に会う必要がありそう。
その為には――
「おう、それなら心配いらねえよ。見ての通り、姉者は逞しく生きてるからよ! 公孫瓚にいつまでも世話してもらうわけには行かねえぜ!」
「翼徳の言うとおりでござる」
獣の姿のままで不自由なはずなのに、彼らは何とも頼もしく温かい気持ちにさせてくれる。
「あぁ~……翼徳の毛触りも素敵な感じ……」
「ぬ? 何だ、またかよ。姉者には敵わねえな、全く……」
彼らが獣として現れ、私のそばを離れなくなった時から、私はすっかり彼らの温もりにはまってしまった。彼らの反応は「しょうがねえな」といった感じで、とても心地がいい。
戦いに明け暮れていたあの頃は大違い過ぎるけれど、これもまた人生と言える。
「文姫どのには翌日にでも豪商の知り合いを紹介しよう。彼らとともに、落ち着く土地を探し回るもよし、ここで始めるもよし。好きに始めてもらって構わない」
「……え、で、では――」
「ああ。好きにしてもよい。強力な獣どのたちの他にも、付き従う男たちも紹介しよう。それでよいか?」
「伯珪様のお言葉に甘えさせて頂きます」
私が商人……ふふ、筵を売っていたし、案外似合う生き方なのかも。
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