5 / 8
第五話 恋のすゝめ
しおりを挟む「む? 拙者のことをそう呼ぶのは、兄者か軍師しかいなかったはず……で、では――!」
「ほらな? 兄者。ここにいる姉者は兄者としか考えられねえって!」
獅子に似た獣は張飛、そして黄金に輝くほどの神々しい鳥をさせているのは関羽。
「関羽、張飛……あなたたちには翼があって、自由に羽ばたける。あぁ、羨ましい……」
「だからこそのお迎えだぜ」
「ぬぅ。何か事情があるのでござるな……? 良かったら拙者に話してくれぬか? もし姉者が兄者だったのであれば、包み隠さず話してもらいたい」
(ふ、雲長の疑い深さは変わっておらぬな。翼徳は初めから余のことを分かっての言動だったようだが。しかし余の記憶といい、翼徳たちの記憶といい……何者かが仕組んだことであろうか)
「私の前世の記憶は、蜀皇帝である劉玄徳。しかし今は、下級女官"劉"に過ぎませぬ。それ故、たとえあなたたちがかつての義兄弟だとしても、容易く主従の契りを結ぶことは厳しく思うのです……」
名も無き女人として目覚めたのはいいとしても、力のない私が彼らを繋ぎとめておくなど贅沢すぎる。彼らに出会うことが分かっていたとしても、前世の記憶など無い方が良かったのかも……。
そうすれば彼らの想いも素直に受け止められた。
そんな気がする――
「はっははは! わっははは! ではその願い、叶えてしんぜよう。さすれば、誰も傷つかずおぬしの思うままの生き方が出来よう」
――むっ? 一体どこから聞こえて来る声なの?
「ぬぅぅ……何故兄者……いや、姉者の元に現れたのか!」
「兄者! どうするよ、おい!」
「我らの願いは既に遂げられておる。となれば、姉者のことも見守るしかあるまい。何を願い、何を遂げるおつもりなのか……」
老人の声が聞こえると同時に、獣姿の彼らはまるで動きを封じられたかのようになっている。もしかして、彼らを甦らせた神なる人物なのでは。
「皇帝劉玄徳は若き娘として目覚めた。じゃが、今のおぬしは前世の記憶が鮮明に残り過ぎておる。それがかえって重荷となっておるのであろう?」
「そ、そうとも言えまする。ですが……この姿で目覚めた以上、このまま生きるしかございません」
「かつては天子の宗親。曹操に劣らず万民は安じられたのじゃが、今のおぬしはそうではないようじゃな」
(ふ、朝廷に戻れずして万民は安ぜられずだったな。力のない姿でそれを目指しても仕方ないのだ)
「……それならば女人としての生き方を尊重し、より守護を受けられるようにしてやろう!」
まさかそんなことが出来るというの? しかし前世の記憶の一部だけでも残しておきたい。そうじゃないと、これから先に出会う者たちが嘆く可能性も……。
「カーッ!!!」
記憶の心配をしていたその時。
突然声を張り上げた老人に反応するように、周りの木々が激しく揺れ、急に空が暗くなった。
な、何が起ころうとしているの? まさか全て夢として終わらせるつもりが……?
「……よし、これで事は済んだ。これより先、おぬしは過去に縛られることなく自由に生きていけるじゃろう。勿論、守護獣とともにな」
自由に生きていける……。私自身それほど変わった感じはしないけれど。
「あ、あなた様の名は?」
「字は元放、名は左慈という。では達者でな。おぬしには強力な獣がそばについておる。曹操なる女に負けず生きるがよい」
「――ど、どうしてそれを!」
「はっはははは! 愉しむがよい」
何とも不思議な老人だった。曹操が女人となっていることもご存じだったようだし。それでも、何が劇的に変わったかは分からないままだけれど。
でも、目覚めた時よりもさらに心が軽いようなそんな感じがする。
「姉者! あの老人に何を願ったのであるか?」
「そうだぜ、あいつは心の中で願ったことを勝手に叶えちまう。オレたちもそうだったんだぜ……」
「人でなくともお仕え出来ればいいと願ったが、まさか獣だとは思っていなかったのだがな」
「そ、そりゃあ、まぁそうだけどよぉ」
彼らは獣の姿をしているけれど、尋常じゃない力が備わっているわね。ということは、さっきの老人に願って、獣として生きることを望んだ……そういうこと?
「私は名も無き下級女官、劉。ですがその名を捨てて、新たにあなたたちと共に生きたい。どうか、私の傍でお守り頂けませんか?」
あの老人に出会ってから遠き記憶が薄れた気がしてならない。それでも、目の前にいる獣の彼らに恐ろしさは感じられないし、傍にいて欲しいとさえ思っている。
「姉者? まさか兄者としての記憶が……」
「おいおい冗談だろ? せっかく再会出来たってのに! だからといって、主従の契りを反故にするつもりはねえけどよ」
「……ふむ。女人としての生き方を強く願ったということなのだな。であれば、我らがすることは決まっている。そうであろう? 翼徳」
「おうよ! 初めっから決めてたぜ! 変わりはねえよ」
私のことで何やら相談をしていたみたいね。癒しの聖獣が傍にいてくれたら、嫌なことも忘れてしまいそう。
相談事が終わったのか、二体の獣が私に向かって平伏している。この態度で判断すれば、名も無き私と主従の契りを交わしてくれるのかも。
「我らはこれより、まだ名も無き姉者を守護し、主従の契りを結ばせて頂く!」
獅子の獣がそう言うと、続けて鳥の獣が続いた。
「――我らは天に誓う! 我ら生まれた日は違えども、姉者が死する時には同じ日、同じ時を願わん!」
主従の契りと永遠の誓い……あぁ、これで私はようやく生きる道が見つかった。
そうなると後は、王宮から抜け出すだけ。
「あ、ああぁぁ!」
一滴の涙がこぼれてたまらない。どうしてこんなにも喜びに溢れているのだろう。
とにかく落ち着こう。落ち着いて、まずは――
「――あの、あなたたちのことを何とお呼びすれば?」
「何だ、そんなことか。オレのことは翼徳でいいぜ!」
「拙者のことも雲長で構わぬ。姉者の名は、これから考えねばならぬな」
「それなんだけどよ、まずは姉者がしたいことを聞いた方が良くないか?」
「うむ。女人としての生き方として考えられるとすれば、"恋"ではないか?」
恋……あぁ、そういえば王宮の単福様にお礼を申し上げなければ。彼に抱くこの想いは、まさしく恋に違いない。恋をする生き方をしていこう。
そうすれば――
「オレはよく分からねえが、恋ってのはいいもんなんだろうな?」
「翼徳もしてみるか? 恋を」
「よせやい。獣となったし、そんなのは要らねえな。それより姉者には頑張ってもらわねえとな」
ふふ、私を守護する獣たちが恋のことで相談している。何にしても、まずは王宮の外に行かないと。
「あ、あの、何を頑張れば良いのですか?」
「決まってらぁ! これから出会う男どもを手玉に取ってやろうぜ! それがいい!」
「えっ? て、手玉……ってそんな……」
下級女官でそんな贅沢は許されるのか分からない。だけど、それが許されるなら……。
「翼徳いい加減にしろ!」
「す、すまねえ」
「……だが、姉者には自由に羽ばたいて頂きたい。姉者さえ良ければ異論無く進めさせて頂く。よろしいか?」
「ええ。お願いします」
元放という老人の力で、前世の私は見事に薄れた。
それでも忘れたわけじゃなく、新たに与えられたというだけ。
新たな生き方を重ねて、自由に羽ばたける恋を目指して彼らと前へ進んで行こう。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!



できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです
新条 カイ
恋愛
ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。
それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?
将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!?
婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。
■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…)
■■

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。
あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!?
ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど
ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。
※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

はずれのわたしで、ごめんなさい。
ふまさ
恋愛
姉のベティは、学園でも有名になるほど綺麗で聡明な当たりのマイヤー伯爵令嬢。妹のアリシアは、ガリで陰気なはずれのマイヤー伯爵令嬢。そう学園のみなが陰であだ名していることは、アリシアも承知していた。傷付きはするが、もう慣れた。いちいち泣いてもいられない。
婚約者のマイクも、アリシアのことを幽霊のようだの暗いだのと陰口をたたいている。マイクは伯爵家の令息だが、家は没落の危機だと聞く。嫁の貰い手がないと家の名に傷がつくという理由で、アリシアの父親は持参金を多めに出すという条件でマイクとの婚約を成立させた。いわば政略結婚だ。
こんなわたしと結婚なんて、気の毒に。と、逆にマイクに同情するアリシア。
そんな諦めにも似たアリシアの日常を壊し、救ってくれたのは──。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる