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第三話 導きの美丈夫
しおりを挟む「筵がかなりの数となり、曹操様もお喜びになるでしょう。それでは、これが本日の給金と食事です」
私に筵を織れと言った男性がこの数日の間に急に優しくなった。確かに惚れ惚れする面構えをしている人ではあるけれど、私のことなど気に留める要素は無いはず。
立場的に聞いてはいけない気がするけれど、この方には聞いてもいいような……そんな柔らかさ。もしかして好意を持たれてるのかも?
思いきって聞いてみようかな。そうすれば何かのきっかけが起きるかもしれないし。
「あなた様は、どうして下級の私などに優しくして頂けるのですか?」
色白の男に覚えなどあっても、それが誰か分からない。一体誰なの?
「遠い記憶の中にあなたを懐かしく想う気持ち……それがあるのです。そうでなくともあなたはお美しい……。それに、あなたはここで無駄な時を大人しく過ごされる人ではない気がする」
(懐かしい感じについては余も感じていた。しかしそれが何なのか分からぬ)
「私が美しい? 曹操様の方がもっと――」
「……外見だけは確かにそう見えますが、あなたは外も内も惹かれるものがある。それが何かは存じられませんが。とにかく、あの方から離れられた方がいい」
(そんなことを面と向かって言われたら、頬が上気してしまうではないか。くう、女子として間もないというのに、この気持ちはどうすれば)
「しかし私は魏王宮から出られません。この状況をどうすればいいのか」
「……森にお行きなさい。そこに行けば、今の生活を抜け出せるやもしれませぬ。行くとしたら、警護が怠ける昼の草刈りの時を狙うのです。そうすれば……」
「どうして私にそれをお教えくださるのですか? あなた様の名は……?」
「単福……これからはそうお呼びください。もし警護の男にひどいことをされたら、この単福をお呼びくだされば対処いたします。ではお気を付けて……」
単福……聞き覚えがあるような気もするけれど、思い出すことなんて出来ない。それでも彼の言うように、草刈りの時間に動く方が良さそう。
曹操の沐浴は数日後に迫っている。彼女に近付けば近付いてしまう程、ここから抜け出すことは厳しくなってしまう。そうなる前に、私はここから抜け出さなければ。
それから数日して。
いつものように怠けることを名目に、警護兵が草刈りを命じて来た。この時こそが動く機会。草刈りを延々と続けながら、更に生い茂った森に進む好機。
自信を持って動けば何とかなる。そうして私は生きて来たはず。森に行けばきっと時が動くのだから。
(ふむぅ……森に進んだはよいが、あまり遠くに進めば戻れぬな。かといって戻った時の弁明を考えねばならぬ)
森に進めば開かれる。単福の言葉は嘘じゃないはずだけれど、どこをどう進めばいいの? 魏王宮から抜け出すにしてもやみくもに進んだところで……。ちょっと甘かったかも。
下級女官として雑役をこなすことは出来ても、草刈り鎌を手にしたところでやはり女人。力の無さを痛感する劉備は、途方も無い森の深さに天を仰ぐしかなかった。
そこに、
バサッ。とした音をさせて、人より大きい獣が空から降りて来た。
「――うっ!? な、何故空から?」
降りて来た獣はそのまま、ズゥンッ。とした音と土埃を上げて着地を果たした。身震いもしない劉備に近付きながら、鼻を利かせて探ろうとしている。
獣の姿は獅子のようでそうではない、そんな姿に見える。毛量が立派にあって神獣らしき雰囲気さえ感じるもの。
――と同時に、喰われても構わない勢いで獣の懐に飛び込みたい。それくらいの魅力が目の前にあるなんて、これは疲れた私を癒すために現れた獣なの? それとも?
迫る獣に対し、彼女は凛とした態度で声をかけた。
「そなたがこの森に棲むとされる獣? もしそうなら、私を連れ出して頂けませんか?」
「……」
「もしそなたのように天高く羽ばたけるのなら、共にその旅へ参りたいのです! どうか、私の声を聞き届けてくれませんか?」
(人の言葉が分からぬのか? しかし天より降り立つ獣は普通ではない。人の言葉などとうに理解しているはずだ)
「……スウゥ」
もしかして匂いを嗅いでる? 不味そうかそうじゃないかで決めるつもりなんじゃないよね。
「お前、名は?」
「えっ? あ……わ、私は劉と申します。あなた様は?」
「劉だぁ? この匂い、空気……兄者くせえんだよなぁ。あぁ、くそっ、兄者が一緒だったらすぐに分かったはずなのによぉ。おい、お前!」
「は、はい」
「お前、明日またここに来れるか?」
どういうことなの? 匂いを嗅いで喰うか喰わないか迷っているの? でも何だか分からないけど、どこか頼りがいがあって、そのくせぶっきらぼうなところがある気がする。
「来れます!」
「んっじゃあ、ここにもう一度来いや! 人、それも女で大した度胸があるってところが気になっちまったからな! そんじゃあな! 劉」
「あっ――」
獣には確かに会えた。だけど、出直しを求められてしかも仲間らしき獣を呼ぶ……それが明日。
明日こそ、良き道が開かれますように――
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