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第二話 宿命の邂逅
しおりを挟む(ふふ、筵を織ることから始めるのも私らしいものだな。流浪することの辛さを知る以上、下級女官で目覚めたことには天に感謝しなければならぬ)
言いつけ通り、劉備は蜘蛛の巣が張る小屋で筵を織っている。小屋の外には鶏と豚が自由に歩き、手入れのされない草が荒れていた。遠くに目をやると恐れられている森があり退屈しない環境に目を細めた。
ふぅっ。好きなだけ織れと言われても、一人だけでではどうにもならないものね。誰かが見回りに来るでも無く、誰に預けるでも無い……食事のことも何もかもが分からないけど今はいいと思うしかないわ。
誰かに命じられたものの、際限なく筵を織り続けることには笑みさえこぼれるものだった。
そうしてどれくらいの時間が流れたか分からない、そんな頃。
小屋の外から人の話し声が聞こえて来た。
下級女官である自分には関係無い……そう思いながら、劉備は出来上がった筵を棚に重ねていると――
「……文和。あの者は?」
背中越しの声のせいか、劉備からは話し声の主の姿が見えない。しかし話し方だけで察するに、位の高い人物であることはひしひしと感じていた。
「は。あの雑仕女は下級女官にございます。宴会に必要な筵を織っているのではないかと」
「筵織りの女官か。名は?」
「雑仕女に名など与えておりませぬ。あなた様が雑仕女など気になさる必要など……」
「ふむ……それは余が決めること。違うか? 賈詡」
「――い、いいえ」
(賈詡? 確か魏の参謀を務めた男ではなかったか。しかし聞こえて来るのは二人とも女の……まさか)
「筵の女。振り返り余に姿を現せ!」
参謀だった者が恐れる女……すなわち――
位の高い者に背を向けては失礼にあたる。その意味でも、劉備はすぐに姿勢を整えた。
そして、
「……私に何か申しつけがございますでしょうか?」
「ふっ。ふふふ、ははははっ! 竜の気配を感じていたが、やはりそなたとは邂逅する宿命か! そうであろう? 玄徳よ」
「――!?」
(絶世の美女……と言うべきだろうか。だが白地の生地の上から煌びやかな装飾を身に纏っているこの女。そこから感じられる気はあやつに似ている)
「それは誰のことなのでしょう? 私には名がございません。どこぞの者か知りませぬが……」
「ふふふふ。よい、別に殺すわけでは無い。君もそうなのだろう?」
私が生まれ変わりを果たしたということは、曹操も。……そして、他の者たちも変わってしまったことに疑問を持ってはいけないことだわ。
「曹操?」
「そのとおり! やはりそうなのだな! だが見ての通り、この身、姿は余のものではない。まさか現を抜かした女になるとはな!」
「その者の名は……?」
「鄒氏よ。まぁ、君には分からぬだろうけどな! だが余は曹操として生きておる。器など何でもよいのだ。君もそうだろう?」
(なるほど。記憶は引き継いでいるが、器はすでに存在しておらぬということか。好きに生きろ……そして楽しめ。それを曹操は先に読んでいたのだろうな)
しかし魏王宮での立場はすでに確たるものになっている。私とは筋道がてんで違うのね……。配下も付いているし、生まれから差がつくなんて。
「ええ、そうね。あなたは魏の女帝?」
「そんなのはつまらぬこと。こうした姿となった。この上は望まぬよ。しかし下級女官として目覚めた君からは、あの頃のような気配を感じる」
「この姿、地位が違う中でも私を恐れておいでですか?」
(あの頃の戯れを繰り返すつもりか)
「時機を待ったとて、君にはどうすることも出来ぬよ。……ふふふ、恐れなど無いわ! 何故なら、あなたは下級女官としてここで一生を終えるのだから。下級女官劉としてな!!」
恐れていなくてもこの仕打ち。筵織りで満足していてはここから出られないわ……。しかしこの姿ではどうすることも出来ないじゃない。
「曹操様。私は無欲にございます。体を動かし、食事を美味しく頂く……それだけでいいのです。まして下級女官として生を受けた私からこれ以上、何を求めておいでですか」
(あぁ、義兄弟たちよ。ここにいては私はお前たちに会うことも出来ない。しかしすでに立場に差があり過ぎて何も出来ぬ)
「殺さぬけれど、飼い殺し……翼を得られぬ竜のようにね。ふふふふ! 劉には後で余の沐浴を世話してもらう! 君の役目は所詮その程度ということ! ではな!」
「……はい」
宿命は避けられない。小屋から去った曹操の背を見て、劉備は重ねた筵を手に悔しがるしか無かった。
「身を屈して分を守り天の時を待つ。蛟龍の淵にひそむは昇らんがため……ふふ、今となってはこの言葉も使えぬな。死して転じた先が雑仕女では、何も変えようが無いではないか」
あぁ、ここから抜け出せれば……そうすれば違う生き方が出来るのに、どうして下級女官なの……。
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