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第1話 異世界に流されちゃいました

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「いえいえ~、いつでもどこでもピッカピカに磨き上げてみせます!」

 奈々はお得意先に指名されることが多く、定期的に訪れているお屋敷があった。お掃除代行人の遠藤奈々は早くて安くて優秀で模範的なお掃除マスターとして好評だからだ。

 奈々は家を綺麗に磨き上げるプロとして名高く、主に浴室の掃除を任されることが多かった。

「あなたが優秀で助かるわ~。でもクリスマスだというのにこんな山奥に来てもらってごめんなさいね? しかも遠藤さんのお誕生日の日でもあるのに」

 奈々を気に入って指名しているのは、ポツンと山奥に佇む歴史のありそうな古びた屋敷で、近くには滝や川がある自然豊かな場所だ。

 外観とは別に屋敷の中は明るく、部屋から浴室に至るまで最新の物で溢れていることもあって、奈々にとってはやりやすい環境でもあった。

「いえいえ、いつものことですから! 何であれお祝い出来る日にこうしてお仕事をさせて頂けるので嬉しいですよ」
「そう? 何だか申し訳ないわね。仕事を終えたらご馳走を召し上がって頂かないと」

 世間ではクリスマスのせいか、家中あちこちに色とりどりの飾り付けがちりばめられている。

「いえいえ、そのお言葉だけで! 終わりましたらお呼びしますので、ごゆっくりどうぞ~」

 奈々は幼い頃から何でも一人でそつなくこなし、誰の助けも借りずにきた努力タイプ。それが一番気楽だから――そう思いながら、奈々は三十歳を迎えた。

 今日も綺麗に仕上がったかなと思いながら、奈々はいつものように浴室を隈なく磨き上げ、お湯をかけ流して作業を難なく終わらせる。

 あとはシャワーボトルなどの入れ替えチェックを済ませるだけ。

 そう思ったところに、

「くらえ~!!」

 ……などと、思わぬ乱入者が現れる。

「わぷっ!? え、それなぁに?」
「お星さま! キラキラ光ってるの~! 綺麗だからあげるね~バイバイ!」

 お得意さんのお子様からまさかの星型ラメ攻撃。

「はぁ……やり直しかなぁ」

 いつも起こることではないとはいえ、一度くっつくとなかなか取れないラメを全身に浴びてしまうという予想外な事態だけあって、奈々は思わずため息をついた。

 とはいえ、このまま水に流すと詰まってしまう恐れがあるしクレームの元となる。そう思った奈々は浴室にお湯を溜め直し、網ですくってまとめて片付けることに。

「あれっ? 何で栓が抜けているの? ちゃんと栓をしたはずなのに。しかも名刺もいつの間に落ちちゃったの? しかも文字が消えかかってるし~」

 お湯が溜まり始めてかき集めようとしたその時、奈々は異変に気づき慌てて湯船の中に足を入れる。

 星のラメはもちろん、自分の名刺ごと流してしまうのはまずい――そう思って排水溝のフタを閉じようと思った直後だった。

 突然のように湯船のお湯が何重といった渦を巻き始め、奈々の全身もろとも水流と共に激しく回転し始めたのだ。

「ええぇぇぇぇぇ!? す、吸い込まれる~!! ひぃぇえええええっ!!」 

 ゴゴゴ……という音と共に、奈々は星のラメごとどこかに流されてしまった。

 しばらくして、何も見えない暗闇の中、奈々は自分の体が浮いているような感覚を覚えていた。
  
 勢いのある温かいお湯が頭上から激しく降り注ぎ、自分だけではバランスを保てないのに、まるで産湯にでも浸けられているような感じで。

「おぉ! 星の輝きが子を包んでおる!! しかも魔法文字まで浮かんでおるではないか! まさしくこの赤子こそが!」

 誰かに抱えられて勝手に体を動かせそうにない――そう思っていると、耳元に聞こえてきたのは子供の頃によく聞いた祖父に似た優しい声だった。

「よしよし……きっとおぬしはいい子になるじゃろう。じゃから、焦らずともよいからな」

 どうにかして目を開け口を開きたい、奈々はそう思いながら目を開ける。

 するとそこには立派な白髭をした白髪の老人と大勢の人間たちの姿が間近にあり、自分の姿はとても愛らしい赤子になっていた。

 えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!? 
 
 嘘でしょ……? もしかしなくてもわたし、赤ちゃんになっちゃってる!? 
 
 しかも産湯で流されているかと思ったら滝って、浴室から流されたはずなのにどうしてこんなところに来ちゃっているの?

 言葉にならない驚きを出す奈々とは別に、彼女を抱える白髪の老人は声高々に言葉を続ける。

「みなの者! 今日、このランバートの地に星の輝きを示した子が誕生した! 子の名は魔法文字に従い、エドナと決める。この子と共に成長を見守ろうではないか!!」

 エ、エドナ? 

 わたしの名前は遠藤奈々なのに~!

 浴室清掃をしてたら何故か排水溝に流され、気づいたら赤子になっていたうえ、奈々は流される以前のことを鮮明に憶えていた。

「では司祭様、この子の成長の見守りは我らが?」
「うむ。そうじゃな。皆と共に育て、それから先の運命はこの子が自ら考えた生き方に委ねることになるであろう。その時の為の儀式を整えなければならぬゆえ、準備はおいおい任せるとする」

 訳も分からず異世界に流されてきた奈々とは別に、ランバートの人々は期待を込めながらエドナを見守ることを決めたのだった。
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