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第二十五章:約束された世界

後日譚8 約束の邂逅

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 ミルシェに説教された後、おれは仕立て屋から戻って来たルティを連れて魔物が棲む森にやって来た。
 ルティは首を傾げていたが、ミルシェの言うとおりにすればルティらしさを取り戻せるはずだ。

 アグエスタを出ると、相変わらず近くの街道ですら魔物がのさばっている。
 貴族の国のトップはそう簡単に変わらないらしい。

 とはいえ、街道にいる魔物は低級ばかり。
 以前と違い冒険者も訪れるということを聞いたので、街道に入る魔物は放置することにした。
 
 ルティとともにその辺の森に入ると、すぐに魔物が現れる。
 迷いそうなくらい広大な森が広がっているが、迷ったら飛行魔法を使えば何とかなるはずだ。 

「ガルルウウゥ……!」

 さっそく現れたな。
 複数匹の狼がおれたちの侵入を拒むように目の前に現れた。
 
「あのっ、本当にいいんですか?」
「ん?」
「数が多いといっても、あの……多分吹き飛ばしてしまうんじゃないかなぁと」
「出迎えの狼なら手頃だし問題無いと思うぞ」

 狼族を手頃な魔獣といっていいか分からないが、ルティの拳なら問題無いだろう。
 記憶を取り戻したルティにとっては初の戦闘だ。

 おそらく自分がどれだけの破壊力があるのかもよく分かっていないだろうが、勘を取り戻す為のものであるしそういう意味では手頃と言える。

「わ、分かりましたです。ところで、お姉さまはどこへ行ったんですか?」
「お姉さま……?」
「街でアックさんとお話してたじゃないですか」

 記憶を失う前のこと。
 ルティとミルシェはお互いに姉妹として認め合い、自由に呼び合うことにしたらしい。

 ミルシェは呼び方を変えていないが、ルティは『お姉さま』と呼ぶという思いだけが強く残った。
 今までは慕う感じで呼んでいたのに、まるで本当の姉妹のように呼んでいる。

 それに慣れないせいか、何となく戸惑ってしまう。

「あ、あぁ、ミルシェなら海を見に行きたいらしいから行かせたけど」
「そうなんですね……」

 おれの言葉にルティは頭を下げてため息をついた。

 むう……ミルシェを見ただけでここまで落胆するのか。
 いずれ再会させるつもりだったとはいえ、おれへの想いとはまた別みたいだな。
 
「ルティ! 来るぞ!!」
 
 襲って来そうで来なかった狼が、目を逸らしたルティめがけて一斉に襲い掛かる。
 鋭い爪とむき出しの牙を見せながら、覆い被さってきた。

 おれには一切近づいても来ないようで様子を見るだけだが……。

「えいやぁぁぁぃっ!!」

 心配するまでもなく、威勢のいいルティの声と突き出す拳が見える。
 その直後、複数の狼が吹き飛ぶ――ではなく、どういうわけか空中で凍っていた。

「え? ルティ? 何をやったんだ?」

 今までのパターンなら、拳の破壊力で問答無用で吹き飛ばしていたはず。
 しかし吹き飛ぶことなく氷漬けとなってその場にとどまっている。

「見てのとおりですっ! 凍らせました!」
「いやっ、お前って魔法は使えないよな?」
「はい、使えないです。特製ドリンクを飲みまして、事前に使えるようにしたんですよ~! 魔剣じゃなくて、魔法の拳って感じですっ!」
「特製ドリンク……いつの間に」

 初期のおれが急激に力を強くしたのは、ルティが強引に飲ませてくれた特製ドリンクのおかげだった。
 強化しまくった後は特に飲むことも無くなっていた。

 それがまさか付与的な効果を出すまでになっていたとは。

「アック様のも良かったらお作りしましょうか?」

 気を良くしたのか、ルティが笑顔を見せた。
 いや、それよりも――。

「――今なんて?」
「ほぇ? ですから、アック様の分まで特製ドリンクをですね~」
「そうじゃなくて、おれのことをアック様って……」

 まさかと思うが戦わせたことで"自分"を取り戻した感じか?
 闇によって消された記憶の大部分は確かに取り戻した。

 しかしおれへの態度はどこか遠慮しがちだった。
 それがまさか戦闘で?

「何を言ってるんですか~? わたし、いつもアックさんのことをアック様と……あれれ?」
「……ルティシア。おれに攻撃してきてくれないか?」
「ほえぇ!? え、ええぇ? いいんですか? わたしの攻撃を喰らっちゃったら大変なことになりますよ~?」
「……」

 やはり戦闘的な記憶、それもおれの状態に対する記憶が曖昧だ。
 呼び方は戻りつつあるが、ガチャで呼び戻した直後のような態度からは薄れている感じか。

 ルティの約束をはっきり答えなかったのも関係していそうだが……。

 みんなから姿を消して各地を旅している間、一切戦わせなかったのも原因かもしれないな。
 ルティらしさを出すにはやはり拳を使わせるしかない。

「凍らせちゃったらごめんなさいです! ではでは、いきますよぉぉ!!」
「……問題無いぞ。遠慮なく思いきり攻撃して来い!」
「はいっっ!」
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