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第二十五章:約束された世界

565.記憶をたどって

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「ウニャ? ドワーフが目覚めたのだ?」
「シーニャ、待つなの! 様子がおかしいなの」

 ルティの目覚めにシーニャたちが近づく。
 しかし、

「な、何ですか!? どうして獣人がいるんですか! そ、それに、剣からも声が……」

 冗談かと思いたいがそうじゃなさそうだ。
 影が全て消すなどと言っていたが、まさかルティの記憶も消すだなんて。

「何を言ってるのだ? フィーサはフィーサなのだ。シーニャのことも名前で呼んでいたのに何なのだ?」
「――ひっ」

 シーニャを見て怖がるのはさすがにまずいな。とりあえず今はルティからシーニャを遠ざけるしかないか。

「アック。ドワーフのあの態度は何なのだ? シーニャ、シーニャなりに心配していたのだ。あんなのを言うのはおかしいのだ!」
「……フィーサ。シーニャに説明してやってくれ」
「そうするなの……」

 さすがにフィーサには何が起きたか察しているようだ。
 ミルシェも何と言っていいのか分からないまま、ルティを落ち着かせている。

 丁度良くネーヴェル村の近くにいるとはいえ、村に行ってどうにかなるとも限らない。
 そうなると、今は人間が多くいるイデアベルクに戻る方がいいか。

 あそこにはルティと行動をともにしていたウルティモがいる。
 彼なら何か分かるかもしれないし、何かたどってくれるかも。

「シーニャとフィーサ。イデアベルクに帰るよ。そのまま大人しく待っててくれるかい?」
「ウニャ……」
「あの二人には言わなくていいなの?」
「戸惑っている最中の方がいい。この場所もよくないしな」
「分かったなの」

 影を消したとはいえ、この付近はあまり良くない気配がある。
 そう思い、おれは彼女たちを含めて"テレポート"を発動した。

 イデアベルクに戻る――今はそれが一番いい。

「――着いたな」

 さすがに以前のように別々の場所に帰還しなかったようで、飛んできた所は居住区だった。近くにはちらほらとエルフたちや住人が歩いているが、まだおれたちが帰って来たことには気づいてもいないようだ。

 肝心のルティとミルシェは、うつむいているせいか周りを気にするそぶりを見せていない。

「アック。シーニャ、どうすればいいのだ?」
「あ、あぁ。そうだな……ウルティモを探して連れて来てくれ」
「分かったのだ。すぐに引っ張ってくるのだ」

 フィーサの説得に理解したのか、シーニャはすぐに行動を起こした。

「イスティさま。わらわは小娘の精霊竜を連れて来るなの。何かのきっかけがつかめるかもしれないし、そうするしか……」
「うん、頼むよ」

 フィーサも戸惑いながらすぐに動いてくれる。
 後はルティに声をかけるだけだ。

 ルティはミルシェの話に耳を傾けてはいるが、何度も首を左右に振って理解が追い付かない様子を見せている。その様子にミルシェは相当落ち込んでいるようだ。

 ――しばらくして、シーニャに引っ張られたウルティモがやって来た。
 彼は事の重大さをすぐに理解し、頭を悩ませた。

「む、むぅ。ルティシアさんに過去世界の影が……。それも残滓までついていたとすれば、おそらくルティシアさんは影にのみ込まれた後に全てを奪われ、今までの記憶も消失されたと見るべきだろう。魂だけが残っていたのは幸いというべきかもしれぬが」

 過去に連れて行った責任を感じているのか、ウルティモの表情も暗い。
 
「全てをというけど、どうして魂は無事だったんだ?」
「それはわれにも分からぬ。いや、もしかすれば……」
「何か覚えが?」
「う、うむ。実はルティシアさんには、過去世界のドワーフの町に行ってもらったうえでレアな魔石を持って来てもらったのだが……」

 レア魔石を持ち帰って来たのか。そうだとすると大事そうにしていた石がルティを護り、割れてしまって欠片となった――ということしか考えられないな。

「レア魔石の効果が命を護ったってことか」
「いや、魔石は彼女の力となる物。決して命……魂を護る代物では無かった。しかしルティシアさんが後から何かを施したとすれば、それはわれの知る所ではない」

 そういえばミルシェとルティで強化訓練をしていたが、その時に何か得られたと思うべきか。
 
「アックさま。ルティちゃんは?」
「アヴィオル! 君もその姿でルティのそばにいてくれ」
「う、うん。そうする」

 精霊竜アヴィオルが人化した状態でフィーサに連れて来られた。人化した時の姿は、ミルシェに近いお姉さん風。アヴィオルにもそばについててもらう方がルティにはいいはずだ。

 おれはまだルティに近づいて話しかける気になれない。
 
「アック。アックはどうするのだ?」
「イスティさま……小娘――ルティシアの記憶をよみがえらせる方法は、わらわには分からないなの。火の神アグニさまなら何か聞けるかもしれないけど、何とも言えないなの」
「う、ん……アグニにはもう一度召喚すると言っておいたから今すぐ呼ぶことも出来るが……ここで呼んでもな……」
「むむぅぅ」

 イデアベルクに帰って来たのに、一様に浮かばない顔をさせてしまうのは想定していなかった。
 そうかといってシーニャたちを自由にさせるわけにも。

 どうすればいいのか、そう思っているとルティがおれに声をかける。

「あの、アックさん」
「は、はい」

 何とも言えない妙な緊張感だ。
 初めて会った時はおれに呼ばれて嬉しそうにしていたし、その時とはまるで状況が違う。完全に知らない人と話すくらい気まずい気分だ。

「わたしを落ち着かせる為に、あなたの国のイデアベルクに連れて来て頂いたことには感謝しています。でも、出来るならわたしを故郷に帰して頂けませんか? 故郷であれば母も父もいると思いますので、きっとゆっくり休めると思うんです。お願いします。どうか、ロキュンテに帰してください!」

 そう言うとルティはおれに対し、両手を組んで祈るように見つめている。

「……それは」

 故郷と両親のことはさすがに覚えているわけか。
 
 しかしこのお願いの仕方といい、態度は辛いものがある。ミルシェの様子を見てもその悲痛さが目に見えて分かりすぎてしまう。

 だがイデアベルクにいても解決出来ない以上、ルティが持っていた石の欠片のことが分かるかもしれないし、ロキュンテに行くしかないか。

「わ、分かりました。ルティシアさんの故郷に行きます」
「ありがとうございます! アックさん」
「……いえ」
 
 ウルティモにはおれたちが帰還して来たことだけを国の住人に伝えてもらい、いずれ行う祝いのことを知らせてもらうに留めた。

 ロキュンテに行けば何か変わる、もしくは何か分かる――そう期待して、ロキュンテに飛んだ。
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