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第二十五章:約束された世界

561.冥界の神、顕現する

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「調子に乗るなっっ!! ゴミめが!」

 ルティを抱えシーニャがこの場を離れようとした、その時。
 バヴァルの怒声とともに、地を這う影がシーニャを襲った。

 影が表層に出ると、防御魔法を展開していたミルシェをすり抜ける。
 すぐさま形をあらわし、無数の矢となってシーニャの動きを止めてしまった。

「ギニャ!? ウギギ、動けないのだ……何が起きたのだ!?」
「うぅっ、何てこと。よりにもよって相性の悪い吸血タイプの魔物がいるだなんて!」

 黒霧がまとわりつくように、影による無数の矢がシーニャとルティに突き刺さっている。
 ミルシェは異形の魔物に接近され、触手の鎌に警戒して動きを止めた。

「ちっ、シーニャに何をした?」
「ヒヒヒ……ドワーフの娘をそうたやすく逃すとでも思ったか? その獣人に動かれても面倒なのでな、もろとも"カース・アロー呪縛の矢"を与えたまでさ!」
「……呪縛? それを今になって出すということは、ルティシアを一定の距離以上離すと支配が効かなくなるってことだからだろ?」
「それを知っていい気になったつもりか、ガキめが!!」

 ――やはり当たりか。
 属性魔法をかき消すために調子よく影を出していたが、バヴァルの影そのものが薄まっていた。

 そう考えると、バヴァルは完全に闇の存在じゃないということになる。
 
「あんたはまだ、冥界のヴァルハラ神でもない存在なんだろ? 影の存在を自称する割におれの魔力量と違って限界があるようだからな! 違うか?」
「――ガキィィィ!!」

 明らかに動揺してるな。
 だが呪縛の矢でシーニャは動けずにいるし、ミルシェもその場を動けずにいるのは変わらない。
 そうなるとさらに焦りを引き出して、とっとと真の敵を出してもらった方が良さそうだ。

「ヒ、ヒヒヒ……アック。お前のように私も召喚をしたのさ! お前の言う冥界の神そのものをなぁ!」
「――!」

 バヴァルは自らを黒霧で覆い、影をまとい始める。
 おそらくそれが奴にとっての召喚の儀式だと思われるが。

「完全に儀を終わらせてはいないが、お前ごときガキの始末など仮の冥界神でも十分滅せるぞ! お前も召喚で私をどうにかしてみろ! エドラに効いた召喚程度しか出せないだろうがなぁ!!」

 エドラやテミドを最初に滅した時の召喚はファフニールとジルニトラ、それとバクナウだった。
 あの時よりも強力な召喚が出来るはずだが、どうせだから冥界の神と対面しておく。

 多分バヴァルは、ルティを冥界の神に近づく捧げと考えて支配をしていた。
 にえにしたことでバヴァル自身、完全な闇の王になるつもりだったのだろう。
 
 だがそういう真似をさせない為にも、ごと消せばいいだけのことだ。

「……フゥゥゥ。漆黒に逆らい、抗いを続ける愚者は貴様か?」

 ――出たな。神族国にいる神とはまるで別物のようだが……。

「そういうお前が冥界の神か?」

 おれ自身獣化でフェンリルになったことがあったが、こいつはおそらく――。
 召喚したはずのバヴァルを喰らい、現れたのはデーモンキングに似た全身黒衣の男だ。
 フィーサを上回る複数の大剣を地面に突き刺し、威圧的な出現を果たしている。

「我が名を聞き畏れよ、崇めよ、人ごとき存在が贄を拒むなどあるはずもない……顕現せしは冥界のオーディンなり」
「オーディンか。聞いたことはあったが、なるほどな」

 冒険者に聞いたことがある姿と存在とは別物っぽいが、根源はこいつで間違いない。おれがレザンスで触れた魔導書の表紙に、こんな外見の英雄が描かれていたのを思い出す。

 その時からバヴァルはおれに対し、嫉心を抱いて執念を働かせたと見るべきか。

「……自惚れの人間に問う。我に喰われるか、従属となるか、影と生きるか――選べ」

 などと何か言っていたが、先にシーニャとルティにかけられた呪縛を斬るために瞬時に移動した。
 すぐにおれを消すといった奴ではなく、おれの動きを追っても来ない。

「くおぉぉぉ――!!」

 魔剣を使い、彼女たちにまとわりつく黒霧を助走をつけて飛び上がりざま、上からぶった斬る。
 するとバヴァルの存在が消えたことが関係しているのか、黒霧はあっさり消失を見せた。

 解放されたシーニャとルティはその場に倒れ込みそうになるが、

「心配は無用ですわ。この子はあたしが」
「ミルシェ。頼む」

 どうやら異形の魔物もアレに喰われたようだ。

「ウ、ウニャ? アック? アックなのだ?」
「ああ、おれだぞ。シーニャもミルシェと一緒にここから退いてくれ」
「シーニャ、アックを応援。アックの強さ、信じる。アック、思いきりやっていいのだ!」
「もちろんだ。全て終わったらなでなでするからな」
「……アックはシーニャの主。ドワーフを先に何とかしてからでいいのだ。変な奴を先に倒して来いなのだ!」

 バヴァルより格上の、それも冥界の神なる奴が出たがまぁ、問題無いな。
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