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第十六章:エンシェント・エリア

280.彼女たちの献身 ルティ編

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 ルティに熱反射を付与したまでは良かったが、彼女の攻撃が届くことは無かった。
 やはり直接的な物理攻撃によるダメージは、受けることが無くなったらしい。

 それ自体は悪くないとして、問題は耐性が減ったことによる影響だ。
 おれには火と風、闇と光といった神からの"印章"が与えられている。

 しかし最近になって、おれはルティに火の神アグニの加護を与えた。
 そのうえ火の精霊竜も使役したことで、おれへの加護が失われた。

 攻撃に関しては今までどおり使えるが、耐性がやや弱くなったことに気付いてしまった。
 灼熱魔法を発動させて、のぼせて倒れてしまったことがいい証拠だ。

 もっともおれ自身は、元々水属性に特化している。
 火の加護があったところで水と相反することになることを考えれば、丁度良かったかもしれない。

 そして今の状況だ。
 ルティの魔石を覚醒させ、熱から冷ましたところまでは覚えている。

 魔石自体に自我があったのかは不明だが、ルティの精神を乗っ取っていたのは確かだ。
 だが倒れたおれの顔に、ひんやりとした硬い石のようなモノが乗っかっている。

 この時点で、魔石も冷え切った状態に戻ったと考えるべきだろう。

「うううーん……」

 それにしても冷えた魔石とはいえ、こんなにも硬かっただろうか。
 
 目の辺りに魔石のようなもの、口と鼻の辺りには何やら面積の広い重量感のあるものが乗っかっている気がしてならない。

「うんっしょ、よっしょ……」

「んぬぬむむむ……んぐがー!!」

「あぁっ! いけない、少しずらさないと!!」

 聞こえて来るのはルティの声だ。
 彼女と初めて出会った時にも、似たような場面があった。

 そうなると、おれの顔に乗せられているのは樽か桶か。
 さすがに顔にそんなもんが乗っていたら、起きることが難しい。

 それを動かしてくれることを期待して、待つこと数十秒ほどが経った。
 
「とととっ、とと~……あ、危ない危ない……って、わわわわ!?」

 バッシャーンという、水を盛大にこぼしてひっくり返した音が聞こえて来た。
 明らかに水をたっぷり入れた樽としか思えない。

「はへぇぇぇぇ~何でぇぇ……」

 顔に乗っかっていたのが無くなり身軽になったので、身を起こして目を開けた。

「――って、ルティ!?」
「あぁぁっ! アック様っ、どうかお許しをををを」
「見れば分かるが……その樽と大量の水は何だ?」

 どうやら盛大にひっくり返したらしく、大量の水が地面にこぼれている。
 普通の水では無いようだが、それにしたって入れすぎだ。

「そのぅ……アック様の全身を、超冷却回復水で拭いて差し上げようと思いまして……です」

 また聞き慣れない水が出て来たな。
 しかしネーヴェル村が薬師の村である以上、不思議は無いか。

 今回は飲ませるのではなく、拭こうとしたようだが。

「拭くって……、いやその前にルティの全身がずぶ濡れだぞ?」
「はひぃぃ。ですので、アック様。このまま全身を冷やさせて頂きますです」
「――うん?」
「行きますよぉぉぉ! たぁっ!!」

 赤毛の髪やメイドエプロンに至るまで、ルティの全身はずぶ濡れだ。
 そんな彼女の方こそ先に乾かすべきなのに、彼女は上半身だけ起こしたおれめがけて倒れて来た。

「ぬおわっ!?」

 水をたっぷり含んだルティの全身は、中々の重量感だ。
 とっさのことで避ける余裕も無かった。

 強引な手段だがルティが抱きついたことで、おれの体は一気に冷えて来た。
 それと同時に身動きが全く取れないが。
 
「アック様、申し訳ございませんでした~……未熟なばかりに~」

 どうやら魔石に、精神支配をされていたことを言っているようだ。
 そもそもルティが悪いのではなく、リリーナさんに問題がある。

「まぁ……仕方ないだろ」 
「あぅぅ、グズッ……どうかどうか見捨てないでくだざい~」

 やはり泣きやすくなっているようだ。
 抱きつかれたままなせいか、超冷却回復水の効果でかなり体が楽になっている。

 さすがにルティの涙に別の効果は無いと思うが。
 いつも献身してくれているし、彼女を叱る意味は無い。

「ルティを見捨てるわけ無いだろ。今だってこうして、全身で助けてくれているわけだし……だから泣き止んで――」
「それでもわたしは~アック様のお心が知りたくてえええ」

 ううむ、これは困った。
 どうすれば泣き止み、いつもの彼女に戻ってくれるのか。

 そういえば何か"約束"をしていた気がする。
 そのことを聞いて、泣き止んでもらおう。

「わ、分かったから。えーと、それならルティと前に約束していたものを交わすから、それで機嫌を――んむっ!?」
「ぷふあっ。アック様との約束、"口づけ"を交わしましたです。ルティシアは、アック様をずっとずっと~……はへぇぇぇ、急に眠く~」
「――って、おい!」

 火の加護があるルティに対し、全身が冷え切った状態で約束を交わした。
 そしたら今度は眠気を誘うくらい、体を冷やしてしまったらしい。

 ルティの口づけでどうこうするものではないが、彼女からまた火の力が戻された感じがした。
 とにかくこれで、耐性の問題は解決されたようだ。
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