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第十二章:認められし者
205.森人と改めの契り
しおりを挟む『うぷっ……!?』
勢いに任せて声のする方に飛び込んだはいいが、何やら息が苦しい状態だ。
歪んだ空間からは脱することが出来たものの、目の前が真っ暗でよく見えない。
手探りで何かに触れようと試みるも、何かに強く押さえつけられているのか手が動かせないでいる。
考えられるのはサンフィアに飛び込んで、どこか良くない所に触れてしまっての拘束。
そう思っていたが聞こえて来た二色の声は、怒りに満ちたものと悦びに溢れたものだ。
『お、おのれ……! 我の男を奪い、そのうえ占有の意思を我が前で示すというのか!!』
何だか穏やかじゃなく、今にも戦いに発展しそうな声色に聞こえる。
――彼女では無いということは、全身に感じる柔らかな感触の正体は……。
「フニャン~……フニャウゥ~。アックが来たのだ、アックが飛び込んで来たのだ~」
「シ、シーニャ! うぷぷぷ……」
「フニャァァ~くすぐったいのだ!」
どうやらいつの間にかシーニャが近くにいて、サンフィアよりも先に受け止めてくれたようだ。
この子のどこに顔をうずめているかは分からないが、嫌がるどころか悦んでいるならいいのか。
『ええい、アックを離せ、虎人族め!』
シーニャの柔らかな感触にひたっていたら、おれの体は彼女から引き離されていた。
どうやらサンフィアの怒りが限界に達したらしい。
『フウゥ! 嫌なのだ。アックはシーニャのアックなのだ! エルフのアックじゃないのだ!!』
『ちいぃっ! やはり獣人でも虎人族とは相容れないか。我が夫を奪うのなら、今ここで――』
やっぱりこうなるのか。サンフィアにはきちんと話すべきだと思っていたのに。
話し合いを遅らせてしまったのが良くなかったか。
『待てっ! サンフィア、それとシーニャも戦闘態勢から解け!』
シーニャから解放されたことで声を張り上げることが出来たが、おれの声は届いていない。
「くくく。兄はここからいなくなり、自由に動ける身となれた。さらに何も無き地と化した。ここで、虎人族を狩るのも悪くない……」
「アックはシーニャのあるじ! エルフごときに渡さないのだ」
――しかし、二人の昂ぶりは収まりそうにない。
白の魔導士ニーヴェアの言った通り、祭壇も集落跡も消えていることは好都合だ。
ここは厳しくしなければ。
本意では無いが、二人には大いに反省してもらうとする。
『シーニャ! サンフィア・エイシェン! 静まれ!! 動きを止めなければ、お前たちを封じる!』
封じるといっても魔法詠唱不可にした上で、一定の間だけ体の自由を奪う程度の拘束魔法に過ぎない。
シーニャは回復魔法だけだが、サンフィアには幻影魔法がある。それを使われたら厄介だ。
「ウ、ウニャ……アック、怒っているのだ? でもシーニャ、エルフを許せないのだ!」
「ぬぅぅ! 虎人族だけでなく、我も封じるというのか!? いかに我が夫といえども、キサマに従う訳には――……!?」
「ウニャニャ!?」
どちらも相当に興奮しているようだ。
やむを得ないが、二人には麻痺状態になってもらいつつ、ついでに熱を冷やしてもらう。
「ウギャニャァァァ!? つ、冷たくて動けないのだ……」
「……ぬぐぅぅ、う、動けない……だと」
「ハイドロ・パラリシスだ。頭を冷やし、ついでにそこで反省をしてくれ!」
◇◇
しばらくして、初めてサンフィアに事情を話すことが出来た。
冷静になった彼女は、ようやく納得する。
「……すまなかった。我の思いが至らなかった」
「理解してもらえたようで何よりだ」
「我よりもずっと前に、ドワーフとも契っていたなど……そうだったのだな……」
「失望したか? もしそうなら、エルフや他の獣人ともども――」
「何を言うか! 他にどれほどの契り者がいようとも、我はキサマと契りを交わしたのだ! 我はキサマと共にゆくぞ」
「あぁ、それで頼むぞ」
サンフィアに関しての心配を失くすことが出来た。
後の問題は、すっかり落ち込んで虎耳をへたり込ませている彼女だけだ。
「シーニャ、ダメダメなのだ……ウニャ……」
「は、反省してくれたなら問題無いんだぞ? だからそこまで落ち込む必要は……」
「どうすればいいのだ? シーニャ、アックに謝りきれないのだ……ウニャゥ」
「う、う~ん……」
ここまで彼女に落ち込ませてしまうとは。
こういう時にミルシェがいてくれたら……と思ってしまう。
「――アック! ならば、今一度我と虎人とで森人の誓いを果たせ! そうすれば、我も虎人も咎むことは無くなるはずだ」
「森人の誓い? それはつまり……」
「今ここで、我と虎娘に契りを交わせ! 早くしろ!」
すでにエルフの集落は消え、祭壇も無い生い茂りの森。
誰かが見ているわけでは無い。
シーニャの調子を取り戻す為でもあるし、そうするしか無さそうだ。
サンフィア、そしてシーニャにそれぞれ近づき、契りの行為を果たした。
「む、むぅ……我だけの夫では無くなるが、うぬぼれるな、アック!」
「ああ、もちろんだ」
「フニャウ~……は、初めてされたのだ……」
「そ、そうだったか?」
あまり見ないシーニャの赤ら顔と、照れる仕草は何とも気恥ずかしくなる。
しかしこれで、エルフと獣人とのわだかまりは解消されそうだ。
「シーニャ、もっともっとアックのために強くなるのだ!! ウニャッ!」
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