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第十章:力を求めて

143.忘れ去られた湖底とヌシのシリュール

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「頑張れ~強く、もっと強く引っ張って~!!」
「ぐんぬおぉぉぉぉぉぉ……!!」
「これはきっと大物だよ! イスティさま、踏ん張れ~!」
「ふぉごぉぉぉぉ!!」
「そ~れ! そぉ~れぇっ!!」

 どれくらいの時間が経ってしまったのか、色濃い霧が強いせいで、夜なのか昼なのか分からない。
 そんな途方もない釣りをし続けていたおれだったが、湖底から何かとてつもない引きが訪れる。

 フィーサは狭いボートに腰掛けながら、ひたすらにおれを応援しまくりだ。
 彼女に手伝ってもらおうという気は無く、自分だけで竿を引っ張っているが、こんな力で引っ張る魚はどう考えても尋常じゃない。

 そういう予感もあったので、フィーサには人化のままでいつでも攻撃出来るようにしてもらった。
 彼女の声援とおれの気合いが、静寂を壊しまくっている。

 そんな時だ。
 強力な引きを見せていた糸が、どういうわけか今度はおれを引っ張り始めた。

「ぬっ……こ、これは――」
「イスティさま、竿を離して!! このままじゃ引きずり込まれちゃうよ!」
「おれの力を舐めるなよ? ルティよりも怪力になった拳の本気を見せてやろう!」
「あ、あまり参考にならないけど……そういうことなら、引っ張れ~引っ張っちゃえ~!」
「ぐ、ぐおおおおおお……!! おわっ!?」

 まるで引っ張り合いを楽しんでいたかのような力の均衡が、急激に崩れた。
 そして、

『あぁぁっ!? イ、イスティさまっっ!!』

 ――フィーサの叫び声も空しく、おれは自分が引っ張っていた力の反動をまともに受け、湖に引きずり込まれてしまった。

 ◆◆

「……うう~ん」

 水属性耐性があるおかげで、溺れる心配は無い。
 それはいいとして、何か手狭な所に全身が包まれているような感じを受けている。

 溺れはしないが、息継ぎの心配は当然だがつきまとう。
 しかし息が出来ているようで、呼吸をするのも問題が無いようだ。

 目を開けると、目の前にあったのは漁礁のようなもので、体がそこに挟まれていた。

「くっ、何でこんな……」

 漁礁を棲み処としているヌシにでも、引きずり込まれたのだろうか。
 そんなことを思いながら必死にもがいていると、

『人間の手の力、それだけでいい気になるのは駄目だゾ! ”再生”しないとだゾ!』

 ……ん? 以前にもこんなことがあった気が。
 姿が見えず声だけのようだが、恐らくおれを引きずり込んだヌシだろう。

『そこから出してやるゾ。だから、ソレをちょうだい!』
『どれをだ?』
『忘れ去られたガントレット! 忘れ去られたままは悲しいゾ? それじゃあ、いくゾ~!』
『――っ!? う、うおおおおおお!?』

 水中では思うような動きは出来ない……そう思っていたおれに対し、ヌシは漁礁ごと破壊する勢いでおれを地上へと押し流した。

「イスティさま……戻って来ないなんて、どうすればいいの~……」

 あまりの威力に目を開けていられなかったが、湖面を覗き込むフィーサの姿が眼下にあった。
 その時点でおれは、空高くまで飛ばされていたらしい。

『フィ、フィーサ、避けろっ!!』
『ふぇっ!?』

 そのままの勢いで湖に落下し、ボートとフィーサをずぶ濡れにさせてしまった。

「ひゃうぅ~……何で~……」
「わ、悪い」
「錆びることは無いけど、こんなの嫌なのに~」
「すぐ乾かしてやるから!」
「……それは絶対! ところでイスティさま。その子、誰?」
「う? あ、あぁ……多分、ラーナと似た感じの子だ」

 ずぶ濡れのフィーサをなだめていると、彼女の正面つまり、おれの背後に見知らぬ女の子が座っていた。
 その子は、大事そうにガントレットを抱えながら温めているようだ。
 その姿を見るに、湖底のヌシと判断していいだろう。

「ラーナって、そのトラウザーの?」
「ああ、そうだな」
「ふ~ん?」

 水中のヌシは、忘れ去られた~とか言っていた。
 そうなると、声に従って渡したガントレットも、再生されるということなのだろう。

「……キサマ、名は?」
「あぁ、おれはアック・イスティ。お前は?」
「聞いて跪くがいいゾ! 忘れ去られた湖底のヌシ、シリュールであるゾ!!」
「やはりそうか。一応聞くが、ナマズか?」
「無論であるゾ! 余の怒りは地を揺らす! 怒らせた人間は、全て沈めてやったゾ」

 ヌシを名乗るナマズの女の子は、カエルのラーナと同様に人間の姿をしている。
 真っ黒で長い髪をしているが、どうやらそれは長い髭のようだ。

「沈めてやった……って、まさか、この辺り一帯をか?」
「無論だ! 湖そのものが忘れ去られた所なのだゾ。参ったか!」
「そうか、そういうことか……」

 フィーサの顔を見ると、呆れた表情をしている。
 つまり、南アファーデ湖村そのものが、そういう場所だったということらしい。
 
「アック・イスティ! ”再生”を付けたら、閉ざされた時間が動くゾ! 覚悟しとくといいゾ!!」
「閉ざされた時間が動く……なるほどな」 
「イスティさま、ここはこの子に委ねるしかないよ~」

 忘れ去られた湖村を明らかにして、果たしてどこにたどり着くのか。
 ルティとシーニャは、気付いてきちんと脱出していればいいが……。
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