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第八章:因果の国
112.強化者からの取引
しおりを挟む「何をそんなに驚いている? おれは気持ち程度に避けただけだぞ?」
「て、てめぇ……! その動き、早さ、てめぇもSランクだな?」
「おれにランクは無いな。それはともかく、どこがいいか聞かせてくれないか?」
「何のことだ?」
「ヘルガという女が気になるなら、同じところ。そうでもないなら、レイウルム半島にでも飛ばしてやるが?」
「訳の分からねえことをごちゃごちゃ言いやがって、消えるのはてめえだ!! 喰らえ!」
「――!」
目の前にいることを好機と気付いたヴィレムは、眩しい光で視界を遮った。
直後、頭上から足下にかけて何らかの魔法が体内に流れて貫通する。
「くくく……くくっ!! どうだ? あ? ライトニングを落としてやった! 雷属性でも上位魔法だ。てめえごとき獣に勿体無かったけどな!」
これは確かに、レベルの高い魔術師ならではの魔法だ。
その辺の獣はもちろん、ランクの低い冒険者では太刀打ち出来ないだろう。
間近の稲妻により地面はえぐられ、足下がおぼつかない。
立ち込めているのは、草が焦げたことによる白煙。
白煙が薄くなったところで、ヴィレムはおれが立っていた辺りに近づく。
「はーはっはっははは!! 跡形もなく消し炭になりやがった! 狼ごときがざまぁねえな!!」
何とも品の無い高笑いを浮かべて、上機嫌のようだ。
奴をとりあえず放置し、おれは無効化と行動不能になっているシーニャを抱えていた。
無効化の時間がどれくらいなのか、使ったおれも不明。
そんなこともあり、彼女をルティたちのいる場所へ避難させておく必要があった。
ルティたちは、かなり離れた所の水辺で休んでいた。
すっかり穏やかな時間を過ごしている。
そこに、
「ルティ! シーニャを頼む」
「はいっっ……!? わわわ、狼さんが言葉を~!?」
「おれだ、アックだ。まさか分からないのか?」
「も、もちろん、冗談ですよ~! またしてもシーニャを抱っこしているんですか!?」
「時間は多くない。とにかく、シーニャを守れ!」
「か、かしこまりましたっ!」
フィーサに布がかけられているが、磨かれて眠っているようだ。
さて、シーニャへの心配は取り除かれた。
高笑いの魔術師の所にでも、戻っておくか。
◇
「……そうですか、そんな狼が。それでは、かなり魔力を消耗したのですね?」
「いや、全然余裕だぜ? ヘルガが弱すぎるだけだろ!」
「ですが念のため、今一度強化を」
「――ったく、心配性だなお前は」
稲妻による白煙はすでに無く、魔術師の男は余裕ぶった姿勢を取っている。
そこには強化者と見られる者と、回復士や荷物持ちの人間たちが姿を見せていた。
強化者が身に着けている防具は、どう見ても回復士よりだ。
赤と灰色が強調されている中で、白地で四角い何かの紋様が切り込まれている。
どこかの国の者だろうか。
男か女か分からないまでの、深々なフードを纏っている。
それはそうと、気分を良くした魔術師たちをどうするべきか。
元々おれたちに絡んで来た相手を懲らしめれば、それで良かったわけだが……。
だがシーニャが喰らっていた氷魔法を、返しておかなければならない。
即席で大気中の水蒸気から生成して、氷の塊でも落としてあげよう。
「くくっ! それにしても気分がいいぜ! なぁ?」
「……ヴィレムさん、空を」
「あん? 空~? ぬぉわっ!? っだ、ありゃあ!?」
「恐らく、狼だった者からの贈りもの。まともに喰らえば、我らは全滅しますよ」
「ち、じゃあオレが炎で――」
「通用しません。ですので、ヴィレムさんは彼女たちを連れてラクルへお戻りください」
「お前はどうすんだ?」
「交渉して来ます」
「……しゃあねえな。早く戻れよ? あの国に向かうんだからよ!」
◇◇
どうやら撤退していくようだ。
Sランクだろうが何だろうが、頭上からフリーズを落とせば終わらせられた。
しかし関係のない荷物持ちや回復士に罪はない。
それだけに空で静止させていたが……。
このままダメージを与えられずじまいでは、獣化が解けそうにない。
塊から氷柱を作って、かすり傷程度を負わせておく。
空の氷に細工をしていると、
『そこの狼さん、言葉はまだ通じますか? それと、手加減をありがとうございます』
意外なことに、強化者の方から話しかけて来た。
声を聞く限りでは、女のようだ。
おれがしていたことにも気づいているとは、相当な実力者だ。
「おれの言葉が分かるか?」
「……分かります。あなたは人間であり、その姿は獣化によるもの。違いますか?」
「あぁ、そうだ。あんたは強化者だな? どこの者だ?」
「いずれ分かります」
「素性は明かさないわけか。あの魔術師よりも力がありそうだが、何故味方している?」
「……あんな男でも使えるものですから、使えるうちはそうしているだけ……ですよ」
「なるほど。それで、何か用が?」
「取引をしませんか?」
これもまた意外な申し出だ。
獣狩りの連中を逃がす為のものだろうが、そこまでしてくるとは。
「殺しはしないし、追うことはしない。それでいいか?」
「ありがとうございます。この礼は、あなたがあの地に戻った時にでも……」
「あの地?」
「――それでは、さようなら……」
「うっ……!?」
強化者は、おれの目の前で姿を消した。
まるで神隠しのようだが、人間では無かったか。
単なる獣狩りパーティとの戦い。
そのはずが、何か得体の知れない相手に知られる羽目になってしまった。
消化しきれないものがあるが、ルティたちと合流しておく。
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