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第七章:見えない戦い
86.偽王女、とある騎士と再会する
しおりを挟むシーフェル王女となった元スキュラは、とある村に来ていた。
王国に入ることをしなかった、見習い騎士リエンスに連れられたからである。
山奥の村リカンシュ。
断崖上に築かれた村で、全ての建物が不安定な場所に位置している。
かつて王国を守る要塞として造られた町であり、多数の冒険者で賑わっていた場所だ。
しかし、王国の近くにザーム共和国が出来た辺りから衰退。
今では冒険者はおろか、力を持つ者が訪れることがない寂れた村だ。
今にも崩れ落ちそうな、断崖絶壁の上に立つ教会。
そこが落ち延びた者の行きつく先となっているようだ。
「ここの教会なら滅多に人も近寄らないため、心配いりません」
「……ふぅん? お詳しいのね。どうして王国を避けて、寂れた村に来たのかしら?」
「僕は王国を出たくてたまらなかったのです。王女さまが真っ先に見限られたのも、僕にはいいきっかけとなり得ました」
「出たくて……? あなたは見習い騎士なのでしょう? ――ということは、騎士となるのを諦めるつもりだったのかしらね?」
「い、いえ……騎士は」
元水棲怪物の彼女が持つ記憶は、王国の王女ということと名前だけ。
目の前にいる見習い騎士リエンスの素性すらも、ハッキリと分かっているわけではない。
それだけに、リエンスが話していることには頷けないものばかり。
そんな王女に気付くことなく、リエンスは自分の話を続ける。
「……ですが、王女さまは戻る意思を固められた。それなら僕も決めねばならない……そう思ったのです」
「決めるとは? あなたは何を企んでいるのかしら?」
「僕は――」
成り代わった王女も自分の正体を隠しているが、リエンスもまた何か隠している。
そんな予感が彼女にはあった。
リエンスが話そうとしたその時。
近寄らないはずの寂れた教会に、出会うはずのない者が姿を現わす。
『ほぅ? ここで出会うとは、珍しいことがあるものだな!』
「――! お前は……」
「あら? あなたもしかして、貴族騎士アルビン・ベッツ――?」
王女の姿となっていたのを忘れ、彼女は思わず声をかけた。
隣に立つリエンスも、男の姿に驚いている。
「……これはこれは、麗しのシーフェル王女ではござらぬか! そして隣は、リエンス王子。寂れた村にお二方が揃われるとは、奇妙なものですな」
「――リエンス王子……? うふふ、そうでしたのね」
「……」
「しかし妙ですな。王女様が俺の名を覚えているとは……」
「アルビンさま、どうぞこちらへ――」
「王子を差し置いて、俺と話をされるおつもりか。まぁ、よいでしょう」
見習い騎士を名乗っていたリエンスを、最初から信じていなかった彼女。
その素性を見破ったアルビンには、全て話すことにした。
◇
「あたくしとあなたは、貴族酒場で出会ったわ。アグエスタという町なのだけれど……」
「ふむ……ではあの時の者だというのだな。エドラは死したのか?」
「ええ。あたくしが消したわけではありませんわ」
「なるほど。グルートの関わりは、全て消したということか。しかし何故その姿でここにいる?」
「あたくしを王女と疑わないそこの王子。王子の心の支えとなっていたのが、エドラ王女だったのではなくて?」
「……ふ。王国を抜けた第二王女を追った王子か。まぁ、王のいる国は争いが絶えないからな」
貴族騎士アルビンは、すぐに王女の正体に気付く。
そのうえで王国の問題に触れ、シーフェル王女に理解を示した。
「あたくしはあの方のパーティーに戻りたいのだけれど、どうすれば出来るかしら?」
「……あの若者か。ふむ、俺の依頼もまだ終えていないからな。だが今は、王国のことを何とかしなければならない」
「勇者だった者を弟に持つ騎士の意地ということ?」
「王子も見捨ててはおれんのでな。王国が弱体化している以上、何とかしたいところだ」
「そうね、まずは王子を。そして騎士であるあなたの力も、貸していただくことにするわ!」
「成立だな」
かつて要塞だったリカンシュ村。
王女に成り代わった彼女は、再び貴族騎士アルビンと手を組む。
「アックさま、必ずお会い出来るのを楽しみにしていますわ」
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