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第七章:見えない戦い

74.船上の戦い 

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「ウゥゥッ!! この人間たちは何なのだ!?」
「そんなことわらわにも分からないなの! でも、襲って来るから敵って分かるなの!!」

 おれとルティがレイウルム半島に漂着していた頃のことだ。
 王国行きの船上で、大変なことが起きていた。

 ルティは巨大なタコ、クラーケンを釣り上げてしまい、そのまま海に転落。
 その場に残されたシーフェルが、事なきを得たかと思われた。

 しかし、
「あ、あたしの魅了が効かないというの!? この姿になって力が弱いと思っていたのだけれど、そういうこと?」

 水棲怪物スキュラだった時の力を失っていた、現シーフェル王女。
 エドラから成り代わった彼女は、タコを制御出来ずにいた。

 そんな状況の中、タコを刺激したのが乗船していた冒険者パーティーだった。
 炎属性魔法を一斉に放ち、タコの動きを止めたかに思えたが……。

「王女様! ご無事ですか?」
「リエンス、あの人間たちは何をなさっているの?」
「ご安心ください。あの者たちは、ザーム共和国に向かう冒険者たちです。乗船していたので、僕が頼んだのです! 攻撃魔法を使う者たちですので、すぐにでも倒してくれるはずです」
「……それにしては人数が少ないわ」
「剣士たちはタコが弱り切るまで、待機しているそうです!」
「それもキナ臭いことですわね」
「――え?」

 シーフェルの疑いは、船室にあらわれる。
 剣士とは程遠い粗暴な男たちが、シーニャたちのいる船室を襲っていた。

「獣人が生意気にも船に乗ってやがんなぁ?」
「おまけに変わったガキもいるぜ。どうする? やっちゃうかぁ?」
「だな。テミドさんへのいい手土産になりそうだ」
「じゃあオレは、外で魔法ぶっ放してるラリーに知らせて――」
「おい、デミリス! ラリーにいちいち言うことでもねえだろ。獣人とガキはここで始末する! 黙っておけよ?」
「……わ、分かった」

 外にいる者と船室を襲っている男たちでは、明らかに素行が違うのか、連携が取れていないようだ。
 そんな連中を前にして、シーニャとフィーサは落ち着いている。

「むぅ~! アック以外の人間は、変なのしかいないのだ! シーニャがやっつけてやるのだ」
「中にはマシな人間も混じっているなの。でも、容赦なんてしないなの!」

 粗暴な男たちの中で剣を手にしているのは、デミリスと呼ばれている男だ。
 その他の男はダガーを片手に持ち、いつでも攻撃が出来るようにしている。

「……ま、そういうわけだ。獣人とガキには悪ぃが、ここで――」

 男のひとりがダガーの剣先を脅しに見せた時、

「「「ぐがあぁっ!?」」」

 複数の男たちの、声にならない叫び声が船室に響く。
 その場に残されているのは、剣を持つ男と脅しをかけた男だけだ。

「――な、何だ!? どうなってやが――ぐげっ!? ……く、くそがっ」
「ひ、ひぃぃ……」
「弱い人間だったのだ。一体何がしたかったのだ?」
「全くですの」
「コイツも倒すのだ?」
「見たところ、そんなに悪そうじゃないなの。手にした剣も、使われたことがないみたいなの」
「それなら、放っておくのだ。シーニャ、後で褒められるのだ!」

 粗暴な男たちはあっさりと、シーニャによって倒されていた。
 ただ一人の弱気な人間をのぞいて、船室を後にするシーニャたち。

 デミリスと呼ばれた男は、ただ一人、船室で呆然と立ち尽くすしか無かった。

「うぅ、助かった……これでレイウルムに帰れる……」

 ◇

『く、くそっ!! 頭足族には炎属性だけでは倒せないのかっ?』
『ラリーさん、そろそろ魔力が尽きます。デミリスは何をしているのですか!?』
『寄せ集めの義勇兵をまとめられないあいつでは、どうしようもなかったようだ……まずい、まずいぞ』

 クラーケンの動きを止めるだけが精一杯の魔道士たち。
 ラクルでパーティーを結成した剣士の加勢も無いまま、力尽きようとしている。

 巨大なタコにはレベル不明の強さも相まって、表面に僅かな焦げがついているだけ。
 3人の魔道士からは炎属性攻撃だけしか放っていないようで、致命傷を与えられないままだ。

「……やはりこのまま魔法を撃ち続けても、ジリ貧ですわね」
「そんな……」
「リエンス。あなたは王国の騎士なのではなくて? あの者たちに加勢するのは、いけないこと?」
「ぼ、僕は見習いの身。い、いえ、僕には戦う力は……」
「ふぅ……。どうしたものかしら」
「――アックさんやレティシアさんがいてくれたら……」
「あたしもそう思いますけれど、仕方のないことですわ。タコを片付けないことには、王国へもたどり着けないのですもの」

 クラーケンを従わせられなかった誤算。
 そしてアックの漂流。

 これには、さすがのシーフェルもお手上げである。
 どうしようもなく、魔道士の苦戦も見ることしか出来ない。

 そんな時だった。
 シーフェルとして何もやれることがないと、思わずめまいを覚えていると、

『ウガウゥゥッ!!』
 
 ロインクロスから、隠れようのない尻尾が見えた。
 そうかと思えば、その主からは強烈な一撃が入っていた。

「じゅ、獣人の……!? 王女様、彼女はアックさんと一緒にいた……」
「ええ、そうですわ。彼女の強さであれば、ある程度焦げついたタコにも、攻撃が届くでしょうね」
「そ、そして彼は剣士の……」
「ウフフ……隠れるばかりで出て来ないかと思っていましたけれど、宝剣に魅せられての行動なのかしらね。それにしてもあの方以外に言葉を伝えるなんて、意外でしたわ」

 シーニャの攻撃から遅れること数秒後。
 人化の宝剣フィーサと共に、剣先の鋭い両手剣を手にした剣士が姿を見せる。

 剣士デミリスは、自分自身の精神的緊張がほぐれたことで、意を決しやる気を出したようだ。
 宝剣の言葉を聞き入れ姿を見せたデミリスには、魔道士の面々も驚きを隠せない。

『デ、デミリス!? ひとりだけ……いや、誰だ? まぁいい、元Sランクの剣士がいれば何とかなる!』
『もう少し踏ん張りましょう!!』
『獣人の邪魔をすることなく、炎を出し尽くすんだ!』

 剣士の姿とシーニャの加勢によって、魔道士たちは残った魔力を放ち続ける。
 表面がやわらかく攻撃もままならないタコ。

 だが、何度も焦げをつけられ静止した状態だ。
 シーニャの爪により表面の皮も引き裂かれていくタコは、次第に弱まって行く。

『よしっ、デミリスに交代だ!』
『や、やってやる! ラリー、悪かったな』
『やる気を出しただけで十分だ』

 魔道士ラリーたちは後退し、剣士デミリスが前に出る。
 そして重厚そうな両手剣を振り下ろし、弱り切ったタコに突き刺した。

「ウニャ? 強い気配が消えて行くのだ」
「やっぱりそうだったなの。イスティさまに似た意志を強さを持つ剣士なら、何とかなると思っていたなの!」
「タコが海に落ちて行ったのだ~!」
「元々船を襲ったタコじゃなかったなの。倒せなくてもいいなの」

 フィーサの言葉通り、巨大なタコ、クラーケンは気配を弱めながら海へと沈んで行く。
 それを見たデミリスは、途端に腰を砕き、その場にへたり込んでしまった。

「はあぁぁ~……よ、よかった」
「ウニャ、お前人間のくせに強い」
「え? あ、ありがとう」
「シーニャのあるじと合うぞ。きっと合うぞ!」
「あ、あぁ……あるじがいるんだね?」
「シーニャ、お前を解放する。早く行け」

 弱っていたタコへの攻撃ではあったが、シーニャは人間である剣士を見直していた。
 同時に、あるじのアックと合いそうな気配を感じたようだ。

「リエンスはあの者たちに褒美を取らせなさい。あたくしは、この子たちと話をしますわ」
「はっ。かしこまりました」

 リエンスをデミリスたちの元に行かせたシーフェルは、シーニャたちと相対する。

「……その姿で、そのまま人間として生きるつもりがあるのなの?」
「どうかしらね。少なくとも、あたくしはあの方の傍に仕え続けるつもりがありますわ。スキュラを捨てただけで、そのまま王国の王女になる予定はありませんわ」
「今度は、人間に乗っ取られるようなことがないようにして欲しいなの」
「小娘に言われるまでもありませんわ」
「むっ! 妾はこう見えても900……」
「ウフフ……あたしはもっとですわよ? 口の利き方にお気を付けあそばせ」
「ムカつくなの~!!」

 フィーサとシーフェルの相性は最悪のまま、仲直りをしたようだ。

「ウニャ~アックに会いたいのだ~……」
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