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第5話 幼馴染と前向きな衝撃

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 これは――どういう状況なんだろうか。

 どうして俺は彼女によって押し倒されたのか、理解が追い付かない。とりあえずここは冷静に。

「えーと……これは欲求不満の表れで合ってます?」
「断じて違うぞ~! すぐに避けてやるとも!! あ~残念。残念だなぁ……こんな美少女なお姉さんに押し倒されたのに、手も足も出さないなんて~」

 一体何を言ってるんだこの人は。不意打ちでこんなことされた相手が、その相手に何かいかがわしいことが出来るとでもいうのだろうか。

「……ん-」

 確かカナに押し倒される前、俺と彼女はテーブルに向かい合って座っていたはず。

 そこでようやくカナから実家に帰らない理由を聞けることになったのに、何でこうなったんだっけ?

 真上に彼女の顔が見えるけど、とりあえず思い出してみよう。
 
「――というわけで~、夢を諦めたわけなのだよ。あたしは声と行動力には絶対的な自信があったのだけど、人前に出るのは苦手で~……ごめんよ、すばるくん」

 いつも明るいカナがここまで深刻そうな表情を見せるなんて、マジな話みたいだ。涙こそ見せないものの、今すぐ泣いてもおかしくない。

 カナの夢の話を聞いたのはガキの頃だった気がするけど、あぁ……思い出した。

 確かカナは声優になりたくて専門学校に行っていたんだ。小中学校で彼女が放送部をしてた時に俺が推薦した記憶がある。

 彼女の高音ハスキーボイスは声も通るし、聞いていて心地よくなるってことで俺が調子に乗って、「やってみたら」と言ったのがきっかけだった。

「……や、俺は別に…………」

 しかし妹のキイは姉がもし声優になれたら……という期待がかなり高かったし、あいつは当時からかなりはしゃいでたからな。だから妹に顔向けできないとでも思っているのか。

「いいや、それではあたしの気が済まないのだよ!! だからお願いがある! 今すぐあたしに体当たりしておくれ!」
「何で?」
「夢を勝手に諦めただけでも恥ずかしいのに、あたしはあたしは~!!!」

 気持ちは分からないでも無いが体当たりって。人前が苦手というけど、リアルなゾンビ姿は十分すぎるほどに目立ってたけどな。

 それに客観的に見ても、カナは姉御系の声優タレントになれそうな気も。

「すばるくん!! さぁ、今すぐ当たってこ~い!」
「じゃあ、俺の正面に立ってもらえますか? 体当たりするんで」

 趣味アイテムをその辺に転がしていないこともあり、俺の部屋はまあまあのスペースがある。といっても、テーブルを少しずらしただけの場所なだけだ。

「どんとこ~い!! 何ならるつもりでかも~ん!」
「そんな、そこまでやるわけないでしょ。そもそも俺にそんな力は無いわけだし……何で?」
「もちろん体当たりの衝撃で転生したいからだよ。本当は近くに転生トラックが走っていれば当たりに行きたかったけど、いなかったからね」

 転生トラックって……。普通に死んでしまう案件じゃないか。

「じゃ、じゃあぶつかりますよ? 覚悟は――」
「こいやぁ~!!」

 とはいえ、思いきり行くはずも無いわけで。ガキの頃のじゃれ合っていた記憶を呼び戻して、軽く体当たることにする。

 ――しかし。

「弱い、弱すぎたよすばるくん……。どうして、いつの間にそんなひ弱な男の子になっていたのかね? そのせいであたしが押し倒してしまったじゃないか!!」
「……困りましたね」
「この期に及んで敬語なんか使うな~!!」

 手加減も含めてだったが、真正面で待ち受ける女子に体当たりした俺はものの見事にカウンターを受け、逆に押し倒される形となった。

 だからといって変なことをするつもりはないけど。

「ほら、カナさん。起き上がって」
「……くっ、なんて紳士なエスコートなんだ……しかも『カナさん』とか、どこのイケメンだ!?」

 押し倒された俺は冷静に立ち上がり、床を眺めて腕立て伏せ状態のカナに手を差し伸べた。そもそも俺ごときが体当たりして転生出来たら苦労は無いだろうに。

「カナさんはこれからどうするの? このまま実家に帰らないにしても、せめて妹には連絡した方がいいと思いますよ。そうじゃないと俺もつらいめに……」
「むっ? キイちゃんに連絡しないとすばるくんがつらくなる……だと!? まさか――すでにお付き合いをされておいでか?」
「してないし、そうなるつもりもないから安心していいです」
「むぅ……すばるくんがそう言うなら、しかしむむむむ……」

 ようやく納得してくれたか?

 転生しなきゃいけないくらい顔向け出来なかったとか、本気だったのは分かるが……。

 押し倒されてドキッとしたのも上手く誤魔化せたけど、もうこんなことは起きないよな?
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