可愛く世話した皇子が暴君に育ってしまいました

遥 かずら

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可愛く世話した皇子が暴君に育ってしまいました

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「あ、あの……迷惑かけてごめんなさい」

 目の前にいる男の子が、もじもじしながら私を見つめている。
 彼に迷惑などかけられた覚えは無いというのに。

 とても気弱そうにして私の返事を待つ姿。
 それを見ているだけで、優しく抱きしめてあげたい衝動に駆られまくり。

 ――ルッツ帝国。
 帝国の都にある王宮クレットは、歴代の皇帝が暮らす生活空間。

 王家の生活は壮麗な建築ばかり備わり、常に華やかな暮らしを当然のものとする。
 常に増改築を繰り返すほどで、多くの侍従が存在を求められた。

 決して皇后の座につくことなど叶わない。それでも皇子の世話を担った侍従にはいずれ好待遇で迎えられる。そんな将来が約束されているということで、幼き皇子の世話を望む侍従が後を絶たない。

「迷惑だなんて、皇子にならいくらでもかけて頂いて構いません!」

 現皇帝の子息にして、次期皇帝となるエリアス・マース皇子。

 彼の家門は強力なもので、皇帝が持つ巨額の富と世界に馳せる名声。さらには国内最強の騎士団を意のままに操れる――といったものがすでに決まっている。
 
 そんなエリアス皇子の専属お世話係をすることになったのは、幼き皇子の一目惚れ。運よく彼のハートを見事射止めたのが、私、ルイザ・チェルニーということになる。
 
「そ、それじゃあ、ルイザ……」
「はい」
「僕をぎゅっと抱きしめてください」
「――えっ?」

 この部屋には私以外に侍従がいなく、幼き皇子と私だけ。

 それは良くて……決して良くは無いけど、皇子が求めることに驚いてはいけない。そんなことは頭では分かっているのに、出て来たのは驚きの声。

 エリアス皇子は次期皇帝が決まっていたせいか、現皇帝から優しくされたことが無い。皇后は早くに亡くなったらしく、赤子だった皇子をお世話していたのは乳母のみ。

 乳母なら最低限の愛情を注いでいてもおかしくないのに、そうならなかった。
 
 皇帝の命令は育てることに集中しろ。そこに愛情、心など要らない。
 ――というものだった。
 
 そんな乳児期を過ごされて来たからなのか、皇子は愛情を多く求めるように。
 成長を果たした皇子は、よりによって侍従に心を寄せてしまった。思春期に到達を果たしてもいないのに。

「こ、これでよろしいですか?」
「ルイザに抱きしめられていると安心します……これからも僕のそばにいてください。ルイザのそばにいれば、何でも出来る気がするんです」

 まだ穢れを知らぬ幼き皇子。そんな彼のつぶらな瞳に見つめられながら懇願なんかされたら、どうやっても断ることなんて出来やしない。

「エリアス皇子さえよければ――」

 よそ見をすることない真っすぐな瞳と、くすぐったい幼き声。どうして私なのだろうと自分を疑ってしまいそうになるけれど、何も手入れしなくても金色に輝く髪をさせた皇子の近くにいるだけでいいと思うことにした。

 侍従長も他の侍従も私よりがほとんどでもあったし、きっと一番話しやすいというだけで私が選ばれたに違いない。

 ――そんな穏やかな日々とお世話な生活が続くことの8年後。

「おい、ルイザ!」

 あぁ、またわがままが。
 あれだけ可愛かったのに、甘えることをはき違えた皇子がまさかの態度に……。

「は、はい。どうしまし――」
「今日のデザートを作ったのは誰だ?」
「デザートでしたら、今日に限らずエリアス皇子が幼少の頃より担当している料理長ですけれど……何か問題が?」

 私がそう言い放つと、エリアス皇子はムスッとした表情を浮かべて、皿を近くに投げつけた。ずっと皇子の舌に慣れ親しんだお菓子だというのに、何かおかしなことでもあったのだろうか。

「お前じゃなかったのか……?」
「――というと?」
「お前はお前だろ! ルイザ以外に俺の世話をしている侍従がどこにいる!!」

 これはもしかして、デザートを作ったのが私じゃなく料理長だったから怒っているのでは。いくら何でもそこまで完璧な侍従では無いと自覚していたのだけれど。

「も、申し訳ありません。では、料理長を今すぐここに――」
「駄目だ。ルイザはここにいろ! 俺のそばにいるって約束しただろ? デザートのことはいい。どうせお前が作ったところで美味しくも無い」

 何だか小ばかにされているし、甘えても来ている。エリアス皇子が暴君に育ってしまったのは、どう考えても育ててしまった私の責任。

 乱暴を振る舞われることは無いにしても、こうも可愛げのない皇子に……では無く、わがままな皇子になってしまった以上、ずっと苦労をさせられるに違いない。

「何をしてる! 早く俺の隣に来い! ルイザがいれば俺は何でも出来るぞ。そうだな、気に入らない国は滅ぼせるし、お前の望みは何でも叶えてやれる」

 気に入らないデザートを投げつけても私には当てて来なかったし、素直じゃない甘えん坊皇子。
 年を重ねてもこうしてそばに置いてくれるし、暴君に成長し続けても許してあげますか。

「はい、エリアス皇子」
「俺のそばにずっとだぞ! そうしたら、いずれ――」
「え? 今何か……」
「う、うるさい」

 こうなってしまったら、私ももうどこにも行けない。甘えが過ぎていようがなんだろうが、どこまでもおそばについててあげようかな。
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