15 / 25
第一章 辺境
第15話 S級魔法、発揮する?
しおりを挟む「ふう。ちょっと待って」
何度目かでゲームが終了した時、茂がそう言って、コントローラーを床に置いた。ぷよぷよを始めてから気付けば二時間以上経っていた。両腕を上にあげて伸びをし、数秒後に脱力する。一つ息をつく。
「疲れたか?」
「いや、大丈夫」
高志もチューハイの缶を手に取ったが、さっき飲み干して空になったことを思い出し、立ち上がった。
「お前もいる?」
「あ、欲しい」
冷蔵庫から缶を二本取り出して、居間に戻る。ビールを茂に手渡すと、高志も座って新しいチューハイの缶を開けた。一口飲むと、冷蔵庫から出したばかりのそれは随分と冷たく感じられた。
束の間、沈黙が訪れる。お互いに時折缶を口に運びながら、何を話すこともなく、並んで座っていた。横目で見ると、茂は缶を手に持ったまま少しだけ俯いている。気付かれないうちに視線を外して、高志は再びチューハイを一口飲んだ。
数秒後、今度は自分に向けられた視線を感じて、高志はまた茂の方を見た。こちらをじっと見ている茂と目が合い、はっとする。その瞬間が間もなく訪れることを察して、高志は身構えた。
茂は珍しく少し躊躇しているように見えた。しかし、やはり身を起こすと、高志に近付いてきた。そのまま唇が重なる。無意識に高志は身を引いた。柔らかい感触が唇を覆う。この後自分が口にすべき言葉を思い浮かべると、少しだけ胸に圧迫感がせり上がってきた。
またしばし躊躇ったような間の後に、少し開いた高志の唇から茂の舌が入ってくる。その感触を得た瞬間、分かっているのにするんだな、と高志は諦念にも似た感情を覚えた。自分が今から告げる言葉を、茂は分かっている。分かっているからこそ、今少しだけ迷ったんじゃないのか。分かっているくせに。
高志は目を閉じると、茂の両肩を掴み、力を込めて身を離した。
「――細谷」
肩を掴まれて遠ざけられた茂は、驚く様子もなく、高志を見返してきた。自分の鼓動が突然強くなったのを感じながら、高志も茂の顔を見た。
そして高志は、何度も頭の中で繰り返した問いをついに口にした。今までどうしても聞くことができなかったことを。
「……もし俺が、もうこういうことしたくないって言ったら」
茂が、薄く開いていた口を閉じる。全て理解しているかのような表情をしている。高志は茂の肩から手を離した。
「お前……友達やめんの」
茂はしばらく答えなかった。
結局あの時に戻った。茂が暗闇の中で、明日から友達をやめていい、と言ったあの夜。高志はそこに直面することをずっと避けてきた。答えを出さないようにしていたその努力は、しかし単に先延ばしの効果しか持たなかった。
しばらく無言で見つめ合う。そして無表情に高志を見る茂の、その目に反射する光がひときわ強くなったように見えた瞬間、茂は目を逸らした。そうして俯く茂を、高志はただ見ていた。他の人間には見せない、多分高志にだけ見せているのかもしれない、茂の素の表情。結構よく泣くんだな、とぼんやりと思う。そして、その高志に対してすら、きっと茂は何か月もずっと意識して笑顔を作っていたに違いなかった。
「……言うなよ」
茂が、ようやく小さな声で言った。
それは高志が望んでいた返答ではなかった。そんなことはない、という言葉を高志は待っていた。しかし代わりに与えられたその答えは、茂が今でもその選択肢を手放していないことを言外に伝えてきた。
「……今日で最後にするから」
それでももうしたくない、と言える覚悟が高志にはなかった。何も言えなかった。
何度目かでゲームが終了した時、茂がそう言って、コントローラーを床に置いた。ぷよぷよを始めてから気付けば二時間以上経っていた。両腕を上にあげて伸びをし、数秒後に脱力する。一つ息をつく。
「疲れたか?」
「いや、大丈夫」
高志もチューハイの缶を手に取ったが、さっき飲み干して空になったことを思い出し、立ち上がった。
「お前もいる?」
「あ、欲しい」
冷蔵庫から缶を二本取り出して、居間に戻る。ビールを茂に手渡すと、高志も座って新しいチューハイの缶を開けた。一口飲むと、冷蔵庫から出したばかりのそれは随分と冷たく感じられた。
束の間、沈黙が訪れる。お互いに時折缶を口に運びながら、何を話すこともなく、並んで座っていた。横目で見ると、茂は缶を手に持ったまま少しだけ俯いている。気付かれないうちに視線を外して、高志は再びチューハイを一口飲んだ。
数秒後、今度は自分に向けられた視線を感じて、高志はまた茂の方を見た。こちらをじっと見ている茂と目が合い、はっとする。その瞬間が間もなく訪れることを察して、高志は身構えた。
茂は珍しく少し躊躇しているように見えた。しかし、やはり身を起こすと、高志に近付いてきた。そのまま唇が重なる。無意識に高志は身を引いた。柔らかい感触が唇を覆う。この後自分が口にすべき言葉を思い浮かべると、少しだけ胸に圧迫感がせり上がってきた。
またしばし躊躇ったような間の後に、少し開いた高志の唇から茂の舌が入ってくる。その感触を得た瞬間、分かっているのにするんだな、と高志は諦念にも似た感情を覚えた。自分が今から告げる言葉を、茂は分かっている。分かっているからこそ、今少しだけ迷ったんじゃないのか。分かっているくせに。
高志は目を閉じると、茂の両肩を掴み、力を込めて身を離した。
「――細谷」
肩を掴まれて遠ざけられた茂は、驚く様子もなく、高志を見返してきた。自分の鼓動が突然強くなったのを感じながら、高志も茂の顔を見た。
そして高志は、何度も頭の中で繰り返した問いをついに口にした。今までどうしても聞くことができなかったことを。
「……もし俺が、もうこういうことしたくないって言ったら」
茂が、薄く開いていた口を閉じる。全て理解しているかのような表情をしている。高志は茂の肩から手を離した。
「お前……友達やめんの」
茂はしばらく答えなかった。
結局あの時に戻った。茂が暗闇の中で、明日から友達をやめていい、と言ったあの夜。高志はそこに直面することをずっと避けてきた。答えを出さないようにしていたその努力は、しかし単に先延ばしの効果しか持たなかった。
しばらく無言で見つめ合う。そして無表情に高志を見る茂の、その目に反射する光がひときわ強くなったように見えた瞬間、茂は目を逸らした。そうして俯く茂を、高志はただ見ていた。他の人間には見せない、多分高志にだけ見せているのかもしれない、茂の素の表情。結構よく泣くんだな、とぼんやりと思う。そして、その高志に対してすら、きっと茂は何か月もずっと意識して笑顔を作っていたに違いなかった。
「……言うなよ」
茂が、ようやく小さな声で言った。
それは高志が望んでいた返答ではなかった。そんなことはない、という言葉を高志は待っていた。しかし代わりに与えられたその答えは、茂が今でもその選択肢を手放していないことを言外に伝えてきた。
「……今日で最後にするから」
それでももうしたくない、と言える覚悟が高志にはなかった。何も言えなかった。
0
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。
常世の守り主 ―異説冥界神話談―
双子烏丸
ファンタジー
かつて大切な人を失った青年――。
全てはそれを取り戻すために、全てを捨てて放浪の旅へ。
長い、長い旅で心も体も擦り減らし、もはやかつてとは別人のように成り果ててもなお、自らの願いのためにその身を捧げた。
そして、もはやその旅路が終わりに差し掛かった、その時。……青年が決断する事とは。
——
本編最終話には創音さんから頂いた、イラストを掲載しました!

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

騎士志望のご令息は暗躍がお得意
月野槐樹
ファンタジー
王弟で辺境伯である父を保つマーカスは、辺境の田舎育ちのマイペースな次男坊。
剣の腕は、かつて「魔王」とまで言われた父や父似の兄に比べれば平凡と自認していて、剣より魔法が大好き。戦う時は武力より、どちらというと裏工作?
だけど、ちょっとした気まぐれで騎士を目指してみました。
典型的な「騎士」とは違うかもしれないけど、護る時は全力です。
従者のジョセフィンと駆け抜ける青春学園騎士物語。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!
仁徳
ファンタジー
あらすじ
リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。
彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。
ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。
途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。
ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。
彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。
リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。
一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。
そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。
これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる