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第一章 辺境
第14話 漆黒のあるじ
しおりを挟む「――え? ローブを地面に?」
「はい~! さすがにリナスさんごと汚すわけにはいきませんから!」
ゴブリンのバンテの案内で、山あいにあるジェメリン集落へはすぐにたどり着くことが出来た。しかし俺の格好は目立ってしまうらしい。
そこでアグリッピナが言い出したのは、白のローブを一度地面に置いて欲しいということだった。
「……リナス。ピナは何を始めるつもりなの?」
「俺にもさっぱりだよ」
カニャンと俺とで顔を見合わせバンテに助けを求めるが、
「アグリさんがすることは分からないっす」
「そ、そっか」
「でも真っ白いローブのままじゃ目立つのは間違いないっす!」
要するに集落の連中にとって、非常に良くない色ってことだよな。意味が分からないものの、アグリッピナの言うとおりローブを脱いで地面に置いてみた。
すると、
「てりゃー!!」
アグリッピナは真っ黒い液体の入った瓶をひっくり返し、勢いよく白のローブにぶちまけた。
「ええええええ!?」
「――! ピ、ピナ……それ、リナスの……」
「お、おお! そ、そういうことっすか?」
俺の驚きに続きカニャンも動揺しているが、バンテは妙に納得しているようだ。
それにしたって何の迷いも黒くしてしまうなんて。
「ピナさん……それ、それを着ろと?」
「そのとおりです! あ、乾いたらでいいですからね!」
「いや、そうじゃなくて……黒い液体の効果は何だったのかなと」
「見てのとおりダークパウダー入りです! これをかければ、しばらく効果が切れることが無いので、漆黒の存在として見られるんですよー」
なんてこった……。
色々やらかす女性だと認識していたのに、まさかそこまでやるとは。
「しばらくそのままなうえに、漆黒? それってつまり――」
「はい~。上級な魔物さんとしてしか見えなくなります!」
俺、神官なのに。
辺境左遷で仕事にならないとはいえ、一応赴任中の身なのに嘘だろ?
「ダンナ、これは正解かもしれないっす! 集落の連中は一度敵とみなせば心を許すことは無い種族っすから。でも漆黒のローブを着ていればきっと大丈夫っす!」
ゴブリンの彼が言うならそうかもしれないが、悪気の無いアグリッピナにはあとで注意しとこう。
漆黒のローブが乾いたところで、
「じゃあ、ダンテが先導するっす。ダンナは最後尾で入ってくださいっす!」
「……そうするよ」
ようやくジェメリン集落に入ることになり、先頭はダンテ、次にアグリッピナ、カニャンで、俺は最後尾とされた。
集落に入ってすぐのこと。
侵入したダンテたちを全身黒衣の獣人が取り囲んだ。かなり警戒心が強い連中だったようで、尋問に近い言葉が飛び交っている。
しかし最後尾の俺は、少し離れて歩いていたせいか見向きもされていない。
「何者が侵入してきたかと思えば、オマエか? ダンテ」
「へっへへへ、どうもっす」
「……それと、危険な人間、アグリッピナ・コッタ……だな」
「はい、そうですー!」
やっぱりアグリッピナは危険人物として認められているのか。
「それから、猫族? フン、剣を持つ猫など不吉に値しない」
三人が囲まれる中、俺だけ暇なので周りを見回すと、ジェメリン集落が特徴的な場所だということに気づく。
山あいにある集落内部は奇妙な形をした岩が高所にいくつもあり、その岩を削って作り上げた住居が無数に並んでいる。
ほとんどの住居が高い位置にあるようで、地面に近いところには日の光が当たらず、大部分は影になっている――といったところだろうか。
「――ヌ? まだ何者かが侵入していたのか? まるで気配を感じられなかっ――!?」
どうやら俺もいたことに気づいたらしい。
しかし何やら様子が変だ。
「オォォ、あるじ! よくぞ戻られました!!」
「――へ?」
三人に詰め寄っていた黒衣の連中が囲みを解き、一斉に俺の前で跪いている。連中の他に、高所で見張っていた者たちも姿を見せて敬礼しているようだ。
この様子にダンテは大きく頷き、笑顔を見せた。
アグリッピナは反応が無いが、カニャンは嬉しそうに笑っている。
このまま乗っかるのはまずいが、まずは冷静になろう。
中心で話をしている集落の長らしき者に聞くことにする。
「あるじ……とは何の話を言っている?」
「さすがあるじ。相変わらずのご謙遜! 美しき漆黒のお召し物をされていながら、変わりなきお心であらせられる!」
漆黒の衣――なるほど。
もし白いローブのままだったとしたら、すぐにでも襲われていたわけだ。
「俺があるじならば、君たちは?」
「我らは、あるじを待ち続けたクロウ族。憎き人間に抵抗しうる力を蓄え、ここで備えて暮らす者……」
クロウ族――黒衣というか全身真っ黒いうえに、羽のある鳥人族か。
「憎き人間? それはどこに?」
「……不明。彼方の地に逃げて行ったと思われます」
「そうか」
もしかしてカニャンの故郷を襲った奴と同じ奴だろうか。
距離的に近いし可能性はありそうだが。
「憎き人間から隠し続け、我が娘は戦闘奴隷となるのを逃れました。ですが、あるじが戻られる日を待ち望み、戦闘に長けた娘に育てておきました。どうか、我が娘をあるじのそばに!」
「戦闘奴隷にされかけた……? え、それって――」
「漆黒の衣と違い、忌まわしき白き衣の人間。それを着た醜体の人間が娘を連れて行こうとしていたのです」
長がそう言うと、高所の岩から誰かが羽を広げて降りてくる。
見事なまでに長い黒髪、黒い瞳、立派な羽……。
長身をした上品そうな娘といったところだろうか。
そして、
「あるじ。わたくしを連れ出して頂けるのですね? この身はあるじに捧げるためのもの。どこへでもお連れ頂きたく思いますわ」
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