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第一章 辺境

第11話 忘れえぬ抵抗の記憶

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「カニャン、どうしたの?」
「ここ、いると思い出してくる……待ってた。ここで待ってた」
「んん?」

 マブロ神殿の神殿騎士になった姉アルミドはともかく、妹のカニャンは誰かをずっと待っていた。

 たまたま俺がク・ベルハに赴任して来たからこそ出会ったが、俺が現れなければカニャンは待ち続けていたことになる。

 ク・レセル村から追われ、なぜク・ベルハに逃れられたのか。それにこの村の様子はただごとじゃない。

 領土戦争の巻き込まれとは違う何かが起きた――か?

「カニャン。思い出せないかもしれないけど、もしこの村のことが気になるようなら歩き回って確かめるのがいいかもしれないよ」

 ここにあるのは滝に向かう隠し洞窟と、建築物が建っていたとされる小さな丘だけ。その丘の上でカニャンは何かを感じているようだ。

「……ん。カニャン、ここで待て、と言われた。でも、嫌だから逃げた……そしたら、みんな逃がしてくれた。でも……いなくなった」
「みんなが逃がしてくれたのかい? でも誰から……」
「…………」

 何も答えられないのか、カニャンは首を左右に振っている。
 これは思ったよりも深刻な話なのでは。

 さっきまで嬉しそうにしていたのに、かえって落ち込ませてしまっただろうか。
 そう思いながらカニャンの頭に触れた――はずだった。

「――つっ!?」

 一瞬何が起きたか分からなかった。

 だが触れようとした俺の手からしたたり落ちる鮮血とにじむ痛みの感覚。これはおそらく、カニャンが手にする神聖剣に斬られた証で間違いない。

 こんなことをする子じゃないが、ここで起きた抵抗の記憶が可能性がある。

「カニャン。落ち着いて、ここにいるのは俺だよ。リナス・ジョサイア。君の味方だ。知らない誰かじゃない」
「ウウウゥ……カニャン、は遠くに行かない……!! 近づくな、人間!」
「――!」

 まさかこの村とカニャンを襲ったのは人間なのか。
 何者かが連れて行こうとしての抵抗だとしたら……。

 そして村の者たちによってカニャンは辺境ク・ベルハに逃げた。
 その記憶がよみがえっての攻撃だとすれば。

「くっ、落ち着かせないと」
「……信じない、触れられたくない――待たない、待ちたくない!!」

 錯乱状態にあるせいか、カニャンは使えないはずの神聖剣を振り回し、的確に俺を狙って向かってくる。

 このまま攻撃を避けまくるだけでは意味がないし、俺の言葉が届きそうにない。
 多少荒療治になるが、拘束魔法で動きを封じるしか……。

「あれー? リナスさん、何やってるんですか? もしかして特訓だったりするんですか?」

 カニャンをどうするか迷っていたところに、落ち着いた状態のアグリッピナが戻って来た。彼女は一方的に攻撃を受けている俺を見ても全く驚いてもいない。

「いや、特訓じゃなくて……」
「って――ちちちち、血が出てるじゃないですか!! そんな本格的なんですか!?」

 そこには気付くのか。
 それなのにあくまで特訓として思っているとか、彼女らしいな。

「……俺の怪我のことは気にしないでいいんですが、ピナさん。今すぐカニャンを眠らせることって出来ますか?」
「ほ? あぁ~そうですか! カニャンちゃんを眠らせることが出来なかったから強引に言うことをきかせちゃった結果ですかー!」
「とにかく、出来るんならお願いします」

 錯乱状態のカニャンを大人しくさせるには、一度意識を閉ざさせるしかない。
 錬金術師っぽいアグリッピナならそれくらい出来るはず。

「では、とっておきを出しますよー!」

 そう言うとアグリッピナは、道具袋から何かの瓶詰めを取り出した。
 そして、

「とりゃぁー!!」

 暴れるカニャンと俺に向けて、をまき散らしてしまった。
 瓶は俺の頭上で割れ、含まれていたらしき効果がすぐに発揮。

「……な、んで俺まで……」
「ウゥ……」

 何をするか分からなかったせいで、魔法防御を展開する前に浴びてしまった。

「あぁぁー! ごめんなさい、間違えて強力な麻痺睡眠の土をかけちゃいました……これはですね、私が眠れない時に使うもので――」

 ――などと何か言っていたが、アグリッピナによって見事に眠らされた。
 それにしてもここが危険な場所じゃなくて良かった。

 しばらくして、

「……ねえ、リナス。リナス、起きて起きて」

 俺を起こす声が聞こえてきた。
 その声はアグリッピナではなく、どうやらカニャンのようだった。

「リナスがこんなところで眠り続けるの、やだ。せっかく思い出したのに、お姉さまみたいにわたしを置いて行くの?」

 それにしては言い方が違う気が。
 血はすでに引いていて痛みは無いようなので、目を開けて確かめることにする。

「カニャン……?」
「うん。わたしだよ、リナス」

 目を開けると、心配そうに耳をへたらせるカニャンの顔が間近にあった。
 てっきり姿かたちでも変わったかに思えたが、

「何だ、夢か」
「んん、違う。カニャンは思い出した。だから起きて?」

 この言い方。もしかして抵抗した過去の記憶が戻ったのか。
 それも俺じゃなくてアグリッピナの変な何かで?

「ほぅほぅ! 何だかよく分からないですけど、二人とも良かったじゃないですかー!」

 良かった、のか?
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