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第一章 辺境
第10話 旧跡ク・レセル村
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何故か自信満々なアグリッピナに案内され、俺とカニャンは断崖前に着いた。眼下からは、いくつもの流れる滝の音が聞こえている。
「リナス。ここ、どうやって降りる? 魔法で飛ぶ?」
「いや、さすがに飛べないよ。ピナさん、間違いなくここですか?」
「ええと、秘密の入口の場所を忘れてしまいまして~……ちょっと見てきてもいいですか?」
「いいですけど、気をつけてくださいよ」
急斜面にいるだけでも足がすくみそうになるのに、アグリッピナはお構いなしに崖下をあちこち覗き込んで探し始めた。
果たしてこんな危険な場所に隠れた村があるのだろうか。
「あーった! ありました!! リナスさん、ありましたよ!」
村の入口を見つけたのか、アグリッピナが騒ぎながら俺を呼んでいる。カニャンはその声にすぐに反応して、彼女のいるところに歩き出した。
しかしアグリッピナが立っている場所はどう見ても――。
「……リナス、怖い?」
「ははは、まさか」
高いところは得意じゃないが、カニャンには強気でいかねば。
「リナスさん。この真下に滝が流れているのが見えますか?」
「真下に……」
高い所から下を覗き込むのは中々難易度が高い。ただ、明らかに激しい滝が流れている音だけは耳に届いている。
「見えませんが、滝があるのは気配で分かりますよ」
「おほぉぉ! さすが神官さまです! それではお先に飛んでいいですか?」
「……はい? 飛ぶ――ってのは?」
「秘密の村へはここから飛ばないと行けないんですよー。村は滝の中にあるんです!」
正気なのか?
ここから飛んだら断崖下の海に落ちるのでは。
「……リナス。飛ばないなら、先、飛んでいい?」
「えぇ!? だ、大丈夫なの?」
「分からない。でも、大丈夫な気がする……」
カニャンの方が度胸がありそうだ。
「リナスさん、飛んだらなんと! 滝の中に吸い込まれるはずなので、海に落ちることは無いんですよー! ですので、安心して落ちて下さい!!」
「……」
不思議な女性だと思っていたが、まさか不思議な現象まで起こせるのか。
「リナス。カニャン、先に行く。滝の中で待ってる」
「え、ちょっ――」
「リナスさん、行きますよー!」
「あっ――」
――と言ってる間に、カニャンとアグリッピナだけが滝に向かって飛んでいた。
まさか遅れをとることになるとは。
最悪、使ったことが無い浮遊魔法で飛べばいいか。
そう思いながら、ここからは見えない真下の崖を目指して飛んでみた。
「えっ?」
するとアグリッピナが言っていたように距離的に届かない滝から、魔法のように風で吸い込まれる感覚があった。
そのまま滝の中にある洞窟に入ったと思ったら、着地まで成功していた。
「どうです? 私が言ったとおりのことが起きましたよね!」
「そ、そのようですね」
「ふふふ! 信用してもらえて何よりです」
「崖をくりぬいて作られた洞窟のようですが、ここが?」
「そうなんです! 秘密の入口です!」
激しく流れ落ちる滝の内側が見える一方、洞窟側は奥が続いているだけで人の気配は無い。だがアグリッピナがいた地下洞と違い、人工的な明るさがある。
秘密の入口ということらしいが、普通に入れる場所もありそうだ。
「あれ、カニャンはどこです?」
「あらっ? さっきまでここでリナスさんを一緒に待っていたのに、いませんね」
あの子が一人で勝手に行くなんて珍しいな。
「村ということは危険は無いんですよね?」
「はい、それはもう~」
「じゃあ俺たちも行きましょうか」
「喜んで!」
洞窟から村らしき入り口は歩いてすぐの所にあった。
カニャンはそこで俺たちを待っていた。
しかし獣人の姿はおろか、誰かがいる気配は一切感じられない場所だった。
「うーむむむ……誰もいないなんておかしいですよ」
「ここが話していた獣人の村なんですよね?」
「そうですよー! たくさんの獣人さんがいたんです。本当ですよ?」
そうは言いつつも、アグリッピナは不安そうな表情を見せた。
彼女とは逆に、入り口らしき柵の前で俺たちを待っていたカニャンは、猫耳を立てて尻尾を嬉しそうに振り回している。
「カニャン……ここ、懐かしい気がする。ここ、知ってる。いたことある……」
「懐かしい?」
「……ん。何か、分からないけど嬉しい」
「ふむ……」
そう言えばこの村の名前は――。
「おかしい、おかしいですよ。綺麗な景色だけが残って誰もいないなんて……しかも建物があったはずなのに全く無いなんておかしいですよ」
誰もいないのに魔法らしき力だけが残っているのは妙だな。
そういえば、
「ピナさん。この村の名前は何でしたっけ?」
「もう忘れたんですか~? ここはク・レセルですよ! 二年以上前に親切な獣人さんたちにお世話をしてもらいまして、地下洞まで飛ばしてもらったんですよー」
ク・レセル――聞き覚えがあるかと思っていたが、やはりここがそうなのか。
神殿騎士アルミド・クレセール、そして生き別れのカニャン・クレセール。
おそらくここがカニャンの故郷、ク・レセル村に違いない。帝国と王国の領土戦争に巻き込まれて獣人たちが村を追われた場所だ。
「ピナさん。ここはク・レセル村ではなく、旧跡となったク・レセル村だと思います」
「旧跡……え、そんな――うーんうーん……」
彼女は驚いているが、カニャンの反応は間違いないはず。
それに断言は出来ないが、かつてこの村はスキルに長けた獣人たちが暮らしていた村――そんな気がしてならない。
そう思っていると、
「リナス。こっち、来て」
何かを見つけたのか、カニャンが手招きしている。
アグリッピナは頭を抱えて考え込んでいるようなので、俺だけ向かうことにした。
「リナス。ここ、どうやって降りる? 魔法で飛ぶ?」
「いや、さすがに飛べないよ。ピナさん、間違いなくここですか?」
「ええと、秘密の入口の場所を忘れてしまいまして~……ちょっと見てきてもいいですか?」
「いいですけど、気をつけてくださいよ」
急斜面にいるだけでも足がすくみそうになるのに、アグリッピナはお構いなしに崖下をあちこち覗き込んで探し始めた。
果たしてこんな危険な場所に隠れた村があるのだろうか。
「あーった! ありました!! リナスさん、ありましたよ!」
村の入口を見つけたのか、アグリッピナが騒ぎながら俺を呼んでいる。カニャンはその声にすぐに反応して、彼女のいるところに歩き出した。
しかしアグリッピナが立っている場所はどう見ても――。
「……リナス、怖い?」
「ははは、まさか」
高いところは得意じゃないが、カニャンには強気でいかねば。
「リナスさん。この真下に滝が流れているのが見えますか?」
「真下に……」
高い所から下を覗き込むのは中々難易度が高い。ただ、明らかに激しい滝が流れている音だけは耳に届いている。
「見えませんが、滝があるのは気配で分かりますよ」
「おほぉぉ! さすが神官さまです! それではお先に飛んでいいですか?」
「……はい? 飛ぶ――ってのは?」
「秘密の村へはここから飛ばないと行けないんですよー。村は滝の中にあるんです!」
正気なのか?
ここから飛んだら断崖下の海に落ちるのでは。
「……リナス。飛ばないなら、先、飛んでいい?」
「えぇ!? だ、大丈夫なの?」
「分からない。でも、大丈夫な気がする……」
カニャンの方が度胸がありそうだ。
「リナスさん、飛んだらなんと! 滝の中に吸い込まれるはずなので、海に落ちることは無いんですよー! ですので、安心して落ちて下さい!!」
「……」
不思議な女性だと思っていたが、まさか不思議な現象まで起こせるのか。
「リナス。カニャン、先に行く。滝の中で待ってる」
「え、ちょっ――」
「リナスさん、行きますよー!」
「あっ――」
――と言ってる間に、カニャンとアグリッピナだけが滝に向かって飛んでいた。
まさか遅れをとることになるとは。
最悪、使ったことが無い浮遊魔法で飛べばいいか。
そう思いながら、ここからは見えない真下の崖を目指して飛んでみた。
「えっ?」
するとアグリッピナが言っていたように距離的に届かない滝から、魔法のように風で吸い込まれる感覚があった。
そのまま滝の中にある洞窟に入ったと思ったら、着地まで成功していた。
「どうです? 私が言ったとおりのことが起きましたよね!」
「そ、そのようですね」
「ふふふ! 信用してもらえて何よりです」
「崖をくりぬいて作られた洞窟のようですが、ここが?」
「そうなんです! 秘密の入口です!」
激しく流れ落ちる滝の内側が見える一方、洞窟側は奥が続いているだけで人の気配は無い。だがアグリッピナがいた地下洞と違い、人工的な明るさがある。
秘密の入口ということらしいが、普通に入れる場所もありそうだ。
「あれ、カニャンはどこです?」
「あらっ? さっきまでここでリナスさんを一緒に待っていたのに、いませんね」
あの子が一人で勝手に行くなんて珍しいな。
「村ということは危険は無いんですよね?」
「はい、それはもう~」
「じゃあ俺たちも行きましょうか」
「喜んで!」
洞窟から村らしき入り口は歩いてすぐの所にあった。
カニャンはそこで俺たちを待っていた。
しかし獣人の姿はおろか、誰かがいる気配は一切感じられない場所だった。
「うーむむむ……誰もいないなんておかしいですよ」
「ここが話していた獣人の村なんですよね?」
「そうですよー! たくさんの獣人さんがいたんです。本当ですよ?」
そうは言いつつも、アグリッピナは不安そうな表情を見せた。
彼女とは逆に、入り口らしき柵の前で俺たちを待っていたカニャンは、猫耳を立てて尻尾を嬉しそうに振り回している。
「カニャン……ここ、懐かしい気がする。ここ、知ってる。いたことある……」
「懐かしい?」
「……ん。何か、分からないけど嬉しい」
「ふむ……」
そう言えばこの村の名前は――。
「おかしい、おかしいですよ。綺麗な景色だけが残って誰もいないなんて……しかも建物があったはずなのに全く無いなんておかしいですよ」
誰もいないのに魔法らしき力だけが残っているのは妙だな。
そういえば、
「ピナさん。この村の名前は何でしたっけ?」
「もう忘れたんですか~? ここはク・レセルですよ! 二年以上前に親切な獣人さんたちにお世話をしてもらいまして、地下洞まで飛ばしてもらったんですよー」
ク・レセル――聞き覚えがあるかと思っていたが、やはりここがそうなのか。
神殿騎士アルミド・クレセール、そして生き別れのカニャン・クレセール。
おそらくここがカニャンの故郷、ク・レセル村に違いない。帝国と王国の領土戦争に巻き込まれて獣人たちが村を追われた場所だ。
「ピナさん。ここはク・レセル村ではなく、旧跡となったク・レセル村だと思います」
「旧跡……え、そんな――うーんうーん……」
彼女は驚いているが、カニャンの反応は間違いないはず。
それに断言は出来ないが、かつてこの村はスキルに長けた獣人たちが暮らしていた村――そんな気がしてならない。
そう思っていると、
「リナス。こっち、来て」
何かを見つけたのか、カニャンが手招きしている。
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