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第一章 辺境

第1話 元S級神官、左遷される

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 プルトア帝国南部にあるマブロ神殿。

 空高い天窓から光が降り注ぐ巨大な半球状の内部には、聖堂を中心に一つの居住区が形成されている。

 外周壁は全て厚みのある石造りで、数十本の円柱が全体を支えている荘厳な建物だ。最上階には、まるでちゅうに浮かんでいるかのようなドーム状の屋根、そして黄金の蛇や竜の装飾が施された神殿長の部屋がある。

 俺は神殿長の部屋に呼び出され、緊張しながら扉の前に立った。

「失礼します、神殿長。リナスです」

「入れ」

 頑丈な鉄扉を開け部屋へ入ると、神殿長と神官長の二人が待っていた。高級そうな椅子に寄りかかり、いぶかし気な表情で俺を見ている。

 部屋の隅には銀色のフルプレートアーマーに覆われた神殿騎士の姿があった。
 神殿騎士は神殿の外、孤児院、聖堂周辺に配置されていることが多く、護衛にはつかない。

 それだけにここにいるのは珍しいと言える。

 俺が部屋に入ると、中央に座るジャブロン神殿長は机に肘を力強くつき、手を組み始めた。
 血色のいい大柄でがっしりとした体つきだけあって、妙な迫力がある。

「なぜ呼び出されたのか理解しているな? リナス・ジョサイア!」
「……い、いいえ」

 神殿を頼る人々の為に働き、毎日のように魔力を使用し身を粉にして尽くしてきた俺が呼ばれる理由なんて見当もつかない。

 だが俺は密かに期待する。

 神殿長が呼び出した人間は何かしらの任命をされることが多く、俺がかつてS級神官とされた時と同じ状況にあるからだ。

「神殿長。もしかして神殿職復帰の任命をして頂ける話でしょうか?」

 俺の言葉に隣に座るゾルゲン神官長がほくそ笑む。
 ――と同時に神殿長はため息をつき、席を立って仕切りの奥へと引っ込んでしまった。
 
 その代わりと言わんばかりに神官長が身を乗り出し、口を割り込んでくる。

「お前の間違った発言に呆れられた神殿長に代わり、わしが答えてやる!」
「……任命の話ではないのですか?」
「リナスを任命……? 任命か。そうだ、それがいいな!」

 神官長は不審な笑みを浮かべ、わざとらしく手を叩く。
 
「喜べ! 今この時より、お前を神殿職に復帰させてやるぞ」

 などと、調子よく言い放つ。
 
「あ、ありがとうございます!」
「なぁに、お前の働きを評価したに過ぎん。さすがにいつまでも元S級神官と呼ばれ続けられるのは悔しいだろう? なあ?」

 あらかじめ用意していた答えなのか、神官長は嘲笑しながら声を張り上げた。

 神官長ゾルゲンは恰幅が良く態度もデカいうえ、この部屋の悪趣味な装飾と同じ金色の髪を伸ばしている。そして俺のことをしつこく元S級神官と呼ぶ男だ。

 ほぼ毎日のように小言を言い、俺をこき使う上司のような存在。神殿長にはごまをすり、神殿で働く女性にを出す陰湿さがある。

 俺が神殿に出戻って最初に頭を下げたのがゾルゲンだった。
 それをいいことにぞんざいな扱いをされ、元S級神官と言われ続けてきた。

 神官と名乗ることも許されずにきたが、ようやく"神官"として仕事を与えられることになりそうだ。
 
「では、神官復帰として最初の仕事は何ですか?」
「仕事……仕事か。手始めに、まず孤児院長をクビにして辺境に送れ!」
「えっ? な、なぜ孤児院長をクビにするのですか? それに私には権限がありません」
「神官リナス。これは神殿長からの任命だ! 権限など関係無い」

 俺の驚く声にゾルゲンがふんぞり返りながら言い放つ。

「元S級神官が雑用になり、今また神官に戻った。クビにする権限にかかわらず、力の魔法でいうことを聞かせられるはずだ!」

 ゾルゲンは一体何を言っているんだ?
 長でもない俺が誰かをクビになど、そんなことが出来るはずも無いのに。

 まして神官の魔法で酷い目に遭わせるなんてあり得ない。

「いいえ、私には出来ません! それに孤児院長は私とともに孤児の世話や、行事に尽力してきた人間です。クビになど出来るはずがありません!」

 マブロ神殿の良心の一人、孤児院長は雑用ばかりしていた俺にも優しく接してくれた方だ。優しく世話をしてくれた人をクビになど。

「……お前は孤児院長が何をしてきたのか知らないのか?」
「――と言いますと?」
「奴は孤児だからと言って、神殿に獣人の子どもを入れたのだぞ? 人間ならいざ知らず、よりにもよって獣をだ! 野蛮で知性の欠片も無い獣の面倒を見たところで何になる!」

 神殿は種族に関係無く救いを差し伸べるのが当然の場所だ。帝国領内にも多様な種族がいて、数は少ないが獣人も同じところに暮らしている。

 帝国が認めているのに神殿が拒むのは許されない。

「ゾルゲン神官長! それは間違っています。獣人だからと差別し、世話をしてきた孤児院長を責めるのはおかしい話ではないでしょうか?」

 俺の言葉に、部屋の隅で待機している神殿騎士が首《こうべ》を垂れた気がした。
 一方、ゾルゲンは仕切りの奥にいる神殿長におうかがいを立てている。

 いい返事をもらったのか、機嫌を良くして俺に向き合う。

「くはは! さすがは品行方正で優れた元S級神官! お前の気持ちはよく分かった! 二十二のひよっこにしてS級神官になっただけのことはあるな!」

 そう言い放ち、ゾルゲンは不気味なくらいの笑顔を見せている。

「それでは、孤児院長の件は……」
「孤児院長の件はそのまま保留とする。だが、リナス・ジョサイア。孤児院長に代わり、お前が辺境へおもむけ!」

 まさかと思うが、孤児院長の件を利用して俺を左遷するのが目的だったのか?
 神官に戻してこの仕打ちはあまりにも酷い。

「私が辺境に!? 神官が赴くということは、辺境の地で救いを求める者がいるのですか?」
「知らんな、辺境のことなど!」
「……そんな!」
「元S級神官のお前には辺境がお似合いだ! せいぜい獣どもに狩られないようにすることだな! くははっ!!」 

 神官長は俺を辺境に行かせて獣に始末させるつもりなのか。

「なぜ私がそんなところに……」
「なぜだと? お前はS級神官になっていい気になり、挙句の果てに神殿職の誘いを断ったではないか! お前は神殿の期待を裏切ったのだ! 事の重大さをよく分かっていないままにな!」

 S級神官に任命された時、俺は神殿の外にある村や町の求めに応じて祈りを捧げに行ったことがある。神殿職に正式に就くと外に出るのが難しくなるだけに、どうしても外に出る必要があった。

 村や町から要請があったにもかかわらず、どういうわけかゾルゲンは俺を疑ったまま神殿長に報告した。その結果俺は二十三歳になるまで神殿に入れず、出戻っても雑用係にされた。

 孤児院での雑用や孤児のお世話などをこなし神官の力で治癒も行なってきたのに、俺を嫌っているゾルゲンは聞く耳を持たなかった。

「し、しかし……!」
「わしが出戻りを許してやったというのに雑用ばかりに力を注ぎ、孤児の面倒などくだらないことばかりに力を使っていたではないか!!」
「待ってください! 雑用だけではなく、収穫祭や祈りを捧げて――」
「黙れ! おい、そこの神殿騎士! そいつを早いとこ辺境へ向かわせろ!!」
 
 何てことだ。出戻ってから本来やらなくてもいい過酷な仕事の数々をこなして、今の今まで絶え間ない仕事をこなしてきたのに。

 一切休みなく働かされるというブラックな環境。
 辛いのを耐え抜いてようやく神官に復帰したかと思えば、どうしてこんなことになるのか。
 
「神官リナス。あなたが赴く辺境は、ク・ベルハです」

 聞いたことが無い地名だ。少なくとも帝国領内じゃない可能性が高い。

「そ、そうですか」
「ではこちらへ……」

 俺の動揺をよそに、神殿騎士は言葉少なに神殿の外へと促す。
 女性の神殿騎士だったのは意外だが、何かが変わるわけじゃない。

 そのまま外へ連れて行かれるかと思えば、俺の部屋に寄ってくれた。

「あなたには旅支度を許されております。急ぎ支度を」

 表面上はクビではなく辺境への左遷。そのおかげか、旅支度を許された。

 自分の部屋を後にして再び神殿騎士について歩くと、すぐに神殿の外へ出た。
 誰にも挨拶出来ないせいで俺を見送る人の姿は無い。

 そのまま街道を歩こうとすると、

「お待ちください、リナス様」

 マブロ神殿前で俺を見送る神殿騎士に突然呼び止められた。

「何です?」
「……最強のS級神官リナス様。リナス様にどうかお願いしたいことがございます!」

 突然神殿騎士が頭を下げ、俺に膝をつく。
 何事かと思えば、

「……わたくしは神殿騎士アルミド・クレセールと申します。大変無礼な願いではありますが、生き別れとなったわたくしの妹……見習い聖女をあなたさまのお力で見つけ出して頂けませんか?」
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