森の魔女と訳あり王子の恋物語

るうあ

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がんばれ、リフレナス

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「リプってば、お人好しで損な性分だよね」
 笑って言ったのは、主である「森の魔女」だ。
 一応、感謝の意をこめているようだが、揶揄にしか聞こえない。
 気苦労が絶えないと、森の魔女の眷属リフレナスは嘆息まじりにつぶやく。最近とみにそうした愚痴が増えてきた。それでも構わずにはいられないのだから、主の言うように「損な性分」には違いないのだ。
 リフレナスの口の中では何匹もの苦虫が跳ねていて、噛み潰すのも一苦労だった。

 しかし、いかに「お人好し」と言われようと、許容できないことはある、とばかりにリフレナスは思いきり不機嫌な声で、主に文句をたれた。
「おい、なんの嫌がらせだ、これは」
 リフレナスは声だけでなく、長い尻尾を忙しなく上下させ、機嫌の悪さを見せつけてみる。
 リフレナスの主は困ったように笑っている。
「そんなんじゃないってば。しょうがなかったんだもん、そんなに怒らないでよ」
 リフレナスの主は年若い魔女だ。眷属も、先代から引き継いだリフレナスしかいなかった。が、それも過去の話となった、現在。
 森の魔女は眷属の機嫌をどうにか直そうと、焼きたてのライ麦パンと杏のジャム、新鮮なハーブで淹れたお茶をテーブルに並べる。もちろん食べ物でつられるリフレナスではない。
「だからといって猫はないだろう、猫は?」
「だって、可哀相じゃない」
「俺は可哀相じゃないのか?」
「だってリプなら大丈夫だと思ったんだもん」
「大丈夫じゃないとは言わないが、俺はネズミの形をとってるんだぞ? 少しは配慮しろ」
「じゃぁ、仔犬だったらよかったの?」
「そうは言ってないだろ」
「だから、しかたなかったって言ったじゃない。そりゃわたしだってちょっとは考えたよ? けど緊急だったし」
「ちょっとかよ」
「少しはって、リプ言ったじゃない。少しはって」
「揚げ足をとるんじゃない」
「もう、リプ、聞きわけ悪いよ?」
 森の魔女はわざとらしく口の先を尖らせて見せる。童顔といっていい顔が、さらに幼くなる。
 リフレナスの不機嫌の原因は何食わぬ顔をして窓辺に座って、森の魔女とリフレナスのやりとりを眺めている。にゃぁうと小さく鳴いて、前足で顔をこする。白い毛並みの体と、琥珀色の瞳の仔猫。猫の姿をしているが、その中身は精霊だ。すでに「名」も森の魔女から与えられている。
 しばらくは傍観の態でいた白猫だったが、黙っているのも飽きたようで口を挟んできた。
「済んだことはもうしょうがないじゃない? 今更どうこうできないんだもの、いい加減受け入れてよね」
 白の仔猫は呆れたようなまなざしをリフレナス……金褐色のネズミを見据える。いちいち煩いなぁと、若干煽り気味だ。リフレナスは長いひげをピンと伸ばし、負けじと白猫を睨めつけた。
 白い仔猫は森の魔女が新たに迎えた眷属だ。
 新たな眷属を迎えることになんら異存はなかったリフレナスだが、その姿を見た途端、唖然とした。
「いくらなんでも猫はないだろう」
 不平を鳴らすのも、もっともだろう。


 ほんの偶然から「眷属控え」になった、サラと名付けられた水属性の精霊は度々森の魔女のもとを訪れて、何日も居つくようになっていた。童女の姿をとることが多かったが、形は固定せず、気配だけがある、ということもあった。力、あるいは気配の弱い精霊だったが、森の魔女と会うことで魔力を増させていったようだった。森の魔女と意思疎通もできるようになっていったし、言葉も憶えていった。
 そんな折……それはつい昨日のことなのだが、森の魔女は出先の街で一匹の仔猫を拾った。親からはぐれ、野鳥に狙われ、仔猫は衰弱しきっていた。放っておけば、その日の晩を待たずに死んでしまっていただろう。森の魔女は手当てをし、治癒の魔法も試みたが、仔猫の命はもはや尽きかけていた。
 そして森の魔女は、決断した。


 魔女や魔術師が眷属を作る時、大抵は召喚魔法によって各属性の精霊を招ぶ。魔術によって招ばれた精霊は、動物の体内にその「精」を宿らせるのが定石だ。肉体を提示しない場合もあるが、それは召喚された精霊の力が強い場合に限る。肉体を与えるのは人間界に存在を近づけ、馴染ませるためだ。小動物であることが多い。精霊に適合する肉体(器)というものがあり、小動物であればその確率が上がる、森の魔女はそれを今は亡き師匠から教えられていた。
 リフレナスもそうだった。風属性の精霊だったリフレナスは、元の主との契約時に、ネズミの器を提供された。
 精霊を宿した生き物は次第に精霊の「精」に体を変成されていく。ゆえに長命になり、またその形を、主の魔力を元にして変化させることもできるようになるが、最初に提供された肉体は保持される。
 死んだ生き物の肉体に精霊を宿すことはできないが、僅かにでも命があるのなら、「精」を宿すことで命を繋げることができる。
 こうして、森の魔女は死にかけていた仔猫に、「眷属控え」だった水属性の精霊を入れたのだ。
「サラが入ることによって助かるならって、思ったんだもの」
 主のしたことを、リフレナスは非難しきれない。ただ、少しばかり文句を言いたくなるというものだ。
 自分はネズミで、新参者の眷属が「猫」だとは、あまりにも間が悪すぎる。
「あたしは猫だけど」
 笑みを含んだ声で、サラは言う。
「あんたのこと、取って食べたりはしないわよ? だってほら、一応、先輩なんですものね?」
 今ではすっかり猫の身体に馴染んだサラは、肉体が雌だったこともあって。口調もそれ風になっている。しかもかなり生意気そうだ。
「だから、せめて尻尾動かすの、ちょっと控えてくれないかな? 気になって仕方ないのよね、猫的に」
「…………」
 条件反射的に、リフレナスは尻尾の動きを止めた。自身の反応にリフレナスはさらに不機嫌になる。
「……先輩だと思うんなら、それらしくしろ」
 態度で示せと、リフレナスは権高に言ってみせるが、サラは竦む様子もない。暢気に顔を拭っている。
「ね、ふたりとも、仲良くして?」
 困り切った様子の主を見てしまっては、リフレナスも折れるしかない。
「サラ、リプのこと追いまわしちゃだめだよ? しばらくは猫の本能が勝っちゃうかもしれないけど」
「分かってる、気をつけるわ。ふさふさの尻尾につい手を出さないように、ね?」
 ませた口調は白猫の身体に合っていて、森の魔女は微笑んでしまう。リフレナスはといえばとっさに尻尾を抱きこむようにして隠し、その様子がまた森の魔女には可笑しくて堪らなかった。
「サラ、会わせたい人がいるから、明日は一緒にお出かけしようね」
 言って、森の魔女は白猫の頭を撫ぜた。
「あら、楽しみ。キラの恋人の王子様ね?」
「うん」
 森の魔女ははにかんで笑った。キラ、とは森の魔女の秘められた名だ。キラはその名は王子以外の誰にも聞かせちゃダメだよ、とサラに念を押しておく。どうもお喋りな性質のようで、うっかり漏らしそうなのが心配だった。「分かってる」とサラは気軽に応じるが、大丈夫かなぁとキラは首を捻ってしまう。眷属の教育も、リプに改めて頼まなければ。
「じゃぁ明日はその王子様のいるお城に行けるのね! とっても美男子なんでしょう? 会うのが楽しみだわ」
「浮かれて羽目をはずすのはダメだからね、サラ」
「あら、王子様は猫が苦手なの?」
「そんなことはないけど。王子はともかく、周りの目もあるから」
 森の魔女の頭に浮かんだ顔は、老練な執事の顔だった。親切だけれど、厳格な方だ。心証は悪くしたくない。王子にも迷惑をかけたくない。
「わかってる。ちゃんとお行儀良くするわ。人間界のこと、ある程度は知ってるのよ、これでも」
 精霊の頃の知識のようだ。好奇心旺盛で、あちこち飛び回っていたのだとサラは言う。
 精霊にもいろいろあるんだなと、森の魔女はリフナレスを見やった。
「そんなわけだから、リプ」
「…………」
 リフレナスはすっかり冷めきっていたハーブティーをすすっていた。何が「そんなわけだから」なのか、いちいち聞くこともない。
「留守番してりゃいいんだろ」
「うん、お願い」
 礼を言ってから、キラはリフレナスの頭を人差し指で撫でてやる。
「よせ、痛い」
「でね、リプ。ついでなんだけど」
 留守番のついでに、とキラは付け足した。薬草の選別と魔石の研磨、消費期限の切れた魔法薬の処分、それから……と、どんどん用事を挙げていく。
「いずれサラにもお手伝いしてもらいたいから、その下準備も。リプは知識も豊富で教えるの上手だから、サラも、楽しみにしてていいよ」
「それは、楽しみね」
 キラとサラは微笑み合って、むっつりと黙りこんでいる金褐色のネズミを見やった。不機嫌そうにしてつれない態度をとっているけれど、その実とても世話焼きで、面倒見がいいリフレナスだ。きっとサラの良き教育係となるだろう。時々は不平を鳴らしながらも、きっちり世話を焼いてくれる。そんなリフレナスの姿が容易に想像できる。
「ほんとにリプってば、損な性分だよね」
 お気楽な口調で、主は笑う。その腕に抱きかかえられた白い猫も、笑っている。
 リフレナスはがっくりうな垂れ、大きなため息をひとつ吐く。
「だからすっごく助かってるの。ありがとう、リプ」
 そう言われてしまっては、リフレナスも抗えない。
 とはいう、「がんばってね」と言われても、素直に「はい」とは頷けない。不本意ではないような、不本意なような。
 リフレナスは奥歯で苦虫を噛み潰す。
 ほうっておけない自分の性分も分かっているから、主の意に従うよりないのだ。

「……勘弁してくれ……」
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