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百花の華香
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森の魔女は両腕いっぱいに、多種類の花を抱えていた。街で購入した花もあるが、多くは自身が育てた花だ。色とりどりで、甘い香もまとっている。
「王子!」
駆け寄ってくる森の魔女の顔は、半分以上が花で埋もれてしまっている。
王子と呼ばれ、振り返ったのは、咲き匂う花の色にも劣らぬ美貌の青年だ。亜麻色の髪と瞳、甘やかな雰囲気をまとう青年は、名をセレンという。国境領地の領主という地位に就いているが、二十半ばにも満たない若さだ。駆けてくる黒髪の娘は「森の魔女」だ。森の魔女は未だ二十歳には届かない年頃だ。
「魔女殿、慌てて転ばないようにね。置いていったりはしないから」
「はい。でも、なんだか気が逸っちゃって」
花束を抱きしめながら、森の魔女は門前で待機している馬車に目をやった。そこにはセレンの執事ハディスが佇立していた。どうやらハディスが馭者を勤めるらしい。二人乗りの四輪馬車、小ぶりといえば小ぶりの馬車だが、しつらえの立派な馬車で、森の魔女が普段使用する荷馬車とは大違いだ。
それにしても、まさかハディスが馭者役までこなすなんてと森の魔女は内心驚いていた。おそらく、これから行く場所を考慮してのことなのだろう。もしかしたらセレンが頼んだのかもしれない。
老練な執事は森の魔女の視線を受け、目礼で応じた。馬車の戸を開けて、セレンと森の魔女を招じる。
セレンに促されて森の魔女は馬車に腰かけた。覆いは開けられている。風も穏やかで、気持ち良い晴天だ。
森の魔女は、少なからず緊張していた。
セレンと隣り合って場所に乗り、出かける、というのはめったにない。しかもハディスまでいるのだから、緊張しないでいられるはずもない。
だが、嬉しくもある。
出かける先は、セレンの母の墓所だ。
森の魔女ひとりでも墓参には何度か出かけていたが、思いかえしてみれば、二人で出かけるのは初めてのことだった。
城下の街から少し離れた小高い丘の上に、墓苑はある。
領民との共同の墓苑であるため敷地は広い。この墓苑は、領主たるセレンが定期的に人を遣って整備をし、管理している。花壇もところどころにあり、今が盛りと色とりどりの花を咲かせている。
「好いお天気で、本当に良かった」
森の魔女は空を仰ぎ、深呼吸をする。高いところで鳥が鳴いているのも、耳に心地よい。
「魔女殿が、昨夜の雨雲をはらってくれたのだと思っていたけど?」
「まさか。わたしはお師匠様ほど天候を操るのは得意じゃないんです。晴れたらいいなぁと、祈りはしましたけど」
「祈りの効力があった、ということでは?」
「うーん……そんな感じはしませんけど」
「そこは、祈りが通じたといってしまっても、天の神はお怒りにならないと思うよ」
「なるほど。そうかもですね。それなら、感謝を捧げなくちゃ。今日が良き日であることを」
森の魔女が笑み、セレンも微笑み返す。森の魔女の緊張も、やっと解けたようだった。
セレンは森の魔女の黒髪を、半ば無意識に手に取っていた。魔力に関わるから伸ばし続けなさいと先代の森の魔女に言われ、それを忠実に守っている。長い長い、黒髪。黒絹のようになめらかで、やわらかい。
森の魔女の髪に触れるのが、セレンは好きだった。
いや、髪だけではなく、森の魔女のすべてに触れたいと重い、おおよそそれを実行しているのだが。
やがて馬車は墓苑に到着した。墓苑の入り口でハディスを待たせ、森の魔女とセレンは、目的地であるセレンの母の場所へと向かった。
セレンの母が夭折し、六年が経つ。
セレンの母が亡くなってからさほどの日を置かず、王都から使者がやってきた。非公式のようではあったが、それは「父」の使者、つまり国王陛下からの弔問の使者だった。セレンから礼儀として訃報は届けておいた。だがまさかこれほど早くに弔問の使者を送ってくるとは思いもよらなかった。
セレンにとって「父」は、遠い存在だ。対面したのも数えるほどしかない。国王陛下としての認識の方が強いため、「父」という感覚は希薄といっていい。
使者から型通りの悼辞を受け、セレンもまた型通りの謝辞を述べた。
使者は国王陛下から託されていた銀の小箱をセレンに渡した。「ともに埋葬してほしい」との事付けだった。
受け取りを拒絶するほど、セレンも頑なではない。
改めて「父」の気持ちを汲んで、受け入れた。
受け取った銀の小箱は、中身を見ぬまま、母の墓所に埋葬した。
箱の中身を見るな、とは言われなかった。しかしセレンは箱の中身を改めなかった。見るべきではない気がした、というより、見なくともいい、といった気持ちの方が大きかった。
色好みで、母の他にも複数の愛人を持っていた「父」ではあるが、不思議と恨みをもたれにくい人だった。もちろんまったく恨みをかっていないわけではなかったろうが、少なくともセレンの母は、「国王陛下」を恨むようなことはなかった。
セレンの母は、国王陛下の寵愛を得、セレンを生んだことを些かも後悔していなかった。ならばセレンも、「父」に恨みをいだく理由はない。
弔問の使者を遣り、母を悼んでくれた。
それで十分だ、とセレンは思った。
母は、不幸ではなかった。
そう思っていたし、その想いはいまも変わらない。
そして、自分もまた……――
母の墓前に立ち、セレンは黙していた。
名の記された石碑は、いたって簡素なものだ。苔むすこともなく、石碑はきれいに拭き清められている。
黙然と立つセレンの傍で、森の魔女もまた静かに佇んでいる。用意してきた花束を供えることも忘れて、セレンの端正な横顔を眺めていた。
時がとまったかのような、静寂。鳴きかわす鳥の声も遠い。けれど重苦しくはない、穏やかで清涼な閑静さだ。
伏しがちに視線を落としていたセレンだったが、やおら顔を上げ、傍で佇んでいる森の魔女に微笑を向けた。
「ありがとう、……キラ」
極上の笑みと、秘された己の名が、森の魔女……キラの頬を瞬く間に赤くさせた。
「え、あのっ、ありがとうって」
「花をいつもたくさん手向けてくれて」
「それは……王子のお母様、花がとてもお好きでいらっしゃったし……」
「それに、キラ、君のこともとても好いていたから。こうして一緒に来てくれて、母も喜んでいると思う」
「そう……だと、いいな」
キラは恥ずかしげに俯いた。花束はまだ抱えたままでいるのだが、手向けることをすっかり忘れてしまっている。
花束の中、薄青色の小花がキラの頬に当たり、細い茎を緩やかに曲げていた。
セレンはそっとキラの頬に手を伸ばした。そして腰をかがめ、キラの顔を覗き込む。
「キラ、下ばかり向いてないで、私のことを見てくれないかな?」
「な、なんだか王子の顔まぶしくて、まともに見られないんですっ」
素直すぎるキラの反応に、セレンは思わず口元をほころばせた。
「君という光を反射しているせいだよ、それは」
「そっ……っ、そ、そん」
「そういう気障台詞を何気なく言わないでください、かな?」
セレンはいたずらっぽく笑って、キラが詰まらせた言葉を代言した。
「やっ、ちょっ、もう、王子……セレンってばっ!!」
恥じらいに顔を茹だらせているキラは、頬に添えられているセレンの手から逃れようと、少し身体を捩らせた。
あっさり手を引いたセレンだったが、キラを逃すつもりはない。
小柄な黒髪の魔女は、たやすくセレンに捕らえられてしまう。
「気障ついでにもう一言。……君を想っているよ、キラ。誰よりも、いつまでも」
そして深紅のはなびらとともに、優しく口づけた。
「……っ! ちょっ、セ、セレンてば、こんなとこでっ」
これ以上はないくらいに赤面しているキラの頬に、セレンは再び接吻した。
「私達がいかに愛し合って、幸せでいるか、母に報告をしなくてはと思って」
「…………っ」
優艶と微笑むセレンに、もはやキラは何も言い返せない。
心の中で、キラもセレンの母にそれを告げていたのだから。
真っ赤になっているキラから強引に寄越された花束を、セレンが墓前に手向けようとしたその時。
突風が吹きぬけ、いくつかの花が風に散らされ、舞い上がった。
青空に吹き上がっていった、色とりどりの花びら。鳴き交わしている鳥のさえずりが風を誘い、花びらを躍らせているようだった。
「きれいだ」
「うん、ほんとにきれい」
まぶしそうに空を眺め呟いたセレンに、キラは笑顔で頷く。
光を含む黒曜石の瞳、白珠の肌に浮き上がる、ほんのりと紅潮したバラ色の頬、さくらんぼのような甘酸っぱい唇…………。
多様な形、多彩な色を持つ花のように、キラは甘い香りを含ませ、鮮やかな光を放ち、セレンを照らす。
――君がいる世界は、なんと美しい光彩と音色に満ちているのだろう。
花の色が多彩で鮮麗だということ、そして甘美なものだということを、君と出逢えてこそ知りえたのだよ、私のキラ……――
「君が居てくれて、本当によかった」
キラの手を取り、指先に口づける。「ありがとう」と、感謝を示したのだが、キラは顔を真っ赤にして照れまくり、「そういう恥ずかしいことさらっとするやめてくださいっ」と文句をつけてくる。本気で怒ってはいないのだが、照れ隠しに怒ったふりをしてみせるキラを見るのが、セレンの愉しみのひとつでもある。
「恥ずかしいことなど、何もないけれど」
「わたしが恥ずかしいんですってば!」
いつもと変わらぬやりとりだ。
それを亡き母に見せたかった、という意図もセレンにはある。
他愛無く、幸福な日々を愛しい「森の魔女」とともに、過ごしている、と。
そしていつかそれを父に知らせたいとも、セレンは考えている。心から愛し合える人と出逢えたのだと。
――いや、それよりまず。
セレンは微笑んで、傍らに添うキラを見つめた。キラの澄んだ瞳がセレンを映し、ほころんだ笑みは可憐な花のようだ。無防備ですらある、明朗な花。
「好きだよ、キラ」
その一言を告げて、セレンはかけがえのない唯一の光、煌めく花をその腕に抱きしめる。
「王子!」
駆け寄ってくる森の魔女の顔は、半分以上が花で埋もれてしまっている。
王子と呼ばれ、振り返ったのは、咲き匂う花の色にも劣らぬ美貌の青年だ。亜麻色の髪と瞳、甘やかな雰囲気をまとう青年は、名をセレンという。国境領地の領主という地位に就いているが、二十半ばにも満たない若さだ。駆けてくる黒髪の娘は「森の魔女」だ。森の魔女は未だ二十歳には届かない年頃だ。
「魔女殿、慌てて転ばないようにね。置いていったりはしないから」
「はい。でも、なんだか気が逸っちゃって」
花束を抱きしめながら、森の魔女は門前で待機している馬車に目をやった。そこにはセレンの執事ハディスが佇立していた。どうやらハディスが馭者を勤めるらしい。二人乗りの四輪馬車、小ぶりといえば小ぶりの馬車だが、しつらえの立派な馬車で、森の魔女が普段使用する荷馬車とは大違いだ。
それにしても、まさかハディスが馭者役までこなすなんてと森の魔女は内心驚いていた。おそらく、これから行く場所を考慮してのことなのだろう。もしかしたらセレンが頼んだのかもしれない。
老練な執事は森の魔女の視線を受け、目礼で応じた。馬車の戸を開けて、セレンと森の魔女を招じる。
セレンに促されて森の魔女は馬車に腰かけた。覆いは開けられている。風も穏やかで、気持ち良い晴天だ。
森の魔女は、少なからず緊張していた。
セレンと隣り合って場所に乗り、出かける、というのはめったにない。しかもハディスまでいるのだから、緊張しないでいられるはずもない。
だが、嬉しくもある。
出かける先は、セレンの母の墓所だ。
森の魔女ひとりでも墓参には何度か出かけていたが、思いかえしてみれば、二人で出かけるのは初めてのことだった。
城下の街から少し離れた小高い丘の上に、墓苑はある。
領民との共同の墓苑であるため敷地は広い。この墓苑は、領主たるセレンが定期的に人を遣って整備をし、管理している。花壇もところどころにあり、今が盛りと色とりどりの花を咲かせている。
「好いお天気で、本当に良かった」
森の魔女は空を仰ぎ、深呼吸をする。高いところで鳥が鳴いているのも、耳に心地よい。
「魔女殿が、昨夜の雨雲をはらってくれたのだと思っていたけど?」
「まさか。わたしはお師匠様ほど天候を操るのは得意じゃないんです。晴れたらいいなぁと、祈りはしましたけど」
「祈りの効力があった、ということでは?」
「うーん……そんな感じはしませんけど」
「そこは、祈りが通じたといってしまっても、天の神はお怒りにならないと思うよ」
「なるほど。そうかもですね。それなら、感謝を捧げなくちゃ。今日が良き日であることを」
森の魔女が笑み、セレンも微笑み返す。森の魔女の緊張も、やっと解けたようだった。
セレンは森の魔女の黒髪を、半ば無意識に手に取っていた。魔力に関わるから伸ばし続けなさいと先代の森の魔女に言われ、それを忠実に守っている。長い長い、黒髪。黒絹のようになめらかで、やわらかい。
森の魔女の髪に触れるのが、セレンは好きだった。
いや、髪だけではなく、森の魔女のすべてに触れたいと重い、おおよそそれを実行しているのだが。
やがて馬車は墓苑に到着した。墓苑の入り口でハディスを待たせ、森の魔女とセレンは、目的地であるセレンの母の場所へと向かった。
セレンの母が夭折し、六年が経つ。
セレンの母が亡くなってからさほどの日を置かず、王都から使者がやってきた。非公式のようではあったが、それは「父」の使者、つまり国王陛下からの弔問の使者だった。セレンから礼儀として訃報は届けておいた。だがまさかこれほど早くに弔問の使者を送ってくるとは思いもよらなかった。
セレンにとって「父」は、遠い存在だ。対面したのも数えるほどしかない。国王陛下としての認識の方が強いため、「父」という感覚は希薄といっていい。
使者から型通りの悼辞を受け、セレンもまた型通りの謝辞を述べた。
使者は国王陛下から託されていた銀の小箱をセレンに渡した。「ともに埋葬してほしい」との事付けだった。
受け取りを拒絶するほど、セレンも頑なではない。
改めて「父」の気持ちを汲んで、受け入れた。
受け取った銀の小箱は、中身を見ぬまま、母の墓所に埋葬した。
箱の中身を見るな、とは言われなかった。しかしセレンは箱の中身を改めなかった。見るべきではない気がした、というより、見なくともいい、といった気持ちの方が大きかった。
色好みで、母の他にも複数の愛人を持っていた「父」ではあるが、不思議と恨みをもたれにくい人だった。もちろんまったく恨みをかっていないわけではなかったろうが、少なくともセレンの母は、「国王陛下」を恨むようなことはなかった。
セレンの母は、国王陛下の寵愛を得、セレンを生んだことを些かも後悔していなかった。ならばセレンも、「父」に恨みをいだく理由はない。
弔問の使者を遣り、母を悼んでくれた。
それで十分だ、とセレンは思った。
母は、不幸ではなかった。
そう思っていたし、その想いはいまも変わらない。
そして、自分もまた……――
母の墓前に立ち、セレンは黙していた。
名の記された石碑は、いたって簡素なものだ。苔むすこともなく、石碑はきれいに拭き清められている。
黙然と立つセレンの傍で、森の魔女もまた静かに佇んでいる。用意してきた花束を供えることも忘れて、セレンの端正な横顔を眺めていた。
時がとまったかのような、静寂。鳴きかわす鳥の声も遠い。けれど重苦しくはない、穏やかで清涼な閑静さだ。
伏しがちに視線を落としていたセレンだったが、やおら顔を上げ、傍で佇んでいる森の魔女に微笑を向けた。
「ありがとう、……キラ」
極上の笑みと、秘された己の名が、森の魔女……キラの頬を瞬く間に赤くさせた。
「え、あのっ、ありがとうって」
「花をいつもたくさん手向けてくれて」
「それは……王子のお母様、花がとてもお好きでいらっしゃったし……」
「それに、キラ、君のこともとても好いていたから。こうして一緒に来てくれて、母も喜んでいると思う」
「そう……だと、いいな」
キラは恥ずかしげに俯いた。花束はまだ抱えたままでいるのだが、手向けることをすっかり忘れてしまっている。
花束の中、薄青色の小花がキラの頬に当たり、細い茎を緩やかに曲げていた。
セレンはそっとキラの頬に手を伸ばした。そして腰をかがめ、キラの顔を覗き込む。
「キラ、下ばかり向いてないで、私のことを見てくれないかな?」
「な、なんだか王子の顔まぶしくて、まともに見られないんですっ」
素直すぎるキラの反応に、セレンは思わず口元をほころばせた。
「君という光を反射しているせいだよ、それは」
「そっ……っ、そ、そん」
「そういう気障台詞を何気なく言わないでください、かな?」
セレンはいたずらっぽく笑って、キラが詰まらせた言葉を代言した。
「やっ、ちょっ、もう、王子……セレンってばっ!!」
恥じらいに顔を茹だらせているキラは、頬に添えられているセレンの手から逃れようと、少し身体を捩らせた。
あっさり手を引いたセレンだったが、キラを逃すつもりはない。
小柄な黒髪の魔女は、たやすくセレンに捕らえられてしまう。
「気障ついでにもう一言。……君を想っているよ、キラ。誰よりも、いつまでも」
そして深紅のはなびらとともに、優しく口づけた。
「……っ! ちょっ、セ、セレンてば、こんなとこでっ」
これ以上はないくらいに赤面しているキラの頬に、セレンは再び接吻した。
「私達がいかに愛し合って、幸せでいるか、母に報告をしなくてはと思って」
「…………っ」
優艶と微笑むセレンに、もはやキラは何も言い返せない。
心の中で、キラもセレンの母にそれを告げていたのだから。
真っ赤になっているキラから強引に寄越された花束を、セレンが墓前に手向けようとしたその時。
突風が吹きぬけ、いくつかの花が風に散らされ、舞い上がった。
青空に吹き上がっていった、色とりどりの花びら。鳴き交わしている鳥のさえずりが風を誘い、花びらを躍らせているようだった。
「きれいだ」
「うん、ほんとにきれい」
まぶしそうに空を眺め呟いたセレンに、キラは笑顔で頷く。
光を含む黒曜石の瞳、白珠の肌に浮き上がる、ほんのりと紅潮したバラ色の頬、さくらんぼのような甘酸っぱい唇…………。
多様な形、多彩な色を持つ花のように、キラは甘い香りを含ませ、鮮やかな光を放ち、セレンを照らす。
――君がいる世界は、なんと美しい光彩と音色に満ちているのだろう。
花の色が多彩で鮮麗だということ、そして甘美なものだということを、君と出逢えてこそ知りえたのだよ、私のキラ……――
「君が居てくれて、本当によかった」
キラの手を取り、指先に口づける。「ありがとう」と、感謝を示したのだが、キラは顔を真っ赤にして照れまくり、「そういう恥ずかしいことさらっとするやめてくださいっ」と文句をつけてくる。本気で怒ってはいないのだが、照れ隠しに怒ったふりをしてみせるキラを見るのが、セレンの愉しみのひとつでもある。
「恥ずかしいことなど、何もないけれど」
「わたしが恥ずかしいんですってば!」
いつもと変わらぬやりとりだ。
それを亡き母に見せたかった、という意図もセレンにはある。
他愛無く、幸福な日々を愛しい「森の魔女」とともに、過ごしている、と。
そしていつかそれを父に知らせたいとも、セレンは考えている。心から愛し合える人と出逢えたのだと。
――いや、それよりまず。
セレンは微笑んで、傍らに添うキラを見つめた。キラの澄んだ瞳がセレンを映し、ほころんだ笑みは可憐な花のようだ。無防備ですらある、明朗な花。
「好きだよ、キラ」
その一言を告げて、セレンはかけがえのない唯一の光、煌めく花をその腕に抱きしめる。
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