森の魔女と訳あり王子の恋物語

るうあ

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たとえば、君と 2

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 急いで朝食を済ませ、森の魔女はリフレナスと並んで館を出た。隣に居る青年が眷属のリフレナスと分かっていても、ひどく落ち着かない。
「そうだ、リプ。リプのこと、街の人には魔女の眷属だってこと、言わない方がいい?」
 少しの間を置いてから、リフレナスは「そうだな」と応じた。「おまえの好きにしたらいい」と投げやりとも言える返事だった。リフレナス自身は別にどちらでもと考えていた。今後のことを考えれば初めから眷属だと説明しておいた方がいいような気もするが、ここは主の意思を尊重すべきだろう。
「それじゃぁ……えぇっと……知り合いの同業者ってことにしておいていいかな?」
「魔法使いってことか」
「うん、ただの知り合いってことより、その方が変な誤解されにくいかなぁって」
 変な誤解とやらがどんなものかリフレナスにはいまひとつ理解できなかったが、「そうだな」と曖昧な相槌はうっておいた。
 仏頂面ではあるけれど、人目を惹くといっていい容貌だ。日ごろ王子のきらきらしい美貌を見慣れている森の魔女の目から見ても、リフレナスは整った顔立ちの好青年といえる。やや浅黒く、金褐色の目つきは鋭いが、街の女の子たち騒がれそうな容姿といえる。そこに森の魔女の眷属だなどという神秘性まで加わっては、女の子たちの好奇心は増大し、面倒な騒ぎが起きてしまいかねない。街の女の子たちは、いつでも新鮮な衝撃を求めているのだ。辺境地に住む女の子たちの、ある種の領民性ともいえる。
「あ、でも、王子にはちゃんと紹介させてね、リプ」
「……ああ」
 答えてから、リフレナスは小さなため息をひとつ吐いた。


 森の魔女の予想通り、リフレナスは行きかう人々の目を惹いた。好奇に満ちた視線を送ってくるほとんどが若い娘だ。大抵は遠巻きに眺めているだけだが、その視線だけでもリフレナスには十分にわずらわしい。だからもうあえて無視して気に留めぬことにした。久しぶりの「変化」なのだ。まず、二足歩行自体が久しぶりだった。人間に変化した時点で意識は切り替わり、二足で立って歩くことを不便に感じることはない。とはいっても、体の大きさの違いにはまだ少しばかりなれない。うっかりすると物や人にぶつかってしまう。
 肩より少し長いくすんだ褐色の髪が風に乱されて、リフレナスはうっとうしげに前髪をかきあげた。視界の広さ、高さにもずいぶん慣れてきた。いつも見上げることの多い主の顔が、今は下方にある。
 リフレナスの目に、森の魔女は頼りなげな少女のように見えた。ほっそりとして小柄で、豊かな黒髪がより一層その体を小さく見せている。
 ネズミ視線でも、その印象はあまり変わらないのだが。
「魔女さん!」
 生鮮市場で野菜や果物をあらかた買い求めたところで、森の魔女と親しい女の子たちが機をはかって、近寄ってきた。一人二人と、気付けば森の魔女とリフレナスは女の子たちに囲まれた。
 リフレナスが一人で歩いているだけならば、ここまで好奇の目に晒されることはなかったろう。たしかに整った顔立ちではあるが、たとえば亜麻色の髪と瞳の美貌の「ご領主さま」と比べれば、地味めな容貌だ。森の魔女と連れだっているから目立つのだし、興味もわくのだ。森の魔女は、自分も目立つ存在なのだということに自覚がないようだ。
 しばらくの間、森の魔女とリフレナスは女の子たちの質問攻めにあっていたが、そのうちにリフレナスが痺れを切らした。不機嫌な顔がみるみるとあらわになり、さすがに周りを囲んでいた女の子たちにもそれが伝わった。リフレナスがむっつりと黙りこんだのを合図に、女の子たちは潮が引くかのようにその場から去っていく。
「あんまり怖がらせないでよ、リプ……」
「怖がらせてなどいない」
「目が怖いんだってば。噛みつきそうな顔だよ」
 もうっ、と森の魔女は大きなため息を零した。だが、ホッとしたのも事実ではある。根掘り葉掘り訊かれて森の魔女も多少辟易していたのだから。誤魔化そうにも限度があった。
「まだ他に買うもんがあるだろう。こんなとこでグズグズしてる場合か」
「そりゃそうだけど……わたしにもつきあいってものがあるわけでね、リプ?」
 もうちょっとやんわりと女の子たちの相手をしてくれたらいいのに。王子はそういうのが得意だから、見習ったらどうか、などと憎まれ口をたたく。
「知るか。ったく、かしましいなんてもんじゃないな。あの調子で話しこまれてたらあっという間に日が暮れる」
「…………」
 さすがにそれは否定できなかった。女の子たちの好奇心は底なしだ。身に覚えがあるだけに、森の魔女は反論しない。これ以上リフレナスを責められず、ともかく場所を移動することにした。
「まったく、女の物見高さってのは変わるもんじゃないな」
 移動中も、リフレナスは機嫌を損ねたままだった。よほど煩わしかったようだ。心底辟易した口調のリフレナスに、森の魔女は小さく笑った。
「もしかして、お師匠様ともこうやって買い物をしに街にきたこと、あった?」
「荷物持ちにな」
「文句は言うけど、なんのかんの付き合ってくれるんだから、リプって、優しいよね」
 森の魔女は屈託なげに笑って言った。
 リフレナスは眉間の皺を深めた。
 褒められたのが照れくさいのではない。主の無防備さが心配なのだ。いろいろなことに無自覚すぎる。街の女の子たちと親しく付き合って若干耳年増なところはあるが、「知っている」だけで終わって、実感を伴ってはいない。「惚れ薬」を作る以前の問題だと、リフレナスは案じたものだ。
「さ、とにかく急いでお買い物すませなくっちゃね。料理する時間、なくなっちゃう」
「……ああ」
 気を取り直し、森の魔女は足早に歩き出した。リフレナスは上機嫌な主のあとをついていく。
 無邪気というのは、えてしても罪作りなものだ。
 まずはこの無自覚で無防備な主に、改めて自覚させなければ。
 ……余計な世話ではあるのだが。
 リフレナスは深々と嘆息した。


 いま、街の女の子たちの間で噂になっているのは、美貌の「ご領主さま」のことらしい。
 なんでも、ついに麗しの「王子」に恋人ができたというのだ。
「ってことなんだけど、魔女さん、知ってるんじゃない?」
 買い物の最後に立ち寄った粉屋で、店番をしていた跡取り娘のノーラが、小麦粉を森の魔女に手渡したのと同時に、唐突に尋ねてきた。
 多くの露店が並ぶ通りの一角、馴染みの粉屋だ。先代の頃から豆類の粉末を卸している。その縁もあって、粉屋の娘のノーラとは長い付き合いだ。ちなみにノーラは情報通であることが自慢だ。「早耳のノーラ」と友人たちの間で呼ばれるくらいには。もっとも、仕入れてくる情報の大半が他愛無い話ではあるのだが。
「魔女さんって、ご領主さまと幼馴染的な間柄で、親しいんでしょ? 何か聞いてない?」
「え、えー……と、それはその」
 森の魔女は返事に窮した。
 その「恋人」が自分です、と言ってしまえばいいのだろうが、こんな風に軽々しく告白してもいいものかと、逡巡する。
「それと、そっちの男前は? ここらじゃ見ない顔だよね?」
 さきほど囲んできた物見高い女の子たち同様に好奇に満ちた目をノーラはリフレナスに向ける。が、あっけらかんとした口調のせいだろうか、リフレナスを苛立たせなかった。粉屋のノーラとリフレナスは、ネズミの姿の時にだが、面識はある。森の魔女の眷属で、口を利けることも、もちろん知っている。ノーラは森の魔女とは同い年ということもあって、たぶん一番仲の良い「友人」だ。
 それもあって森の魔女はちょっと迷ったが、ノーラならばいいかなと、リフレナスの正体を明かそうとし、しかしそれをリフレナスに止められた。
「なに? 何か訳ありっぽいけど? あ、もしかして魔女さんの恋人だったり?」
 からかうようにノーラは言った。森の魔女が恥じらって「違うよ」と返してくるのをあらかじめわかっていての、質問だったのだがはたして返ってきた答えは意外なものだった。
「そうだ、と言ったら?」
 名乗るより先に、リフレナスは意味ありげな笑みを浮かべてそう言った。そして森の魔女の肩を掴んで引き寄せる。 
 ノーラは目をぱちくりとさせ、それからにんまりと笑んだ。
「へえ? それは初耳だ。森の魔女さんにも、いつの間にか春が来てたのかぁ」
 明るいブラウンの瞳がさらに好奇心に輝いて、ノーラは愉しげに森の魔女と「見知らぬ青年」の様子を見やる。
「ちょ、ちょっと待って、違うから!」
 わたわたと慌てる森の魔女のその反応は、ノーラの期待通りといえる。ノーラは端から痩身の青年の言葉を真に受けてはいなかった。「恋人」という雰囲気を、感じないからだ。
「いやにムキになってるのがあやしいなぁ。魔女さんは、あのシグにも狙われてたこともあるしねぇ」
「なんでそこでシグの名前が」
「しつこく森の魔女さんに迫ってたじゃない? やめたらどうかって話をしにいったんだけど、その時に諦めたって言ってたんだよね。あの粘着気質のシグがさぁ」
 ノーラは探るように森の魔女を見つめる。
 詳しい話をシグから聞いたわけではない。シグが森の魔女から手を引いた、という事実だけは本人から聞いたが、どうも仔細がありそうな気がしたのだ。シグは、頑なに口を噤んで言わなかったが。
「だからまぁ、魔女さんに恋人がもうできたんじゃないかって、あたしとしては勘ぐってみたわけで」
「…………」
 森の魔女はきゅっと唇を噛んで、俯いた。そこそこ付き合いが長いだけに、ノーラの観察眼はさすがと言える。否定しようがない。事実なのだから。
「でもそっちの彼が恋人とは見えなくてね。――あ、いいところに!」
 ノーラは爪先だって、店の前の通りに目をやった。露店だから遮るものはなく、見晴らしはいい。しかも今はあまり人通りが多くない。ノーラは手を大きく振って、店の前の大通りを歩いている誰かを呼んだ。
「おおい、ご領主さま!」
 ノーラが気さくに声をかけたのは、なんとこの地を治める「ご領主さま」だった。
 森の魔女はびっくりして振り返る。そこには、一人馬の手綱を引いて歩く「王子」の姿があった。
「王子」と声をかけて、駆け寄っていこうとしたのだが、リフレナスがそれを止めた。リフレナスは森の魔女の肩を掴んでいる手に力をこめる。リフレナスの目線は王子を見やっていて、森の魔女へは向けられない。森の魔女はとまどったようにリフレナスの顔を見上げる。
「ちょうどいいところに。噂をすればなんとやら、だね」
 ノーラは悪戯っぽくウィンクしてみせる。
 王子は、ノーラに声をかけられる一瞬前に、森の魔女の姿を見つけ出していたようだった。あまり驚いたような顔をせず、ゆったりと森の魔女のもとにやってきた。
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