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37 治療

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一週間の間ヴォルフさんに温泉入浴をしてもらい強酸性の湯で鱗をできるだけ柔らかくした。

彼が温泉へ行っている間、私はエリクサーを作った。
迷いの森に賢者の石があるというのは伝説ではなかった。まさにきっかけは運だったが、あの赤い石は賢者の石だったのだ。

治療を始めたいとヴォルフさんに告げて、絶対に治す自信があることを話したうえで、治療方針について説明した。

ベッドで寝たままの治療は一週間程だ。その後、経過を観察しながら肌の状態を人間の皮膚に戻していく。できるだけ美しい肌に整えたい。そこからは薬用に特化した自作の美容液の出番だ。

完全に背中が元通りになるには一か月くらいかかるだろう。



私は治療を開始した。


激しい痛みが続く間はできるだけ眠っていられるように睡眠剤を投与した。
痛み止めも強力なものを吞んでもらった。

けれど高熱が続き、時折苦悶の症状を浮かべ激痛に耐えている彼の姿は見れいられないほどだった。


鱗を除去するわけではなく、小さくして体内に吸収させることのできる薬剤を開発した。それを鱗に塗り込み、免疫抑制剤を投与する。

粒子の状態まで小さくしたとしても、体内に異物が入ってくると免疫が異物とみなし攻撃する。
自分ではないものを見つけると、体から取り除こうとするのだ。


彼が少しでも楽になるように一時も離れず傍について看病した。

熱くなった体を氷嚢で冷やして、意識があるときは励ました。

汗をタオルで拭い清潔なシーツと服に着替えさせた。

徐々に呼吸が落ち着き表情も穏やかになってきて、ゼリー状の栄養補助食を食べられるようになると少し気が楽になった。

万が一の時にエリクサーを飲ませることができるように、そこまで私は一睡もしなかった。

「随分楽になった……」

彼の意識がはっきりしてきて、そう言葉が出た時には、我ながらよくやったと感動してしまった。

「よかったです」

涙が出てきた。


彼の背中にもう鱗の影はない。


**********



「信じられない。こんなに奇麗になるなんて思っていなかった。もし鱗が除去できたとしてもケロイド状の後は残るだろうと思っていた」

合わせ鏡で背中を確認したヴォルフさんが感嘆の声を上げる。

若さのおかげだろうか、活発な新陳代謝がヴォルフさんの背中の皮膚に与える劇的な変化は、目覚ましいものがあった。一か月ほどはかかるだろうと思っていた治療は二週間ほどで終わりを迎えた。

「これからは保湿が大切です。紫外線も避けてほしいので、直射日光にあたってはいけません。それとビタミンをたくさん摂取してください。パプリカ、特に黄色のものを食べてください」

「ピーマンはあまり好きではない。けど、食べる」

言うことを素直に聞いてくれる彼の姿は微笑ましかった。

城に帰って、王様や兄弟に報告したいと急ぐヴォルフさん。
彼の気持ちの高揚を抑えて、経過観察をもう少ししたい旨と、確認しなければならないことを話した。

「何を確認する?やはり再発の可能性があるのか?」

「再発の可能性は極めて少ないと思います。確認したいことはいろいろありますが、一番は瞬間移動の魔法が使えるかどうかです」

ヴォルフさんは私の目を見て微笑んだ。


「勿論、瞬間移動できなくなることは覚悟していた。けどな、できるんだ。確認した」

「……いつ」

驚いて問いただす。

「動けるようになってすぐにだ。サラ、君は世界一の薬師だ。ありがとう」

彼はそう言うと、ぎゅっと私を抱きしめた。


***************


それでも経過観察のために一週間は安静にしてもらうことにした。

毎晩、美しくよみがえった彼の背中に美容液を塗った。
ずっと眺めていたいと思うような隆起した筋肉の背中は堂々としていて、まるで彫刻のようだった。

その後一週間はたくさん食べて、運動も行い、治療する前の状態まで体力を回復させた。

もう十分だろう。そう思った翌日、彼は私を城へ連れて行くといった。


「城の皆にサラの功績を知ってもらわなければならない。勿論治療の礼も渡す」

「それは……」

城へ行く。ロイドの城へ行かなければならないのか。

「どうした?」


「私は、以前も言ったようにお金が欲しくて治療したわけではありません。ですからお城へは行きません」

「……え?」

虚を突かれたようにあっけにとられるヴォルフさん。


「ですから、ヴォルフさんは命の恩人です。考えてみてください。私の命を助けたお礼が鱗の治療です。命より重いものだったのですか?そうではないでしょう。治療に際しては、あなたは私を信用してくださいました。それだけでも十分光栄なことです。他には何もいりません」


「地位や名誉や財産はこれからのサラの生活にあって困るものではない」

「はい。ですが私は地位や名誉や財産が必ずしも人にとって重要なものだとは思いません。少なくとも私にとって、それはいらない物です。ご存じの通り、私は長年城で生活をしてきましたが、何ひとつ幸せなことなんてありませんでした」


ヴォルフさんは眉間にしわを寄せ、しばらく考えると。

「ロイド城を見ずして王宮がどんな所か判断すべきではないと思う。もし、サラが不快に思うことがあれば誰も君を城に拘束したりはしない。とにかく俺は治療が上手くいったことをクリスやモリスに話したい。彼らはサラの実力を疑っているところがあったからな」


ロイドは大国だ。町は一度見てみたいと思っている。もしかしたら私のこれからの生活の基盤はそこにあるのかもしれない。

「ヴォルフさんはロイド城へ行ってください。もしよかったら私はその間ロイドの街を観光したいと思います」



ここ迷いの森で死ぬまで暮らしていくわけにはいかない。次に住むところを探さなければならない。


治療が終われば私は出ていくとヴォルフさんが言っていたことを忘れたわけではなかった。



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