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33 二人だけの生活

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屋敷がきちんと整備されると、後はヴォルフさんの治療に取り組むだけになる。

実は鱗の治療薬は出来上がっていた。
塔の中に初めて足を踏み入れてから、毎日少しずつ研究を重ねた。先人達の失敗を考慮しながら、これならば確実にという薬を完成させたのだ。

ただ、出来上がったその薬剤は、命を落とすかも知れない劇薬であることは間違いなかった。
作った自分がそう思っている。

いちかばちかの勝負に出る訳にはいかず、もう少し改良をするなり他の動物で実験をしなければならないと考えていた。




「治療に専念するため邪魔はしないと約束させたから、もうモリスは来ない」

ヴォルフさんは朝食を食べながら安堵のため息をついた。
手伝いの者達も城へ帰り、これからはまた今まで通り二人だけの生活が始まる。

食事を作るのは私の役目だけど、解凍して食べるだけの作り置きを料理人がたくさん用意してくれているのでそう手間はかからないだろう。それにヴォルフさんも料理ができるので自分でも作るといっている。今までもそうしていたのだからと。

「モリスさんはかなりヴォルフさんの事を心配してらっしゃいました。クリス殿下もしかりです」


孤独な生活に慣れ過ぎて一人で生きていこうとするヴォルフさん。
見た目にコンプレックスがあったとしても、一生一人きりなんて寂しすぎる。他の人間と関わりを持ち、できればロイド城へ帰ってきてもらいたいとモリスさんやクリス殿下は思っているようだった。



「……そういうのはいらない」

彼は煩わしそうに返事をした。


 
****************



朝起きると散歩も兼ねた森の散策に行った。もちろん薬草採取が目的だったが、ヴォルフさんと二人でゆっくり話ができる良い時間になった。
少し危険な場所でも彼がいれば安心して入ることができたし、貴重な素材を沢山の量持ち帰ることができた。

今朝は鉱物を採掘するため、火山へ連れて来てもらった。
屋敷からは距離があるのでヴォルフさんが瞬間移動してくれた。彼と移動するとき、私は落っこちないように腰の辺りに捕まる。たくましい腕が私を軽く持ち上げると、次の瞬間、瞬く間に周りの風景が変わる。

彼と共に移動する時、毎回私は子供の頃に見た手品ショーを思い出した。すごくドキドキとしたあの感覚、期待に胸を膨らませワクワクしたまだ幼かったあの時。

当時旅の曲芸人の一座が我が国に滞在していた。噂を耳にした私はどうしても見に行きたくて仕方がなかった。
けれど教育に厳しかった両親は遊びだと思われる外出を全て禁止していた。それは息抜きの散歩やピクニックでさえもだ。

屋敷から出られない私を気の毒に思った担当の侍女が、両親の目を盗んでこっそり私を一座の公演に連れて行ってくれた。

馬を使った動物曲芸や空中曲芸。初めて目にするそれは幼い私にとって一生忘れない印象的な体験だった。
特に台の上に立つ綺麗な女性が瞬時に移動する演目には釘付けになった。
舞台の上にいた綺麗なドレスの女の人は布を被せられた次の瞬間、観客たちの後ろから現れる。
通常では物理的に不可能だと思われる距離の移動、初めて見た時はとても興奮しどうなっているのか不思議でしょうがなかった。
後から種をきくと、瞬間移動したアシスタントの女性は双子だったことがわかった。
騙されたという奇妙な違和感は少なからず子供の心に衝撃を与えた。

その数日後私の担当だった侍女が仕事を辞めて実家に帰ってしまったと知らされた。
今になってわかる事だけど、私を外へ連れ出したことがバレて首になったんだと思う。
それは悲しい出来事として記憶に残った。


誰かに管理され、やる事を自分で決められない生活にはうんざりだ。自分のせいで誰かが不幸になるのも嫌だ。
自分のやりたい事を自分の意志と責任で成し遂げる意味の大きさに気付かされた。

親の財産や夫の収入で自分の生活を維持する事は自由を売りに出すのと同じこと。

今度こそ薬師として自ら稼いだお金で自由に生活をしてみせる。




「この一帯は地下からガスが出ている。多分危険なものだろう」

ヴォルフさんの声に我に返った。
昔の事を思い出していて、今いる場所に意識が集中していなかった。

辺りには卵の腐ったような臭気が漂っていた。草木が全く生えていない岩盤が広がっていて、ところどころ地面が黄色くなっている。地面から音を立てて高温の蒸気が噴出し、もくもくと白煙が上がっていた。



「……これは、硫黄、硫化水素の臭いですね」

濃度は濃くなさそうだから人体への影響はないだろう。

「そうなのか」

「でも、念のため窪地はさけて採掘した方がいいかもです。火山ガスが発生していても嫌なんで」

「わかった。風通しの良い高台に行こう」

ヴォルフさんは見晴らしの良い岩山へ移動してくれた。

硫黄か……嗅いだことのない人には毒ガスかも知れないと思うだろう。

ダリスの領地の中に黄色山と言われる鉱山があった。そこで採掘された硫黄が良質な鉱山資源となり産業になっていた。私にとっては嗅いだことのある臭いだった。

見晴らしのよい高台から下を望むと迫力満点の赤く染まる岩盤が見渡せた。

ところどころ勢いよく岩の間から水が噴き出している。間欠泉だろう。

「凄いですね……まるで例えは悪いですが地獄のよう。この場所全体が火山なのかもしれないですね。いざとなったら瞬間移動で退却しましょう」

「なるほど危険だという事だな」

「ヴォルフさんがいなければ来ない場所ですね。けれどこの森へ来てから地震があったことはないので、おそらくは噴火の可能性はないかもしれない」


話をしている途中でヴォルフさんがこの高台にたまっている熱泉を発見した。

「おい……ここに池があるぞ。温泉だな」

こんこんと下から湧き出ている熱湯が溜まって池になっている。適温ならばまさしく野外の岩風呂。


「凄い!これ温泉ですね。硫黄分を含む酸性の温泉は刺激が強いけどざまな効能をもっています」

硫黄泉は病気や怪我などに効能があり、湯治場として利用されている。酸が強いのなら鉄を溶かす。けれど鱗の治療に効果的かもしれない。

私は手にかからないように注意をして、そろりと湯の中に瓶を入れた。

瓶の容器にお湯を入れて分析のために持ち帰ることにした。


もし酸性が強すぎるなら持ち帰って屋敷で真水を混ぜて湯船に入れる事も可能だ。


いろんなことを頭の中で考えていた。ここは資源の宝庫。もし私がどこかの国の王様なら迷いの森全体を間違いなく領地にしているだろう。

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