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22グレン、赴任地
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メリンダには慰謝料の支払いと子供たちの養育費で俺は金が全くないと伝えていた。
彼女は贅沢できないことを承知で俺と一緒にこの町へ来ると言った。
メリンダは男爵家を家出同然で出てきた。辺境伯との結婚はなくなり、男爵家が莫大な慰謝料を支払うことになった。
もちろん彼女は貴族籍を取り上げられ、今の身分は平民だ。
妻から俺を奪い取ったと勘違いをした彼女はかなり嬉しそうだった。
貧しい生活でも、苦労するとしても、俺と一緒にいられるのならと喜んでいた。
若く楽しく快楽に溺れていたときは、メリンダの気持ちに気が付かなかった。
彼女は俺に本気だった。
遊びの関係を楽しんでいただけではなかったのだ。
彼女との関係は長すぎたし、切り捨てるには遅すぎた。
メリンダと一緒に暮らし始めてから、数日も経たないうちに、彼女は平民の暮らしに嫌気がさしたようだった。
「ここは人が住むような場所じゃないわ。アパートには虫がいるし、食べ物だって不衛生よ」
「これでもましなアパートだと聞いている」
「町の中はスラム街みたいだし、護衛なしじゃ歩けないわ」
「ああ。すまない。護衛を雇う金は持ってない」
「私のお金で、メイドを雇うわ」
「好きにすればいいよ」
家を出るとき、メリンダは自分の金を持って出てきたようだ。
宝石もいくつか鞄に詰め込んでいた。彼女の金だ、何に使おうが好きにすればいい。
「なんでいつも帰りが遅いのよ、夜中まで仕事だなんておかしいじゃない」
「魔物討伐に出たら、すぐには帰れない。今は赴任して間がない、慣れてくれば少しは時間が作れるだろう」
泊まりで任務があることも多かった。
新しい場所に来たばかりで不安だろうが、彼女を構ってやれる暇はなかった。
「お風呂に入りたいわ。水で体を洗うなんて信じられない」
「温かい湯がよければ、自分で沸かしてくれ」
贅沢な生活しかしたことがなかった彼女に、ここでの生活は酷だろう。
けれど、耐えてもらうしかない。
「もっとグレンと一緒にいられると思っていたわ。ここには気の利いたレストランだってないじゃない。酒場ばっかりで、食事にだって行けやしないわ。変な男たちに私が乱暴されたらどうするの?」
「ここはそういう場所なんだ」
メリンダが王都で美しく着飾っていたドレスは、ここでは無駄な物でしかない。
髪を整えてくれるメイドもいない。
食事を作るコックも、サーブしてくれる執事だっていない。
当然、狭いアパートにそんな者は必要ないし、自分たちで自分の事をするのは当たり前だ。
メリンダは洗濯をしたことがないと言った。
彼女は貴族だ。分かってはいたが、フレアと比べるとただの足手まといにしかならないと感じた。
内心苛立ちながらも、できるだけメリンダに優しく接した。
俺の洗濯をしろと言っている訳ではない。せめて自分の分は自分でして欲しかった。
俺は洗濯の仕方を彼女に教えた。
「たらいに水を入れて、汚れた服を濡らす。洗濯板に広げて、石鹸を上からこすりつける」
「嫌よそんな……そんなことできないわ」
「ここでは自分の洗濯は自分でしなくてはならない」
俺は怒らずに、教え続けた。
だけど、メリンダは俺の話をきく気がなさそうだ。
「洗濯してくれる人を探すわ」
「わかった」
彼女は自分の金を使い使用人を探した。
洗濯メイドを雇ったが、メイドが帰ると洗った洋服が一枚ずつなくなってしまう。
「泥棒よ!」
「証拠がない」
金さえあれば、手伝いを雇えるが、信用できる者が来るとは限らない。
毎日、部屋から物がなくなる始末だ。
「また、雇ったメイドが私のアクセサリーを盗んでいったわ」
「やっぱり、家に他人を入れるのはよくない。金を支払って雇っていても物が盗まれてしまう」
「使用人を雇えないなら、誰が食事を作るのよ!」
「俺が帰りに店で買ってくるよ。それに、明るい午前中ならメリンダが買い物に出ても安全だろう」
「嫌よ。この町の商店は私にだけ高額で物を売りつけようとするのよ。ぼったくられるし、文句を言えば、売らないって言われるわ。私が騙されてもいいっていうの?」
「そんなことは思ってない」
毎日同じことを言い合う。その繰り返しだ。
俺はメリンダに文句を言われても、諭すように言い聞かせるしかなかった。
ただでさえ、魔物討伐は命を削るような仕事だった。
ボロボロに疲れ切って帰ってきてからメリンダの世話をしなければならない日々。
精神的にもかなりキツイ。
それでも、試練だと思い耐えた。
それが俺がしでかしたことに対する償いだった。
夜は買ってきた食料をメリンダと共に食べて、洗濯して掃除をする。
彼女の話を聞きながら家事をこなす。座ることさえできない作業を終えて、泥のように眠る。
翌朝彼女が起きる前には家を出る。
日中部屋に閉じこもってばかりのメリンダの不満は、日々溜まっていく。
「毎日顔を合わせる時間が少ないわ。帰ってきたらすぐに寝てしまうし。それに……それに、なんで私を抱かないのよ!」
俺は彼女を抱いていない。いつか言われるだろうと思っていた。
巻き戻ってから一度も彼女に触れたいとは思えなかった。
「悪い。疲れていてそれどころじゃない。命がけの職務だ。気を抜けばすぐに死ぬ」
死ぬと言われれば何も言い返せないのだろう。彼女は舌打ちしながらもおとなしくなった。
俺がメリンダを抱かないからか、いつの間にか彼女のストレスは限界に達していた。
食べ物を買うためにある程度の金は渡しているが、それ以外で余った金はない。
贅沢ができない事にもメリンダは苛立ち、悪態をつき、金切り声をあげる。
ひと月ほど経ったある日、メリンダは自分の仕事を見つけたと言い出した。
とうとう彼女の手持ちの金がなくなったのかと思った。
俺の渡す金で贅沢しなければやっていけるはずで、食べるのに困る程ではないだろう。
だけど、時間が有り余っていて、彼女は暇だと言う。
その時間を家事に費やして欲しいと思ったが、外へ働きに出ると言う彼女を止めはしなかった。
彼女の仕事は、酒場の給仕係だと言う。
そんな底辺の仕事をプライドの高い彼女がするとは思えない。
俺はきな臭い雰囲気を感じ取ったが、メリンダと顔を合わせる時間が減ると思うと少しほっとした。
俺はメリンダが働くことに賛成した。
***
酒の臭いが酷く、メリンダは酔っぱらって夜中に帰ってくる。
持ち物や着ている服もどんどん派手になる。
アパートにはただ寝に帰るだけになり、お互い口をきかなくなっていった。
そのうち、メリンダの無断外泊が増え、何日も顔を見ないこともあった。
彼女に対して愛はないが、なにか危険な目にあったのではないかと心配した。
「泊まる時はちゃんと言って欲しい。じゃないと、心配するだろう」
「へぇー。面白いこというのね?グレンが私を心配する事あるの?」
メリンダは俺を睨んでいやみったらしく言ってくる。
それからしばらくして、彼女が娼館に出入りしているという噂を聞いた。
金回りが良くなったことや、彼女の雰囲気の変化からその噂は間違いではないだろうと感じた。
「好きにすればいいが、ここからいなくなる時は、ちゃんと言ってくれ」
「え、なに?もしかして嫉妬してるの?そんなことないわよね、だってあなたは私を抱かないでしょ?不能になったんだもの」
メリンダは、ハハハ、と声をあげて馬鹿にしたように笑った。
いい加減、勘弁してくれと思った。だけど顔には出せない。ここに連れて来たのは俺だ。
メリンダの言葉はスルーする。
夜眠るとき、目を閉じて考えることは、王都に残してきた元妻と子供たちのことだった。
家族で幸せに過ごしていた時間だ。もうずいぶん昔の、まだ子供たちが幼かったころのこと。
思い出しているときだけは、俺は幸せな気分になれた。
彼女は贅沢できないことを承知で俺と一緒にこの町へ来ると言った。
メリンダは男爵家を家出同然で出てきた。辺境伯との結婚はなくなり、男爵家が莫大な慰謝料を支払うことになった。
もちろん彼女は貴族籍を取り上げられ、今の身分は平民だ。
妻から俺を奪い取ったと勘違いをした彼女はかなり嬉しそうだった。
貧しい生活でも、苦労するとしても、俺と一緒にいられるのならと喜んでいた。
若く楽しく快楽に溺れていたときは、メリンダの気持ちに気が付かなかった。
彼女は俺に本気だった。
遊びの関係を楽しんでいただけではなかったのだ。
彼女との関係は長すぎたし、切り捨てるには遅すぎた。
メリンダと一緒に暮らし始めてから、数日も経たないうちに、彼女は平民の暮らしに嫌気がさしたようだった。
「ここは人が住むような場所じゃないわ。アパートには虫がいるし、食べ物だって不衛生よ」
「これでもましなアパートだと聞いている」
「町の中はスラム街みたいだし、護衛なしじゃ歩けないわ」
「ああ。すまない。護衛を雇う金は持ってない」
「私のお金で、メイドを雇うわ」
「好きにすればいいよ」
家を出るとき、メリンダは自分の金を持って出てきたようだ。
宝石もいくつか鞄に詰め込んでいた。彼女の金だ、何に使おうが好きにすればいい。
「なんでいつも帰りが遅いのよ、夜中まで仕事だなんておかしいじゃない」
「魔物討伐に出たら、すぐには帰れない。今は赴任して間がない、慣れてくれば少しは時間が作れるだろう」
泊まりで任務があることも多かった。
新しい場所に来たばかりで不安だろうが、彼女を構ってやれる暇はなかった。
「お風呂に入りたいわ。水で体を洗うなんて信じられない」
「温かい湯がよければ、自分で沸かしてくれ」
贅沢な生活しかしたことがなかった彼女に、ここでの生活は酷だろう。
けれど、耐えてもらうしかない。
「もっとグレンと一緒にいられると思っていたわ。ここには気の利いたレストランだってないじゃない。酒場ばっかりで、食事にだって行けやしないわ。変な男たちに私が乱暴されたらどうするの?」
「ここはそういう場所なんだ」
メリンダが王都で美しく着飾っていたドレスは、ここでは無駄な物でしかない。
髪を整えてくれるメイドもいない。
食事を作るコックも、サーブしてくれる執事だっていない。
当然、狭いアパートにそんな者は必要ないし、自分たちで自分の事をするのは当たり前だ。
メリンダは洗濯をしたことがないと言った。
彼女は貴族だ。分かってはいたが、フレアと比べるとただの足手まといにしかならないと感じた。
内心苛立ちながらも、できるだけメリンダに優しく接した。
俺の洗濯をしろと言っている訳ではない。せめて自分の分は自分でして欲しかった。
俺は洗濯の仕方を彼女に教えた。
「たらいに水を入れて、汚れた服を濡らす。洗濯板に広げて、石鹸を上からこすりつける」
「嫌よそんな……そんなことできないわ」
「ここでは自分の洗濯は自分でしなくてはならない」
俺は怒らずに、教え続けた。
だけど、メリンダは俺の話をきく気がなさそうだ。
「洗濯してくれる人を探すわ」
「わかった」
彼女は自分の金を使い使用人を探した。
洗濯メイドを雇ったが、メイドが帰ると洗った洋服が一枚ずつなくなってしまう。
「泥棒よ!」
「証拠がない」
金さえあれば、手伝いを雇えるが、信用できる者が来るとは限らない。
毎日、部屋から物がなくなる始末だ。
「また、雇ったメイドが私のアクセサリーを盗んでいったわ」
「やっぱり、家に他人を入れるのはよくない。金を支払って雇っていても物が盗まれてしまう」
「使用人を雇えないなら、誰が食事を作るのよ!」
「俺が帰りに店で買ってくるよ。それに、明るい午前中ならメリンダが買い物に出ても安全だろう」
「嫌よ。この町の商店は私にだけ高額で物を売りつけようとするのよ。ぼったくられるし、文句を言えば、売らないって言われるわ。私が騙されてもいいっていうの?」
「そんなことは思ってない」
毎日同じことを言い合う。その繰り返しだ。
俺はメリンダに文句を言われても、諭すように言い聞かせるしかなかった。
ただでさえ、魔物討伐は命を削るような仕事だった。
ボロボロに疲れ切って帰ってきてからメリンダの世話をしなければならない日々。
精神的にもかなりキツイ。
それでも、試練だと思い耐えた。
それが俺がしでかしたことに対する償いだった。
夜は買ってきた食料をメリンダと共に食べて、洗濯して掃除をする。
彼女の話を聞きながら家事をこなす。座ることさえできない作業を終えて、泥のように眠る。
翌朝彼女が起きる前には家を出る。
日中部屋に閉じこもってばかりのメリンダの不満は、日々溜まっていく。
「毎日顔を合わせる時間が少ないわ。帰ってきたらすぐに寝てしまうし。それに……それに、なんで私を抱かないのよ!」
俺は彼女を抱いていない。いつか言われるだろうと思っていた。
巻き戻ってから一度も彼女に触れたいとは思えなかった。
「悪い。疲れていてそれどころじゃない。命がけの職務だ。気を抜けばすぐに死ぬ」
死ぬと言われれば何も言い返せないのだろう。彼女は舌打ちしながらもおとなしくなった。
俺がメリンダを抱かないからか、いつの間にか彼女のストレスは限界に達していた。
食べ物を買うためにある程度の金は渡しているが、それ以外で余った金はない。
贅沢ができない事にもメリンダは苛立ち、悪態をつき、金切り声をあげる。
ひと月ほど経ったある日、メリンダは自分の仕事を見つけたと言い出した。
とうとう彼女の手持ちの金がなくなったのかと思った。
俺の渡す金で贅沢しなければやっていけるはずで、食べるのに困る程ではないだろう。
だけど、時間が有り余っていて、彼女は暇だと言う。
その時間を家事に費やして欲しいと思ったが、外へ働きに出ると言う彼女を止めはしなかった。
彼女の仕事は、酒場の給仕係だと言う。
そんな底辺の仕事をプライドの高い彼女がするとは思えない。
俺はきな臭い雰囲気を感じ取ったが、メリンダと顔を合わせる時間が減ると思うと少しほっとした。
俺はメリンダが働くことに賛成した。
***
酒の臭いが酷く、メリンダは酔っぱらって夜中に帰ってくる。
持ち物や着ている服もどんどん派手になる。
アパートにはただ寝に帰るだけになり、お互い口をきかなくなっていった。
そのうち、メリンダの無断外泊が増え、何日も顔を見ないこともあった。
彼女に対して愛はないが、なにか危険な目にあったのではないかと心配した。
「泊まる時はちゃんと言って欲しい。じゃないと、心配するだろう」
「へぇー。面白いこというのね?グレンが私を心配する事あるの?」
メリンダは俺を睨んでいやみったらしく言ってくる。
それからしばらくして、彼女が娼館に出入りしているという噂を聞いた。
金回りが良くなったことや、彼女の雰囲気の変化からその噂は間違いではないだろうと感じた。
「好きにすればいいが、ここからいなくなる時は、ちゃんと言ってくれ」
「え、なに?もしかして嫉妬してるの?そんなことないわよね、だってあなたは私を抱かないでしょ?不能になったんだもの」
メリンダは、ハハハ、と声をあげて馬鹿にしたように笑った。
いい加減、勘弁してくれと思った。だけど顔には出せない。ここに連れて来たのは俺だ。
メリンダの言葉はスルーする。
夜眠るとき、目を閉じて考えることは、王都に残してきた元妻と子供たちのことだった。
家族で幸せに過ごしていた時間だ。もうずいぶん昔の、まだ子供たちが幼かったころのこと。
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