旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾

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アイリスの母ミランダが、王都の屋敷のサロンでお上品にお茶を飲んでいる。
窓から入ってくる光が緑色透明の液体の表面に当たって、水紋のように広がる。

「駄目な男の人は、一生駄目なままなのかもしれませんね」

娘婿は王都に帰ってくるつもりはなさそうで、田舎暮らしなのに、彼は満足そうだった。

「駄目なところが愛おしいなんてあるものか!」

父親はどうも許せない様子で、テーブルをガンと叩いた。
お茶が入ったカップが揺れた。

王都からアイリスの住まう港町まで、鉄道が開通した。そのおかげで、ちょっとした小旅行程度の時間で、彼らの住む街まで行ける。馬車に比べると断然速く、全く問題はない。


「でも、アイリスが彼の事を好きならば仕方がないのではないでしょうか」


砂糖を入れなくても甘みがあるわ、と思いながらミランダはそのお茶の風味を堪能する。舌の上にかすかな苦みを感じる。


「船で何カ月も旅に出るなんぞ、そんな暇があったら、爵位を取り戻す努力をしろ!」

すぐ近くに港があるから、すぐに外国へ行ける。二人はゆっくりとした船旅を楽しんだようだ。


「爵位なんぞいらないんだそうですよ」

ふふふとミランダは笑った。
腹を立てているのがバカバカしくなるくらい母親は穏やかに笑う。


「けしからん!」

茶葉は細かく、葉は細い枝葉のように見える。紙の袋を開けると、とても良い香りがした。

異国の町を歩ける自由を得るのに、爵位は関係ないものねとミランダは思った。


「アイリスは彼の優しさや真面目さ、単細胞なところも全部ひっくるめて、面倒をみようと思っているのでしょう」

父親は娘婿の話が出ると、腸が煮えくり返るくらいに苛立つようだ。

心を穏やかにするリラックス作用が、このお茶にはあるらしい。
それとなく、カップを父親の眼の前に置き直す。

「この先、あんなくだらない男が、しっかりとやっていけるはずがない」

悔しそうな顔をしながら、彼はカップを手に取る。
決めつけは良くないですわと、ミランダは眉を少し上げる。

「貴方みたいな、俺様で、人の気持ちを考えないで突っ走るような殿方を選んだ、私みたいな女もいるんですから」

表情は変わらないが、口から出る言葉は辛辣だ。

「それは……」

自分の話になると一気に父親の熱は冷めてくる。

「世の中、人の好みは様々でしょう。誰かにとやかく言われる筋合いはありませんわ」

正論だ。もうアイリスは完全に家を出て、契約書まで交わしている。こちらがとやかく言えないのが現状。

「なぜ、あんな軟弱な男を……」

彼は額を抑えた。

「そうですね……それなら、アイリスと、縁をお切りになったら良いではないですか。あの子は別に、親の助けなどなくても、ちゃんと自分でやっていけますわ」


縁を切るなんて絶対嫌だ。と父親は首を振る。

「……むむ」

「さあ、あなたも、そろそろ子離れする時がやってきたのですわ。おとなしく、諦めなくてはいけませんね」

王都の公爵邸に二人は顔を見せに来ていた。そして先程、アイリスとスノウを見送った。
今は夫婦二人、サロンでお茶を飲んでいる。

老後の楽しみは、孫の顔を見ることだ。
ただし、この頑固が一生直らない男と一緒に。

たまにこうやって、お茶を飲んだり、外国のお菓子を食べたり、愚痴を聞いたりしながら、この駄目な男と一生過ごすのね。

アイリスと自分を重ねると、駄目な男が好きなのは遺伝かしらと思えてきた。

そうだったらごめんなさいねアイリス。

ミランダは、ふふ、と笑った。



「あんな……あんな没落貴族!平民やろう、領地ごと買い取ってやるわぁ!おかわりっ!」

彼がゴクゴクと飲み込んで、メイドにお代りを要求したお茶。

それはアイリスが遥か東の国から買ってきた、土産の珍しい緑のお茶だった。

それは新婚旅行のお土産だった。


━━━━おわり━━━━
            
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