上 下
33 / 47

押し花       スノウside

しおりを挟む


いったい自分の周りで何が起こっているのか分からなかった。

幼いころから世話をしてくれた家族のような存在の使用人たちに裏切られていたのだ。
その事にまったく気が付かなかった自分が愚かだったのか。

けれどどうやって気づけというのだ?誰も助言してくれる者はいなかったし、ずっと偽りの事実を聞かされ続けていた。自分が真実に気付ける機会があっただろうか。

領地から膨大な収益があり、王都に大きな屋敷も持っている。屋敷の維持管理に金がかかるのは当たり前だが、私が王宮で働いている分の給金もある。それなりに皆の生活を維持できるだけの資産はあった。

横領?着服……すでに殿下やアイリスの義父、第三者のムンババ大使まで介入して大ごとになっていた。





部屋のドアがノックされた。


「旦那様、朝食をお持ちしました」

メイドはテーブルの上に食事を置いてそそくさと出て行った。
彼女は見知った顔のメイドではない。昔から公爵家に仕えるメイドや家令達はどうなったんだろう。

テーブルに置かれた食事を見て、いつの間にか朝になっていたんだと思った。

昨夜から何も口に入れてない。何とか無理やりパンとスープを口に入れた。結局一睡もしていなかった。

今日領地から父と弟が帰って来ると言っていた。

のろのろと洗面室へ向かい、顔を洗ってシャツを取り換えた。

マルスタンの代わりに、今は誰かが私のスケジュールを管理しているのか。執事補佐の役割をしている者が屋敷には数名いた。その者たちに聞けばいいのか。
……いや、そういう者たちが昨日までは
あまりにも衝撃的な事がありすぎて、昨日の事をほとんど何も覚えていなかった。

自分がこの屋敷の主人だ。こうなった以上自分が選んで決めなければ執事の代役なんて誰もいないだろう。


マルスタン任せにしていたツケが回ってきた。今、自分の予定を管理している者などいるはずがない。
長い間、屋敷に帰っていなかったから新しく入った使用人の名前は知らない。

古参の使用人たちの姿は昨夜から目にしていない。私の自室にもやってこなかった。彼らはどうした?皆マルスタンの手下として悪事に手を染めていて捕らえられたのか。
昨夜、屋敷の使用人たちは一同に集められ、グループに振り分けられていた。
たしかジョンという執務事務官が指示を出していたように思う。彼はいったい誰だ?

記憶の断片が頭の中で蘇っては、私の脳内を混乱させていく。


そうだ……アイリスはどうなった。

彼女と話をしなければならない。最大の被害者は彼女だろう。



私は急いでアイリスの部屋へ向かった。




部屋には誰もいなかった。バルコニーの扉の鎖は外されている。

生活感を感じなかった。身のまわりの物だけ持って彼女は出て行ったのだろうか。


「アイリスは……どうした」

私の様子を窺っていたメイドに訊ねた。
彼女は言いづらそうに私に告げる。

「奥様は、昨夜遅くにこの屋敷を出ていかれました」

そうか、この屋敷であんな部屋に閉じ込められ虐待まがいの扱いを受けていたんだ。仮にも公爵夫人なのにだ。
出て行くのは当たり前だろう。
彼女が離婚しましょうと言ったのにも納得だ。
私は妻の事を何も見ていなかった。

私に会いに来た時には、まだかろうじて外出できていたのだろう。
そう考えるとあれからもう一週間以上は経っている。
謝ってもきっと許してくれはしないだろう。

部屋の中をゆっくり歩き、ベッドサイドのテーブルに置かれている分厚い本を手に取った。
彼女の愛読書なのだろうか。



中に押し花になったアイリスの花が挟んであった。


花その物をただ押して作ったものではない。花弁、茎、葉をすべてバラして乾燥させ、また組み立てて作られた手の込んだものだった。

「これは……」

「奥様が旦那様から頂いた、初めてのプレゼントだから……作られたと聞いています」

「プレゼント?」

「あの、あの私は奥様付きの侍女ではありませんし、この屋敷で働いて日も浅いです。その……奥様の事を訊かれてもよく分かりません。メイド達が話していた噂話くらいしか知らなくて……」

メイドは焦ったように言い訳を並べた。


私が?……プレゼント……


彼女にプレゼントした物は、この花だけだったのか。
まさかと思った。
ドレスや宝石、菓子ひとつですら渡さなかったのか……
夫人の予算だけは多めに与えていた。
……金だけ。


私はこんな物しか彼女に渡していなかったのか。


その場に恥ずかしげもなく膝をつき、花を手にしたまま俯いた。

頬に涙が伝った。


「何もかも……遅すぎた……」

彼女への負い目が増し、後悔に苛まれる。
  


胸が痛い。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。

王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。 友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。 仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。 書きながらなので、亀更新です。 どうにか完結に持って行きたい。 ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。

処理中です...