上 下
26 / 47

屋敷の状況    スノウside

しおりを挟む
「アイリスはどこだ!」

「だ、旦那様!な、なぜお戻りに?」

焦るマルスタンたちを尻目に急いでアイリスの部屋へと向かった。

走って私の後をついてくる家令たちを無視してどんどん進む。

「旦那様、お待ち下さい。今、奥様は部屋には……」

「カーレン国の大使がやってくる。妻に会いに来る。急いで客を迎える準備を」

そう言うとアイリスの部屋のドアをノックした。

気が焦り、返事が返ってくる前に扉を開いた。
部屋の中は静まりかえり誰もいない。
ベッドも整えられたまま使った形跡がなかった。

「おく、奥様は最近ずっと夫婦の寝室でお休みになっていまして……」

ふっとバルコニーの扉を見ると、取っ手に巻かれた鎖と錠に気が付いた。

「これは……なんだ!」

「はぁ……旦那様の命令で奥様が外へ出ないように……」

外へ?なぜバルコニーから外へ出ては駄目なんだ。屋敷からの外出を管理するように言ったが、バルコニーのドアに鎖を付けろとは言っていない。
アイリスは、バルコニーからまさか飛び降りようとでもしたのか?

「いったいどういう事なんだ!夫婦の寝室にアイリスはいるのか!マルスタン答えろ!」

胸ぐらをつかむ勢いでマルスタンに詰め寄った。


「旦那様。奥様は屋根裏の貴族牢へいらっしゃいます。監視しても奥様は部屋から出てしまわれて、私共では行動を制御できずにおりました。致し方なく鍵のかかる部屋へ移動していただきました」

「なんだと!」

握った拳がマルスタンの頬を打った。

「きゃぁぁぁ!」

メイドが叫び声を上げた。

「だ、旦那様!おやめください!」

使用人たちはブルブル震えて床に座り込んだ。


「いったい誰が、アイリスを牢へ入れろなどと言った!彼女は公爵家の夫人だぞ!俺の妻だ」

「しかしながら旦那様が、奥様を外へ出すなとおっしゃいましたので」

血相を変えて使用人たちは次々と言いわけを並べた。

「そんな事は言っていない!アイリスは……アイリスの所へ行く」

やり場のない怒りが激しい波のように全身に広がる。

「マルスタン!私はお前を信用して妻を任せた。メイド長、アイリスの世話を頼んだだろう。彼女に不自由がないよう言ったはずだ!」

「奥様が、奥様が言うことをお聞きにならず……」

「なぜ、お前たちのいう事をアイリスが聞かねばならぬ!お前たちは、自分が彼女より立場が上だとでも思ったのか?ふざけるなっ!」

「けれど、奥様は旦那様の、その……旦那様は奥様を嫌ってらっしゃるのだと」

「そんな訳があるはずないだろう!夫婦として神の前で誓い合ったのだ。彼女が何不自由なく生活できるように全て与えろと言っておいたはずだ」

「けれど、旦那様は屋敷にお戻りではなく、奥様の事を顧みなかったので」

「何を根拠にそう言っている?私は仕事で王宮に詰めていた。その間、ここを任せていただろう。問題ないと言っていたではないか、マルスタン!」

涙をこぼし癇癪を起こし謝るメイド達を睨みつけ、荒々しい足取りでアイリスがいるだろう屋根裏の貴族牢へ向かった。



従者に鍵を開けさせ埃っぽく薄暗い室内を見る。

確かにアイリスはそこにいた。

もはや貴族とは思えない服装で、髪も汚れている。青白い顔は食事をしっかりとっているようには見えなかった。
彼女の姿に息が詰まるほど驚いた。

あの目が覚めるように美しい、元王太子妃候補だった高貴な女性になんてことを。
わあっと狂人のように叫びたくなってくる。

「……旦那様」

みすぼらしいベッドに腰掛けていた彼女は、目の前の光景に心底驚いたようにはっとして立ち上がった。

「アイリス……すまない。私は……君がこんな状態だったとは知らなかった」

なんとか自分を保ち、震える怒りに満ちた感情を押しとどめる。

「今すぐ彼女をここから出し、元の部屋に戻せ。美しく磨き上げ栄養のある食事を。分かっているだろうが彼女に不快な思いは一切させるな。粗相があればその場で全員っ不敬罪で捕らえる」

自分の胃が握りつぶされたかのように、ギュッと痛んだ。




「旦那様、お話ししたいことがございます」

アイリスは顔を上げてしっかりと私を見据える。

「今は、時間がない。すまないが言うとおりにしてくれ」

俺はそれを手で制し瞼を閉じた。
憤懣やるかたない。
しかし時間がないムンババ大使が我が屋敷に来てしまう。
後でいくらでも恨み事は聞くつもりだ。
だから……


「いいえ。旦那様」


彼女の声からはそこにある緊張の響きが十分感じとれた。
息を整えゆっくりと吐き出すと、私にこう告げた。




「旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

処理中です...