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王宮では      スノウside

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キャサリンが言うように、アイリスが帰った後すぐに屋敷に使いを出した。

公爵の妻が勝手に外出し、護衛の者もいないのに市井へ行くなんてもってのほかだ。その様な事のないよう厳重に管理する旨を執事に急ぎ文書で伝達した。

不自由がないよう屋敷で生活できているはずで、欲しい物はすべて手に入るだけの予算を渡している。
もし、友人を呼びたいとか茶会を開きたいのであれば、それに答えるようマルスタンに言っている。
招待状などの返事や挨拶状の代筆すら屋敷の者がやっているらしい。

彼女にとって面倒な仕事は一切ないはずだ。

それでも、そこまでして王太子と会いたいのか。

殿下におかれてはもう正妻になる王女が決まっている。国際問題になりかねない危険な行為を許すわけにはいかない。


 
私が王宮に出仕するようになるずっと前から、彼女が王太子妃候補だったことは知っていた。
王宮の中で何度か見かけたアイリスは常に気品があり堂々としていた。
初めて彼女と王宮の回廊ですれ違った時は、その神がかった美しさに目を奪われ少年のようにドキリとした。

幼いころから王室に入るべく学んできた令嬢だったからか、とても勤勉で博識だとも聞いていた。
全てを持って生まれた人もいるのだと彼女に尊敬の念を覚えたほどだった。

そんな令嬢がまさか自分の結婚相手になるなんて夢にも思わなかった。 

話が決まった時には、恐れ多くて辞退したいとすら考えた。
他の令息ではなく何故自分が……そう思ったが、決まってしまった以上覚悟を決めなければならない。

予期せぬ事態に焦り、気持ちの整理がつかないまま結婚式を迎えてしまった。
今一度平常心を取り戻すための時間を持とうと、初夜の場でお互いをもっと知る必要があると彼女に告げた。


8年もの間王太子の婚約者だったアイリスだ。すぐに殿下を忘れられることはできないだろう。
気を遣いながらもできるだけ一緒の時間を過ごそうと考えていたが、そんな時、職場で緊急の問題が発生した。
休暇を取るつもりだったが、そういう訳にもいかなかった。





「私がもう少し仕事ができて、スノウ様のお役に立てれば良かったのですが……」

今日、突然アイリスが王宮へ来たことでキャサリンにはいらぬ気を遣わせた。
メイド長が親戚だという事で、彼女は公爵家の事まで気にとめてくれている。
キャサリンはいらぬ心配はせず、仕事だけに集中して欲しい。

「いや、君のせいではない。とにかく今はムンババ大使の好みを把握し、粗相のないように今度の晩餐会を成功させる事だけを考えよう」

「はい。大使にも喜んでいただけるよう、贅を尽くしたおもてなしを考えています。あの国は文化的に遅れていますから、我が国の進んだ文化、洗練された夜会に驚かれるでしょう。豪華な装飾や華美なドレス、贅沢な食事なども堪能して頂けば、きっと視野を広げられると思います」

キャサリンは懸命にムンババ大使をもてなそうといろいろと頑張ってくれている。
カーレン国がどのような国なのか必死に勉強もしてくれている。

だが、しかし……

「キャサリン。相手が小国で、我が国の方が地位が上だからといって、自分たちを中心に考える事は今は必要ない。あくまでカーレン国の大使の接待だ」

伝わっただろうか。
キャサリンは顔をしかめる。

「あの……カーレン国はいろいろ遅れていますよね。勿論ムンババ大使の前でそのような発言はしません。けれど我が国の文明こそが優れている訳ですから、それを大使に見てもらえばきっと驚かれるでしょう。カーレン国の発展のためにも、彼らはそれを取り入れようと考えます」

確かに彼女が大使の前で相手の国の悪口など言うはずもない。そこはキャサリンを信用してやらなければならない。

「そうか。君なりに、いろいろ考えてくれているようだな」

自分は十代の頃から国外で学生生活を送った。三カ国の学園に留学していたので、その間はほとんど帰国しなかった。
自国の学園では修学しなかったせいか、愛国心が希薄だと思われる事があった。
自分の国のために働いているというのに酷いもんだと思った。あちらの言い分を聞けばこちらが文句を言う。
その間に挟まれる者の身にもなってみろと怒りを覚える事も少なくはない。

「スノウ様、今日はいろいろありましたからきっと難しく考えすぎているんです。きっと奥様が急に仕事場へ来られたからですね。奥様には公爵邸でじっとしていてもらいましょう。これ以上迷惑をかけられたら外交にも支障をきたします。夫人の動向にまで気を揉まなければいけないなんて精神にも影響しますし」

「……ああ」

今、仕事の話だったんじゃないのか?カーレン国の話をしていただろう。
妻の事はこれが一段落してからゆっくり考えたい。

変な頭痛がしてくる。

外交執務室の者たちは皆、他国を軽視しすぎているように感じる事がある。
キャサリンに、いや外交職の部下たちに、知識や経験を伝え、成長をサポートすることにまで手が回らなかった。
全て自分で解決してしまっていた。結果が今、己の首を絞めている。



カーレン国に対して前向きな話ができるのは妻の方かもしれないと感じた。気持ちや姿勢、態度が発展的でかつ話が上手い。


後進を育てる事を怠ったのかもしれない。

自分の指導力のなさに辟易してきた。









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