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浅はかな行動

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スノウに連れられ執務室の横にある小さな応接室へ通された。

彼はソファーに座り身振りで私に着席を促した。


「いったいどういう事なんだ」

感情が表に出ないよう表情を取り繕う事も容易ではないのだろう。
抑えようのない苛立ちと怒りが彼から伝わってくる。

「あの……旦那様とお会いしたく参りました」

「君が?」

「はい」

火急の用事があるわけでもなく、会いたいという理由だけでここまで来るはずがない。
それを踏まえ何故ここへ来たのか彼なりに思案しているようだ。

「屋敷で会えるだろう。わざわざここに来る必要があったのか」

私に対する落胆が言葉に滲んでいる。彼は深いため息をついた。

「旦那様の仕事場を一度見てみたかったので……駄目でしたか?」

「君はそんな浅はかな行動のとる人ではないと思っていた」

怒っている。スノウは静かにだけど憤っている様が伝わってきた。

浅はかな行動とは何を指しているのか。
愛人の存在を妻が確認しに来たことに怒っているのか。
けれどキャサリン様の事を私が知っているとは思っていないはずだから、それはないだろう。
ならば、先ぶれも出さず急に妻が尋ねて来た事に怒っている。
職場の人は皆、何があったのかと気になるはずだし仕事に影響する。

「旦那様は休みなく王宮で仕事をしてらっしゃいます。二人で今後の事を話し合う時間が持てていないのが実情です。私は静かに何もせず屋敷の中で待っているのが妻としての務めだとは思っていません。ですから……」

「今、話すことではないだろう」



私がスノウの仕事場を訪ねようとした理由。
それはキャサリン様との関係を確認するためだ。彼女が同じ職場で働いているのなら必ず会えるはず。

彼女と彼の愛人関係をつまびらかにするため、逃げられない状況に持ち込もうと考えた。
何らかの証拠をつかんで二人を窮地に追い込み現状を変えたかった。
妻であるのなら強行に出てもおかしくないだろう。当たり前の権利だと思う。


重たい沈黙の時間が続いた。

ドアがノックされてお茶を持って女性が一人入ってきた。

彼女を見た瞬間、ああ、この人だと感じた。
美しい所作にクリンとした大きな目、豊かな濃いブロンドの髪。

控えめなレースをあしらった女性らしいワンピース。おとなしそうだけどしっかりした大人の風格をまとった令嬢だった。

急に胃の奥がキリキリ痛む気がした。

「お話し中失礼します」

「ああ……悪いな。茶はいらない。妻はもう帰るから」

スノウは彼女の登場に動じない。
焦った様子もなくただ淡々とそう告げた。

「今いらっしゃったばかりですのに?」

「宰相閣下との話が途中になっている。私はすぐに行かなければならない」

「まぁ……」

彼女は驚いた様子で、申し訳なさそうに私を見つめる。

スノウは私を一瞥すると。

「もうここには来ないように。二度目はない」

冷たく言い放ち部屋から出て行った。

居心地が悪そうにキャサリン様はスノウの出ていったドアを見つめた。





「私は外交秘書官をしております。キャサリンと申します。公爵様の奥様には初めてお目にかかります」

「そうですね、主人がいつもお世話になっております」

「まぁ、とんでもない。色々お世話になっているのは私の方です。重責を担うお仕事をされているので、なかなかお休みが取れてらっしゃいません。奥様には申し訳なく思っておりました」

それを貴方が謝るの?

「スノウ様も突然いらっしゃった奥様に驚いてらっしゃっただけで、普段はあんなに冷たい言葉を投げつけるような事はなさらない方です」

それを貴方が説明するの?

「出口までご案内いたしますので、本日はもう……」

「私よりも公爵の事がよくわかってらっしゃるのですね」

「いえ、そんな……」

彼女は困ったように眉をひそめる。


ここに居座っても仕方がない。スノウは戻ってこないだろう。

傍から見たら夫の迷惑も顧みず職場にやって来てしまった考えなしの妻だと思われているだろう。
キャサリン様にとっては、自分の恋人を奪った憎い妻が哀れにも追い返される現状を目の当たりにしてさぞ気が晴れたに違いない。

キャサリン様との関係をスノウに訊いたとして本当のことを言ってくれるとは思えない。隙を突けばボロを出す可能性があると思った。
ならば突撃し、同時に二人と対面すれば真実を話してくれるかもしれない。

私はスノウがキャサリン様と一緒にいるところを見られて焦るだろうと思っていた。

でも、彼の態度からは私への怒りしか感じとれなかった。

今の状況では、彼女はただの職場の部下だといわれたらそれまでだ。


「では、参りましょう」

「ご迷惑をおかけしました。主人の仕事の事をあまり理解していなかったのです。お忙しいとは知りながら急に来てしまい申し訳なく思います」

私の言葉に彼女は何も返さなかった。
ただ頷いてドアの方へと私を促した。
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