旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾

文字の大きさ
上 下
10 / 47

旦那様の帰宅

しおりを挟む
「お嬢様大変です!」

湯浴みの最中だというのに、マリーが慌てて浴室へと入ってきた。
今日は入浴の手伝いはいらないと告げ、ゆっくりと湯船で疲れをいやしていた。

「どうしたの、そんなに大声を出して」

「だ、旦那様が帰宅されたようです。今食事中で、終わったら部屋へ来られるとおっしゃっています。お嬢様は湯あみの最中ですのでと少し時間を頂きました」

「嘘でしょう……すぐに準備します」

私はそう言うと急いで湯から上がった。
全く予期せぬ急な帰宅に焦ってしまう。けれど戸惑っている場合ではない。

他のメイド達もよんで準備を手伝ってもらった。髪もまだ乾ききっていなかったけど、時間がないので仕方ない。
化粧水を顔に塗って口紅だけ引いた。

ナイトウェアを着るのは違うような気がしたので、普段着ている部屋着を用意してもらった。


しばらくするとトントントンとノックの音が聞こえてスノウが部屋へ入ってきた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「急かせてしまったか、すまなかった」

「いえ……まぁ、はい。急に帰宅されたので驚いてしまいました。お迎えもできずに申し訳ありません」

湯上りで火照った顔が恥ずかしいと思った。化粧もほとんどできなかった。
旦那様に会うのは実に十日ぶりだ。訊きたいことが沢山あるけど、突然のことに焦ってしまいうまく言葉にできない。

「帰る連絡を入れてなかったから構わない」

妻として主人を出迎えなかったのは失態だけど、スノウは気にしていないようだった。

彼はソファーに腰を掛け、マリーが用意した紅茶を一口飲んだ。

「予定になかった客人が王宮に来ることになり、急遽私が行かなければならなかった。仕事だとはいえ、一週間も屋敷を留守にしてしまって申し訳ないと思っている」

「旦那様はお仕事で忙しいと伝えられました。詳しい話は聞いていませんでしたので、何が起こっているのかよく分からない状態でした」

嘘偽りなく、マルスタンに伝えられた言葉をそのまま報告する。そんな感じでしか聞いてないわよと含みを持たせた。

「言い訳になるかもしれないが、急にカーレン国の大使を接待しなくてはいけなくなった。知らないだろうがカーレンは四方を海に囲まれた小さな島国だ。独自の文化を持っていて言語も特殊だ」

カーレンの言葉を話せる人はまずいないだろう。旦那様は外交担当だから相手をしなくてはならなかったのか。
国交のない国だから尚更大変だっただろう。

だからといって妻である以上、夫との連絡がつかないのはどうかと思う。

会って早速、責める訳にもいかないので彼の言い分を聞こうと相槌を打った。

久しぶりに見たスノウは少しやつれているように見えた。

「お仕事が忙しかったのですね」

「ああ。あちらの大使はこっちの国の言葉を話せるのだが、意思の疎通がうまくいかなかった。けれどあの国は資源になる鉱山を沢山有している……仕事の話は、まぁ、いいだろう」

仕事の話でも何でも聞きたいと思う。そうでないと互いを深く知ることはできないから。

「多くの資源を持つカーレンとのつながりは重要ですね。カーレン大使はムンババ様でいらっしゃいますよね」

スノウは驚いた顔で私を見た。

「大使を知っているのか?いや、そうだな。王妃教育で諸外国のことは学んでいるよな」

「はい。お会いしたことはありませんが、カーレン語は話せます」

「え……」

「王妃教育にカーレン語の習得が入っていました。当時教えていただいた教師はサマル大公でした。この国では大公様しかカーレン語を話すことができなかったように記憶しています」

「君は……カーレン語を話せるのか?」

「流暢にとはいきませんが、話せます。途中で、その……サマル様がお亡くなりになってしまったので……中途半端な状態ではありましたが。他に話せる方がいらっしゃらない言語だということで、その後も独学で勉強していました」

サマル大公は、かなりご高齢だったため天寿を全うされてお亡くなりになった。
それはスノウも知っているはずだ。

「カーレン語を話せるのか……」

再度呟くと、彼は額に拳を当てた。

それからしばらくの間カーレンについて様々なことを話した。
サマル大公がカーレンの国王と親しかったと伝えると、そうだったのかと何かに納得したようだった。
カーレン国の情報として私の話は役に立ったようだ。


その夜は遅くまでスノウの仕事の話をしてしまい、結局二人の結婚についての話し合いはできなかった。

朝になり自分の部屋のベッドで目を覚ますと、侍女にもう旦那様は仕事に行かれましたと伝えられた。

スノウが書いたであろう短い手紙がサイドテーブルの上に置いてあった。
そしてその上にアイリスの花が置いてあった。

『昨夜はありがとう。愛を込めて』

短い文章だけど心が震えた。

凛としたアイリスの花が美しく、ああ、これが初めての旦那様からのプレゼントだと思った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。

よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

君のためだと言われても、少しも嬉しくありません

みみぢあん
恋愛
子爵家の令嬢マリオンの婚約者、アルフレッド卿が王族の護衛で隣国へ行くが、任期がながびき帰国できなくなり婚約を解消することになった。 すぐにノエル卿と2度目の婚約が決まったが、結婚を目前にして家庭の事情で2人は……    暗い流れがつづきます。 ざまぁでスカッ… とされたい方には不向きのお話です。ご注意を😓

処理中です...