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午後のお茶

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自室で朝食を取った後、執事のマルスタンがアイリスの部屋へとやってきた。

彼はスノウに頼まれたからと、公爵家で働く使用人たちの紹介をしてくれた。
それから屋敷内をメイド長に案内してもらった。

王都のタウンハウスとしては大きな邸で、南北に渡る三階建ての建物だ。

公爵家の執事やメイドは、教育が行き届いているのか、皆寡黙で職務を忠実にこなしているようにみえた。

邸内は広く、休憩せずに歩いて一時間はかかったように思う。

「あと、地下にランドリールームや食材庫などがあります。使用人たちは多くは別館に住まいがあり、奥様には案内は必要ないかと思いますので今回は省きました」

「分かりました。案内をありがとう」

メイド長に声をかける。
大きな庭の中に別館があるらしい。
煉瓦が敷かれた歩道が規則的に計算された方向へのびている。

窓から見える芝生はきれいに刈られ、その周りを生け垣が覆う。


サンルームへ移動すると、そこにはスノウが待っていた。
彼は昨日の疲れがとれたのか幾分爽やかさを取り戻し、シャツとトラウザーズのシンプルな装いでも公爵らしい威厳がある。


「邸内を全て見て回るのには時間がかかる」

「ええ、そうですね。とても広いお屋敷で、邸の中で迷子になってしまいそうでした」

スノウはふっと笑ってお茶を口にした。
白いシャツの上からでもわかる鍛えられた胸板にドキッとしてしまう。
彼の端正な顔立ち、少し目にかかった前髪がサラリと揺れた。
まともに顔を見たのは初めてかもしれない。とても整った顔立ちだ。

「昨夜は眠れたか?」

「お気遣いありがとうございます。はい。眠れました」

凝視していた視線を手元のティーカップへ移した。
一睡もできなかったけどそう答えた。
今は邸内を歩き回ったので眠気もどこかへ消えてしまっている。

「何か不便はないだろうか。食事は問題ないか?足りないものなどがあれば用意するから遠慮なく言ってくれ」

承知しましたと返事をする。

昨夜の夫婦の寝室での不穏な空気はなかった。
新妻を気遣う態度は嬉しかった。



「旦那様、お仕事はよろしいのでしょうか?王宮に出仕していらっしゃると伺っておりました。その他、領地経営や、邸の管理などもあるでしょうし、お忙しいのではありませんか」

「そうだな。王宮では主に外交を担当している。普段は忙しい時期でなければ、朝、城へ出仕して夜に帰る。遅くなることもあれば、そのまま城に泊まることも多い。大臣の補佐官みたいな職務だが、結婚したことで一週間休暇をもらった。その間に君と親睦を深めようと思う」

「親睦……ですか」

より一層仲良くなるという意味だろう。けど、なかなか硬い言い回しだ。


「休暇中の食事は一緒に摂ろう。できるだけ互いを知ることが大事だ」

「分かりました。本日の夕食からご一緒させていただきます」

朝も昼も部屋で食事をしてしまったことに苦言を呈しているんだろう。


何処かよそよそしい空気が室内に漂う。

スノウは咳払いをすると話の本題に入った。

「昨夜も言ったが、互いのことを何も知らないまま結婚した。事前に身上書は交換したが、結婚後の生活を送る上で重要だと考えられる点について話し合おうと思う」


アイリスは黙って頷いた。

「まず、邸内の管理などは執事が三人いるので君に頼むことはない。領地経営は父である元公爵と弟のジャービスが領地で行っているから問題はない。私の仕事は宮殿での外交だ。ほとんど城へ出仕している。妻の仕事としては貴族同士の付き合い、茶会や夜会などへの参加が主たるものだ。礼状等も書いてもらうかもしれないが、それは執事に頼めば問題ないだろう」

彼曰くパーティーに同伴すれば、後は何もしなくていいってことのようだ。

「夜会にはよく参加されてらっしゃいますか?今までパーティーでお見かけしなかったと記憶しています」

「招待されても、よほど重要なものでない限りは参加しなかった。けれど、今後は貴族同士の繋がりを重視しなければならない。公爵を継いだし結婚もしたから避けては通れないだろう。そのときは パートナーを務めてもらう」


「承知しました」

話が途切れてしまった。所在無げにティーカップのお茶を飲む。

その後は沈黙が続いた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「それでどうだったんですかお嬢様?」

マリーは私が部屋に帰ってくるのを今か今かと待ちわびていたようだ。

「話が続かなくて、夕食のときにまた会いましょうと言って別れてきたわ」

「そうなんですか……困ったもんですね。これから夫婦としてやっていくのに」

「けれど一週間お休みを取られたようだから、夫婦で過ごす時間はあるらしいの。これから時間をかけて仲良くしようという意味で受け取ったわ」

「まぁ!良かったです。少しは思いやりがあるんですね」

マリーの言葉に相槌を打った。



「夜会のときに同伴するように言われたわ。それ以外は何もしなくていいみたい」


「まぁ……」

マリーは驚いたように目を見開いた。

今までの生活で何もしない時間なんかなかった。彼女は側で見てきたからよく分かってくれている。

王妃教育に追われ毎日勉強漬けだった。
時間が空いたら慈善活動を積極的に行わなければならなかった。
孤児、貧困者や弱者への救済のための施療院の手伝い。基金設立に親睦会、懇親会。
王妃様の仕事まで回されていたわ。


「アイリス様は今まで大変でしたから……いっそのこと、何もしなくていい状態を楽しんだらいかがですか。ぐうたら過ごすんです。それか、遊び歩くとか」

「ふふっ、それもいいわね」


公爵夫人として働かなくていいのであれば、いったい私は何をしたらいいのかしら。
暇を持て余す経験は皆無で、ぐうたらと過ごす方法は思いつかない。

何もしない妻に求められるものは子供を作るということだろう。
その話には触れなかったけど、公爵家としては跡継ぎを産むことは最重要事案。
やはり一番の仕事は後継者を産むこと、それが一番大事で唯一の職務。

閨の話しはデリケートなことだからなかなか聞きづらかった。彼も話をしなかったし……


昨夜は何もなかったけれど、一番の仕事をちゃんと頑張らなければならないわね。


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