【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾

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【ラッシュ侯爵視点】


手を上げてしまったのは悪手だった。
自分の右手を握りしめ後悔に苛まれる。

まさか、メイベルがそのまま出て行ってしまうなど思っていなかった。

「そんなにファーレンとかいう教師と親しくしていたのか……」

執務室の机をドンと拳で叩いた。

「旦那様……」

古くから屋敷に仕える執事が、心配して声をかけてくる。

レインに執務を手伝わせるつもりはなかった。数年後、メイベルとの子でもできれば、少しずつ覚えさせようと考えていた。
メイベル以外は信用できない。

あの子はいつの間にか、反抗心が芽生え、当主である自分の言うことをきかなくなった。
あんなに扱いにくい子どもではなかった。

「従順に私に従っていれば、それで贅沢な暮らしができたというのに」

「今は王宮にいらっしゃいますので、酷い扱いを受けてはいないとおもいます……」

確かにメイベルは、侯爵家より贅沢な暮らしをしているのかもしれない。

「しかしここまで育ててもらった恩を忘れ、王家にあっさりと身を置くなど許せない。私は許可した覚えはない」

執事は何も言わず、苦しい表情で話を聞いている。

「分かっている。言いたいことは分かっている」

王命での婚約だ、私の許可など必要ない。そんなことは百も承知だ。
何十年も侯爵家に仕えた執事だ。私の気持ちも理解しているだろう。

「旦那様、メイベル様は王家との縁を繋いで下さいました。これはありがたいことです。今後、侯爵家の強い後ろ盾になります。それに、レイン様が執務をしっかり学んでくだされば、今後侯爵家は安泰です」

「レインは使えんぞ。メイベルの足元にも及ばん。奴に望めるのは、実家の伯爵の財力と、後継者をつくる種だけだ」

しかし、同じ血を受け継ぐ子ならサーシャの遺伝子はいらない。
メイベルの血、あの子の優秀な遺伝子を持つ孫が欲しかった。

くそっ……

終わってしまったことを今更考えても仕方があるまい。

仕事はどんどん溜まっていく。今は山積みになっている書類を整理しなければならない。

なんとかメイベルの機嫌を取り、せめて結婚するまで家の仕事を手伝わせたい。


***


妻のナタリーが休憩時間に執務室へやってきた。

「旦那様、いくら何でも、何の準備もせず嫁がせるだなんて、侯爵家としては面目が……」

「お前が今までずっと、ドレスや宝石をサーシャだけにしか買ってやらなかったのだろう。今さら面目も何もなかろう」

「ですが、せめて嫁入りの道具くらいはこちらで用意させていただきたいですわ」

「自分の娘であるのに、メイベルには何も買ってやらなかったのはお前だ。あいつが拗ねるのも仕方があるまい」

ナタリーは侯爵夫人として多くの贅沢を味わっていたはずだ。予算も十分与えていた。なのに片方の娘だけを可愛がり、贅沢品もサーシャにしか買っていなかった。

「お言葉を返すようですが、メイベルは執務仕事ばかりしていましたし、舞踏会や茶会などへ連れて行くことはありませんでした。なのでドレスを買う必要はなかったのです」

「お前は母親だろう。分け隔てなく娘たちを育てるべきだったのだ」

妻は目頭を押さえて、しくしくと泣き始めた。

「旦那様こそ、今更そんなことをおっしゃるなんて酷いですわ」

「私はメイベルに執務を教え、一緒にいる時間が多かった。あの子に期待していたし、侯爵家を継がせるのもメイベルだと決めていた。だから、その分出て行かれたのが信じられないのだ」

逆にサーシャとの時間を持つ暇がなかった。だから、サーシャには宝石やドレスなどを買い与えてやった。
それが父親としてやるべきことだと思っていた。
妻にしてみれば、サーシャは常にそばにいて、着飾ったり一緒に出掛けたりが当たり前だったから、手を掛けやすかっただけのことだ。

「仕事ばかり押し付けられていたと感じたのでしょう。私も慣れてしまって、その状況がおかしいと思いませんでした。あの子は優秀ですから、手をかける必要がなかったのです」

自由な時間もなかったと言われ、その事実が何度も頭の中で繰り返されるたびに苛立つ。

「だがメイベルとサーシャの予算は、同じだけ付けていたはずだ。サーシャと同じ物をメイベルにも買っていれば良かったのだ」

低く抑えた声で、明確に威圧感を込めて言葉を発する。
交際費には毎月かなりの額が使われていた。ドレスくらい買ってやればよかったのだ。

彼女はハッとして、顔を上げた。

「娘たちの予算は同じくらい使われていたはずです。宝石などは、ほとんどサーシャの物だけでした。メイベルには必要なかったですし、あの子も欲しがりませんでした。書籍は高価ですから、メイベルには本や高級な文具を……」

込み上げてくる怒りを、かろうじてこらえる。
執事に妻の予算の収支報告書を持ってこさせた。

そこには何年もの間、サーシャにだけ買われた宝石やドレスの領収書が纏められていた。

「メイベルにも使われてはいるが、高価な宝石などは無いな。実用品や書籍などにしか使われていない。しかし、これは全て勉強や執務仕事に必要な物で、経費だ。個人的な買い物は一切ないではないか」

「先日、メイベルとショッピングに行き、ドレスや靴やバッグなどを購入しました。けれど、一度も袖を通さないまま、部屋に置いて行きましたわ。メイベルは王宮で何を身に着けているのでしょう。本当に……母親として情けなくて……ううっ」

何度も会いたいと申し出ているのだが、目通りが叶わない。
まるで、侯爵家が物を買い与えず、メイベルを虐待していたかのように思われてしまうのは避けたい。
前回手を上げてしまったのは失態だった。

「今度の王宮主催の夜会で会えるはずだ。そのときなんとしてもメイベルと話をしよう。我が子と会わせてもらえないなど、おかしいだろう」

「ええ。王妃様がメイベルを気に入っているからと言っても、家族からあの子を取り上げるなんて、邪道ですわ」


「メイベルと会ったときには、必ず機嫌を損ねないように注意するんだ」
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