上 下
22 / 28

22

しおりを挟む
「君はサーシャに嫉妬しているだけじゃないのか!そんなに執務の手伝いが嫌なら、嫌と言えばよかっただろう。ショッピングに行きたかったら行きたいと言えばよかったんだ」

レインが興奮して私に詰め寄る。

「その通りかもしれないわね」

できるだけ冷静に頷いた。

「自由に楽しんでいるように見えるサーシャが羨ましかっただけじゃないのか?彼女の自由は、自らがちゃんと声に出した結果だ」


私の心には複雑な感情が湧き上がった。
この人には言葉で説明しなくちゃねと、レインに分かるよう、しっかりと言う。

「そうよね。私は自己主張しなかった。だから、今しているのよね。遅くなったわ、とても」

「そうだ……そう、だよ……」

気まずそうに、自分の発した言葉の意味を理解したのか、レインは急に勢いがなくなった。

「自分の意見や考え、欲求などを言い張ることが是とされるなら、世の中はとても生きやすいものになるわね」

「そういう意味じゃなくて……」

「あなたも、自分にできない執務なら、嫌だって言えば?遊びたいから働きたくないって。堂々と、頭がついて行かないから難しいことは覚えられませんって、お父様に伝えたらいいんじゃない?」


「そんな……むちゃ……だ」


「大丈夫よ、自分で言ったんだからできるわよ」

私は皮肉めいた笑みを浮かべる。

「だ、だから……メイベルに、君に力を貸してくれって頼んでいるんだ」

「そんなことする訳ないじゃない」

自分が言ったんでしょう。

「そういう意味じゃなくて……」

「やるしかない状況に追い込まれ、従って生きる道を選ばざるを得ないことを、身をもって学びなさい。私は嫌だから、嫌って言うわね」


最後にそう言葉を残して、私はその場を去った。

「そんな……」

私は背筋を伸ばし、颯爽と馬車まで歩いていく。

レインの寂しそうな声を背中で聞きながら。



***


【レイン視点】


ラッシュ侯爵は書類を乱雑に掴み、一つ一つに目を通すと、苛立ちを抑えきれないように机に叩きつけた。

「こんなことくらい、メイベルは13歳のときには軽くこなしていた。君は成績は良いと聞いている。最終判断は私がするから、せめて重要な物とそうでない物を分けるくらいできるだろう」

「どれが重要なのか、教えてもらわないと分かりません。執事たちにも判断しかねますと言われました。私は侯爵家の執務に関して、今まで何も教わっていません」


「どこの執務も似たようなものだろう。伯爵家でも何もしていなかったのか?」

「伯爵家と侯爵家では、内容が違います。学院では騎士科でしたし、騎士になる予定でした」

侯爵が小さな声で毒づいたのが聞こえた。
『騎士として雇ってもらえんだろうが』と。


王妃様のお茶会の出来事は、一夜にして僕の株を下げた。
逃げ出したとか、婚約者を見捨てたなど、腰抜け呼ばわりされた。

どう考えても、ヒグマに立ち向かうなんて普通の人間にできるはずのない所業だ。

メイベルがあんなに目立たなければ、僕はこんな負け犬のような扱いを受けずに済んだはずだった。

騎士としても、どこにも採用されないだろうと言われた。

貴族令息である自分は、最前線で戦う必要はない。
騎士にもいろんな職種があるんだ。
自分は事務方に就ければいいと思っていた。


くそっ!
すべてが上手くいかない。



侯爵家の廊下を歩いていると、綺麗なドレスを着たサーシャが笑顔で近づいてきた。
似合ってはいるが、レースをふんだんに使ったデイドレスは屋敷の中にいるのに着る必要があるのかと感じた。

ごきげんようと挨拶をされる。
僕は笑顔を貼り付けた。

「なんだか久しぶりに感じるね。仕事が忙しくて、君と会う時間が取れないんだよ」

僕はメイベルがいなくなり執務が大変だと説明した。
もしかしたら、サーシャなら上手にメイベルを連れ戻してくれるかもしれない。
サーシャに一縷の望みを託した。


「大丈夫ですわレイン様!」

愛らしい顔で腕にしがみついてくるサーシャ。

「大丈夫……かな?」

「お姉様は、新しい婚約者も見つかりました。しかも、継承権は低いとはいえ王族ですわ。侯爵家にとってもこれ以上ない味方ができたのですわ!」

味方になってくれればの話だ。彼女を払いのけたくなった。
そう思いながら、サーシャの腕をやんわりと外す。

「サーシャ、僕と婚約したからと言って、まだ結婚したわけではないから。できるだけ節度を持った距離を保とう」

「まぁ!今までだって、腕くらい組んでいたではないですか?別に気にしなくてもいいのではないですか?」

だからメイベルとの婚約が無くなったんだ。よく考えろよ……
無邪気な彼女の姿は、以前はとても可愛らしく感じたが、今となっては幼稚で未熟な振る舞いに他ならない。
その場の感情に任せて行動し、周囲の迷惑を考えない。

自分の妻になるのなら、もう少し礼儀作法や教養、品格を備えて欲しい。
それに比べてメイベルは完璧な淑女だった。

「サーシャ、少し勉強をしたらどうだろう?せめて、手紙の返事くらいはかけるようになって欲しい。文学や芸術、歴史などの幅広い知識を持てとはいわない。せめて、日常の会話をもう少し大人っぽくできないだろうか」

「ええ!大丈夫ですわ。お母様と一緒にお茶会やパーティーなどにたくさん参加していますから、コミュニケーションには自信があります。皆さんとても可愛らしいと言って下さいます」

侯爵夫人の子供として扱われていたのだろう。
いつまでも子供のままでいてもらっては困る。


「僕は、侯爵の執務の仕事で今大変なんだ。深夜まで、いろんな書類を見なければならないし、覚えることも山ほどあるんだ」

サーシャは拗ねたように頬を膨らませる。
そんな姿も以前は笑って見ていられたはずなのに、なんだかイラついてしまう。

ラッシュ侯爵は、鉱山事業の仕事にかかりきりで、他を全て丸投げしてくる。
執務室の使用人達も、メイベルがいなくて困っているようだ。

「お父様は執務の手伝いができる使用人を新しく3人も雇ったのでしょう?これできっと、仕事が楽になりますわ」

「そうだね」

会話を切り上げたくて適当に返事をして、サーシャの元を離れた。


「レイン様!今度のカリーナ男爵の夜会なんですけど一緒に参加して下さいますよね?3日間続く夜会なんですって!とても楽しみですわ。なんでも、学院のお友達もたくさん呼ばれているみたいで、若い人たちだけで集まるんですよ。王都で今、人気の演劇の女優やパフォーマンスをしてくれるグループが……」

「すまない、サーシャ。無理だよ、それは貴族たちの社交じゃないだろう。平民が参加するパーティーに簡単に侯爵令嬢が参加するものではない。それくらい分かっているだろう」

「え……?でも、行きますと返事をしましたよ?」

「ちゃんと招待状を受け取っているのかい?」

「そういった格式ばったものではないのです。自由な感じの……」

うんざりした。
いったいどういう教育をしたら、こんな誰にでもわかるような常識的な判断さえできないマヌケが生まれるんだ。


「侯爵夫人に許可を取ってからにしてくれ。3日間は時間が取れない」

冷たい視線を最後に投げかけ、僕はさっさと背中を向けて歩き去った。

人の気も知らず、何がパーティーだ。

サーシャの能天気な態度に耐え切れず、『いい加減にしてくれ』と心の中で叫んでいた。

しおりを挟む
感想 64

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら

赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。 問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。 もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?

お父様、ざまあの時間です

佐崎咲
恋愛
義母と義姉に虐げられてきた私、ユミリア=ミストーク。 父は義母と義姉の所業を知っていながら放置。 ねえ。どう考えても不貞を働いたお父様が一番悪くない? 義母と義姉は置いといて、とにかくお父様、おまえだ! 私が幼い頃からあたためてきた『ざまあ』、今こそ発動してやんよ! ※無断転載・複写はお断りいたします。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

処理中です...