20 / 28
20
しおりを挟む
私はファーレン先生のいる王宮にある泉の離宮へ来ていた。
あのまま侯爵邸を出て、徒歩で王都を歩いた。
歩いてここまで来たのかと、まさかの行動に、ファーレン先生は驚いていた。
先生は王命で婚約が決まって以降、私がいつ宮殿へ来ても良いよう準備を整えてくれていた。
お父様に強く出る事ができたのも、自分の行く場所が決まっていたからだ。
「お金を持っていませんでしたので」
「それにしても、強硬手段に出たものだ。街中は王都だとはいえ危険だよ」
「襲われても勝てる自信があります」
何も持って行くなとは言われたが、一応モップの柄だけは持って歩いた。
それを話すと、先生は声を出して笑った。
泉の離宮とは、王妃様の別邸として建てられた離宮だった。
蓮の池が庭園の真ん中に配置されており、それを囲むように、周りに居室が配置されている。
開口部を通じて自然光や風を室内へ効率よく取り込める斬新な建物だった。
私はここに案内され、これからこの離宮が新しい住まいとなることを説明された。
「ラッシュ侯爵も、一番してはいけないことをしてしまったね」
高級なお茶を飲みながら、私はファーレン先生の前に座っている。
「この度は、ご迷惑をおかけしました」
「いいや、構わないよ。僕としては、早く君に来てもらえて嬉しく思っている。王妃様も、泉の離宮を丸ごと僕たちの住まいにと与えてくれたしね」
「結婚式までは、ここから学院へ通えばいいし、何より王妃様が君の世話をしたがっている。自分の子に王女がいなかったから嬉しいんだろうね」
「大変恐縮です」
女官に高級なお茶を淹れてもらい、先生の顔を見ると、張りつめていた物がゆっくりと溶かされていくような穏やかな気分になった。
***
離宮での生活は私にとっては新鮮で魅力的だった。
今までの生活は、侯爵家を繁栄させ、利益を上げることに集中し頑張っていた。将来自分が侯爵を継ぐために、自分の幸せは追求せず、個人的な趣味や楽しみを持たないように我慢した。それが当たり前だと思っていた。
その責任から解放されることが嬉しかった。
私はやっと息がつけるような気がした。
王妃殿下はまるで娘のように私の世話をやき、洋服から日用品まで全て買い揃えて下さった。
ファーレン先生は落ち着いた雰囲気を持ち、その姿勢から知識の深さが滲み出ている。
一緒にいて下さると安心できた。
今は学院へ通いながら、王宮で王族としての教育を教わっている。
王太子妃や王子の妃になるわけではないので、それほど厳しい物ではなく、王家の歴史を学ぶくらいしか覚えることはなかった。
ここへ来てすぐに、学院の図書室で纏めていた資料が書籍として発売された。
ペンネームを付けたので、私が書いた本だとは一見分からないようにした。
歴史を学べるヒストリカルロマンス小説として、好評なようで、今、王都ではベストセラーだ。
その収益は全て私の資産となった。
もう侯爵家に帰るという選択肢は私には残されていない。
その時のことを考えると、自分で身を立てられる作家という仕事はありがたかった。
「君の本の収益だけで、自立して生活することも可能だね」
「そうですね。全て先生のおかげです」
ファーレン先生はにっこり笑った。
騎乗にいた時は、まるで戦士のように猛々しい姿だったが、普段は穏やかで眼鏡越しの深い緑色の瞳は、吸い込まれそうに綺麗だ。整った容姿で知的なその姿は学者に見える。
「先生という呼び方は、もうそろそろやめてもらいたいな。ファーレンと名前で呼んでほしい」
「承知しました。では、ファーレン様と呼ばせて頂きます」
「そうだね。結婚するんだし、もう少しフランクでもいいよ、ファンとか?」
なんだか少し照れくさい気がした。流石に愛称で呼ぶのは憚られた。
とても優しく、温かく接して下さるので勘違いしそうになるが、私はファーレン様の子を産むために結婚をした。
契約結婚だと言うことを忘れてはならない。
決して恋に落ちるわけにはいかないし、もしかしたら、今後ファーレン様に好きな令嬢が現れるかもしれない。
それは覚悟しておかなければならないだろう。
彼は落ち着いた雰囲気を持ち、その姿勢から知識の深さが滲み出ている。
尊敬できるパートナーだと思った。
あのまま侯爵邸を出て、徒歩で王都を歩いた。
歩いてここまで来たのかと、まさかの行動に、ファーレン先生は驚いていた。
先生は王命で婚約が決まって以降、私がいつ宮殿へ来ても良いよう準備を整えてくれていた。
お父様に強く出る事ができたのも、自分の行く場所が決まっていたからだ。
「お金を持っていませんでしたので」
「それにしても、強硬手段に出たものだ。街中は王都だとはいえ危険だよ」
「襲われても勝てる自信があります」
何も持って行くなとは言われたが、一応モップの柄だけは持って歩いた。
それを話すと、先生は声を出して笑った。
泉の離宮とは、王妃様の別邸として建てられた離宮だった。
蓮の池が庭園の真ん中に配置されており、それを囲むように、周りに居室が配置されている。
開口部を通じて自然光や風を室内へ効率よく取り込める斬新な建物だった。
私はここに案内され、これからこの離宮が新しい住まいとなることを説明された。
「ラッシュ侯爵も、一番してはいけないことをしてしまったね」
高級なお茶を飲みながら、私はファーレン先生の前に座っている。
「この度は、ご迷惑をおかけしました」
「いいや、構わないよ。僕としては、早く君に来てもらえて嬉しく思っている。王妃様も、泉の離宮を丸ごと僕たちの住まいにと与えてくれたしね」
「結婚式までは、ここから学院へ通えばいいし、何より王妃様が君の世話をしたがっている。自分の子に王女がいなかったから嬉しいんだろうね」
「大変恐縮です」
女官に高級なお茶を淹れてもらい、先生の顔を見ると、張りつめていた物がゆっくりと溶かされていくような穏やかな気分になった。
***
離宮での生活は私にとっては新鮮で魅力的だった。
今までの生活は、侯爵家を繁栄させ、利益を上げることに集中し頑張っていた。将来自分が侯爵を継ぐために、自分の幸せは追求せず、個人的な趣味や楽しみを持たないように我慢した。それが当たり前だと思っていた。
その責任から解放されることが嬉しかった。
私はやっと息がつけるような気がした。
王妃殿下はまるで娘のように私の世話をやき、洋服から日用品まで全て買い揃えて下さった。
ファーレン先生は落ち着いた雰囲気を持ち、その姿勢から知識の深さが滲み出ている。
一緒にいて下さると安心できた。
今は学院へ通いながら、王宮で王族としての教育を教わっている。
王太子妃や王子の妃になるわけではないので、それほど厳しい物ではなく、王家の歴史を学ぶくらいしか覚えることはなかった。
ここへ来てすぐに、学院の図書室で纏めていた資料が書籍として発売された。
ペンネームを付けたので、私が書いた本だとは一見分からないようにした。
歴史を学べるヒストリカルロマンス小説として、好評なようで、今、王都ではベストセラーだ。
その収益は全て私の資産となった。
もう侯爵家に帰るという選択肢は私には残されていない。
その時のことを考えると、自分で身を立てられる作家という仕事はありがたかった。
「君の本の収益だけで、自立して生活することも可能だね」
「そうですね。全て先生のおかげです」
ファーレン先生はにっこり笑った。
騎乗にいた時は、まるで戦士のように猛々しい姿だったが、普段は穏やかで眼鏡越しの深い緑色の瞳は、吸い込まれそうに綺麗だ。整った容姿で知的なその姿は学者に見える。
「先生という呼び方は、もうそろそろやめてもらいたいな。ファーレンと名前で呼んでほしい」
「承知しました。では、ファーレン様と呼ばせて頂きます」
「そうだね。結婚するんだし、もう少しフランクでもいいよ、ファンとか?」
なんだか少し照れくさい気がした。流石に愛称で呼ぶのは憚られた。
とても優しく、温かく接して下さるので勘違いしそうになるが、私はファーレン様の子を産むために結婚をした。
契約結婚だと言うことを忘れてはならない。
決して恋に落ちるわけにはいかないし、もしかしたら、今後ファーレン様に好きな令嬢が現れるかもしれない。
それは覚悟しておかなければならないだろう。
彼は落ち着いた雰囲気を持ち、その姿勢から知識の深さが滲み出ている。
尊敬できるパートナーだと思った。
2,384
お気に入りに追加
3,150
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】
佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。
異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。
幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。
その事実を1番隣でいつも見ていた。
一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。
25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。
これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。
何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは…
完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。
婚約したら幼馴染から絶縁状が届きました。
黒蜜きな粉
恋愛
婚約が決まった翌日、登校してくると机の上に一通の手紙が置いてあった。
差出人は幼馴染。
手紙には絶縁状と書かれている。
手紙の内容は、婚約することを発表するまで自分に黙っていたから傷ついたというもの。
いや、幼馴染だからって何でもかんでも報告しませんよ。
そもそも幼馴染は親友って、そんなことはないと思うのだけど……?
そのうち機嫌を直すだろうと思っていたら、嫌がらせがはじまってしまった。
しかも、婚約者や周囲の友人たちまで巻き込むから大変。
どうやら私の評判を落として婚約を破談にさせたいらしい。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
謹んで婚約者候補を辞退いたします
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ブリジットは王太子ヴィンセントの婚約者候補の三人いるうちの一人だ。すでに他の二人はお試し期間を経て婚約者候補を辞退している。ヴィンセントは完璧主義で頭が古いタイプなので一緒になれば気苦労が多そうで将来を考えられないからだそうだ。ブリジットは彼と親しくなるための努力をしたが報われず婚約者候補を辞退した。ところがその後ヴィンセントが声をかけて来るようになって……。(えっ?今になって?)傲慢不遜な王太子と実は心の中では口の悪い公爵令嬢のくっつかないお話。全3話。暇つぶしに流し読んで頂ければ幸いです。
第二王子妃から退きますわ。せいぜい仲良くなさってくださいね
ネコ
恋愛
公爵家令嬢セシリアは、第二王子リオンに求婚され婚約まで済ませたが、なぜかいつも傍にいる女性従者が不気味だった。「これは王族の信頼の証」と言うリオンだが、実際はふたりが愛人関係なのでは? と噂が広まっている。ある宴でリオンは公衆の面前でセシリアを貶め、女性従者を擁護。もう我慢しません。王子妃なんてこちらから願い下げです。あとはご勝手に。
結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません
天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。
ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。
屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。
家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる